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ことば談話室

エース――チームの命運握る大黒柱

中島 克幸

 今年の夏の全国高校野球選手権は、私の住む群馬代表・前橋育英高校の初出場、初優勝という「ドラマ」で幕を閉じた。

 猛暑の中、甲子園球場では連日、球児たちの激闘が続いた。同じように、各校が甲子園出場を目指した各地方大会でも、熱い戦いの数々が展開され、多くのドラマが生まれたはずだ。もちろん群馬大会でも、全国大会や他の地方大会に負けない熱戦が繰り広げられた。

 私の家のそばには、大会会場となる球場があり、期間中は応援の歓声やブラスバンドの演奏が聞こえてくる。盛り上がりに私自身がわくわくし、夏のある日、球場に応援に行ってみた。

 ◇マウンドを支える「背番号1」

 たまたま私の住む市内の高校同士の戦いに遭遇した。一方は甲子園出場経験もあり、優勝候補の一角。対戦相手も、最近メキメキ力を付けてきた注目の公立高校である。「これは見応えがある試合になるのでは」と大いに期待した。
 チケットを売っているのは初々しい女子高生。入り口にいるクリクリ頭の野球部員にチケットを渡して入場した。たまに見るプロ野球とは、球場の雰囲気が随分違う。多くの高校生が、汗だくになって運営に携わっていた。グラウンドの外にも青春があった。

大黒柱拡大「背番号1」はチームの大黒柱
 バックネット裏の椅子席は、ほぼ満員。地元ということもあり、注目度の高さがうかがえる。試合前のノックが始まった。両校とも流れるような動きである。素早く動く小さなボールを、ほとんどミスすることなく軽快にさばいていた。運動神経の鈍い私は驚嘆するばかり。彼らの躍動する肢体に、日頃の鍛錬が想像できた。その努力に敬意を表さずにはいられなかった。
 両校とも私の家の近くの高校であるため、双方を応援したいところだが、勝負は非情なもの。必ずどちらかが敗者になる。ある意味、スポーツとは残酷なものとも言える。
 高校野球独特のサイレンが鳴り響き、いよいよ試合開始。背番号「1」の「エース」がマウンドに立った。

 ◇トランプとは違う意外な語源

 エースとは、チーム内で最も頼りになる投手を指していう。だからこそナンバー・ワンを背負う。それにしてもなぜ、中心投手をエースと言うのだろう。エースの語源や意味は?

エース拡大力投するエース。仲間のために全力投球
 エースという語でまず思い出すのは、トランプの「A」で表されている1の札。ゲームで最強の札となることがあるので、そこから「最高のもの」「特に優秀なもの」を指す言葉になったのだろうと思っていた。スポーツでは野球のようにチームのトップ選手を指すときに使うほか、テニスで「サービスエース」と言ったり、ゴルフの「ホールインワン」のことをそう呼んだりもする。
 ところが、後日少し調べてみたら、意外な語源の解説を見つけた。アメリカのプロ野球で大活躍した投手から来ているのだという。
 「1869年、最初のプロ野球チームシンシナティ・レッドストッキングスで57戦56勝のエイサ・ブレイナードという一人の投手に由来する。それ以降、ブレイナードのように素晴らしい活躍をする投手をエイサと呼ぶようになり、それが後にエースと変化していった」(「ディクソン ベースボール ディクショナリー」<ノートン アンド カンパニー編・2009年版>=野球殿堂博物館蔵から)
仲間拡大仲間に励まされる「背番号1」
 ただ、高校野球の場合、単に技量が優れた投手というより、チームを支える大黒柱を象徴しているようにも思う。プロ野球にも楽天の田中将大投手のようなエースが各チームにいるが、たった1度の敗戦が部活動の終わりにつながる高校野球のエースにかかる重圧は相当なものだろう。
 試合を見ながら思った――エースナンバーを勝ち取ったことは、苦しい練習に耐えた証しだから誇っていいと思う。しかしその背後には、ポジション争いに敗れたライバルの涙、支えてくれた親、お世話になった関係者の期待があることを自覚しなければならないはずだ。それを忘れては、エースの資格はない――。

 ◇勝っても負けてもみんな主役

背番号10拡大縁の下のエース「背番号10」
 序盤は投手が踏ん張り、緊張した試合展開だったが、中盤に一方のエースが打ち込まれ、意外にもワンサイドゲームになった。マウンドに集まりエースを励ますナイン。エースからは緊張した表情が読み取れた。監督が動いた。投手交代。マウンドに立ったのは背番号「10」。野球は9人でするスポーツなので、高校野球の10番は番外。つまり補欠。しかし彼にこそ頑張ってもらいたい。彼だって死に物狂いで練習してきたはずである。エースを、縁の下で支えてきた存在である。「ピンチになったら俺の出番だ。いつでも行ってやるぞ」と闘志を燃やしていたかも知れない。
トンボ拡大グラウンドを整備する野球部員。彼らも大会の主役
 5回の表が終わり、トンボを持ったユニホーム姿の野球部員が大勢出てきた。彼らは試合に出るメンバーではないのだろう。それでも仲間のために、一生懸命にトンボで内野グラウンドの整備をしていた。彼らもまた立派な大会の主人公なのである。
 スタンドに目を転じると、ユニホームに身を包んだ高校生が応援の指揮をしていた。手には「○○、かっとばせ」「○○マーチ」などと書かれた「カンペ」を持っている。ピンチやチャンスを迎えるたびにそれを掲げて観客に示し、応援をリードしている。彼もまた野球部員なのだ。グラウンドの試合も熱いが、彼も熱い。炎天下、汗だくになっていた。
勝利校拡大校歌を聞く勝利校。努力が実った歓喜の時
 最後の打者が倒れ、試合終了。サイレンとともに両軍がベンチから出てきてあいさつを交わす。勝利した高校はホームベース付近に整列し、校歌が流れた。おなじみの光景だが、選手は感慨ひとしおであろう。努力が報われた瞬間である。では敗れた方の苦闘は無駄だったのか。そんなことはない。練習で流した汗は青春の大切な思い出となり、仲間も出来ただろう。生涯にわたって友情が続くに違いない。それこそ努力に対する最高のご褒美なのである。

(中島克幸)