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ことば談話室

「がっつり」はどこから来たのだ!

オチおじさんの若者ことば研究①

越智 健二

 大阪・梅田から歩いてビジネス街の中之島へ向かうと、どの会社員も必ず通るであろうと思われる地下街にさしかかる。そこに一軒のおそうざい専門店がある。和食・洋食・中華、サラダとバラエティー豊かな品ぞろえで、値段は大阪らしくいたってリーズナブルだ。店の入り口に「がっつり 大盛り弁当コーナー」と書いてある。から揚げ、焼き肉、ハンバーグなどボリューム満点の弁当が山と積まれている。「さしあたってダイエットは不問に付す。油ギッシュ(?)な揚げ物などで何としてもこの空腹を満たしたい」という人にはこたえられない一角だ。図らずも50代に突入し、日々メタボを気にする私。問題は弁当ではない。「がっつり」という言葉の方に食指が動く。いったいいつ、誰が言い出してこれほど全国に広まったのだろう? 若者言葉の研究者に取材してみることにした。

拡大「がっつり」に思わずひかれる
 そもそも「がっつり」はどのくらい世間に浸透しているのだろうか。

 文化庁の平成23年度「国語に関する世論調査」で「がっつり」が調査対象になっている。「がっつり食べよう」と言うことがあると答えた人が全体の21.8%、「ない」と答えた人は77.5%だった。16~19歳で50.0%がふだん言うと答え、20代で62.3%、30代でも52.9%が使うとしているが、40代では34.3%、50代になると7.5%と激減している。

 辞書には載っているのだろうか。
 「広辞苑 第6版」(岩波書店)や「新明解国語辞典 第7版」(三省堂)、「大辞林 第3版」(三省堂)にはまだ載っていない。小学館の「大辞泉 第2版」(2012年11月7日)には「(副)たくさん、たっぷり」と載っている。 

 ◇北海道? いや四国? はたまた九州?

 いったいどこから来た言葉なのだろう。

 尾谷昌則・法政大文学部准教授(構文論)は、「私が東北学院大学(仙台)に赴任した2004年に、歓迎会の席で教授(推定60歳)が『今夜はがっつり飲むからな!』とおっしゃったのを今でも鮮烈に覚えています。北海道~東北の方言だということはすぐに聞きました」と証言する。米川明彦・梅花女子大教授(俗語論)も「北海道方言」という見解だ。読売新聞2004年12月18日付記事に「『がっつり』は昔から知床で使われている浜言葉」とあったという。「がっつり北海道だべさ!!」という本も存在するとのこと。「大辞泉 第2版」もがっつりの項目に「補説 北海道の方言が広まったものとも言われる」と付記している。

 ところがこの「北海道方言説」には慎重論もある。
 インターネットの知識探索サイト「ジャパンナレッジ」の「日本語、どうでしょう?」だ。小学館の国語辞典編集部編集長で、「日本国語大辞典 第2版」「現代国語例解辞典」などを担当してきた神永暁さんがこう書いている。

――だが、この説を全面的に信用するのはいささか危ない気がする。というのは、社会言語学者の篠崎晃一氏(東京女子大学教授)による以下のような調査報告が存在するからだ。
 「『しっかり』の意味の『がっつり』は高知など四国での使用度が高いが、九州では大分だけが突出して高い」(篠崎晃一「出身地(イナカ)がわかる方言」幻冬舎文庫)
 さらに、「日本国語大辞典 第2版」で「がっつり」を引くと、「がっつり食べる」の意味はないが、方言欄に「がっつり」が載っているのである。しかも、その分布地域は九州、沖縄に限られている。ただし、意味は「がっつり千円あった」などのように「ちょうど」「ぴったり」の意味や、「がっつり(がっつい)似ている」のように「実に」「本当に」といった意味ではあるが。
 北海道方言の「がっつり」の存在を否定しているわけではないが、九州にも「がっつり」という方言形は存在し、篠崎氏の前掲書のように九州、四国で「しっかり」の意味で使われるようになっているのである。北海道方言の成り立ちを考えると九州の「がっつり」の方が古いという可能性も否定できない
――

 いつごろから全国に広まった言葉なのだろう。
 一つの若者言葉について、いつ誰が広めたのか特定するのは至難の業だ。ちなみに朝日新聞の記事に初めて登場したのは2002年11月23日付朝刊のテレビ番組解説欄で、俳優・井上佳子さんの言葉、「“がっつり”化粧して、楽しかったですよ」だった。今回、取材した5人のうち、3人が2000年代に入ってからではないかと回答してくれた。尾谷・法政大准教授は「インターネット掲示板『2ちゃんねる』の書き込みデータ(過去ログ)を検索してみました。1997年に『ガッツリごぶがりでヨロピコセルピコ』という不思議な書き込みが1件だけ見つかりましたが、複数件ヒットするようになるのは1999年からで、方言として意識されているものが多いようです。これが徐々に浸透し、共通語の中で意識され始めたのは2002~3年頃なのでしょう」とする。米川・梅花女子大教授らによると「現代用語の基礎知識」(自由国民社)では2003年版(2002年刊)に若者言葉として掲載されているという。

 ◇ラジオのDJが全国に?

 それでは火付け役は誰だったのだろう? これには耳寄りな情報があった。
 米川・梅花女子大教授が「北海道釧路市生まれ、札幌育ちのDJやまだひさしさんが1999年、TOKYO FMのDJとして全国デビューしてから広まったと思われる」とすれば、尾谷・法政大准教授も「調べてみると、やまだひさしという北海道生まれのDJが、自身のラジオで流行させたと公言しているのだとか。1999年から『やまだひさしのラジアンリミテッド』(TOKYO FM)のDJとして全国区デビューしたDJのようなので、本当に彼が流行させたとすれば、1999年から広まったと考えられます」と後押しする。その「ラジアンリミテッド」は1999年4月に始まり、現在も続いている深夜の人気番組だ。

 早速、ラジオDJやまだひさしさんに連絡をとって尋ねてみた。

――やまださんが「がっつり」を世に広めたというのは本当ですか?
「そもそも、『しっかり』のような意味が一番道民にとっては近いわけなので、たまに遊びに来た子供に大人が『がっつり食べていきなさい』『遠慮するなよ!』的な言葉で日常使用されてました。主に食事のシチュエーションが使用頻度が高かったと記憶しています。でも僕は、「しっかり」という意味だけを別解釈してラジオで多様に使ってみたのです。新曲を紹介する際に『がっつりかけるから聴くべし!』や、『このあとゲストとがっつりしゃべるぜ!』みたいなフレーズで言ったのが最初だったと思います。そのうち、『がっつり』の響き自体が道民以外は言葉として新鮮で面白いんだ、ということに気づき、GW(ゴールデンウイーク)のことも本当は『ガッツリウイーク』という意味なんだ、などとウソを伝えたりしてリスナーと盛り上がり、まさに『がっつり』言葉遊びをしていたのを覚えています」
――その後も使い続けましたか?
「もちろん北海道では当たり前に使っていた言葉ですが、来るゲストがほぼ『がっつりってどういう意味ですか?』と真顔で質問するものですから、こちらも面白くなって番組の中で意識して頻繁に使ってました」
――ほかのメディアにも広がりましたか?
「なんといってもテレビで有名人が普通に使うようになったのはある意味不思議な感じでした。こちらにしてみれば『なんで道民でもないのに使ってんだろ?』みたいな感覚です。そのうち、ルーツを探せのような取材でよく連絡をいただくようになりました。最近もテレビ局から取材を受けました」 

 ◇「がっつり」 その構造と効果

 米川・梅花女子大教授が「擬態語」とする「がっつり」。ほかの研究者はどう見ているのだろうか。

 尾谷・法政大准教授の分析はこうだ。
 ある音に一定の意味が結びついたオノマトペ(擬態語・擬音語)の一種であり、言語学的に見て非常に良くできた表現だと思います。宮沢賢治の作品にはよく東北のオノマトペ表現が出てきますが、音と意味が結びついたオノマトペの感覚は日本人全体の共通感覚であるため、たとえ方言であっても直感的に理解できるという利点があります(逆に、そのような感覚を持たない外国人は、日本語上級者でもなかなか理解できないと言います)。
 意味としては、「しっかりと」のようなイメージですが、特に「がっつり食べる」のような飲食に関わるものが多いようです。これは「がつがつ(食べる)」「がっつく」と、「しっかり(食べる)」のイメージが融合しているからでしょう。さらに、しっかりとお腹にたまるものを食べるという意味では、「ガツン(とくる)」の影響も無視できないでしょう。こういった共通感覚を色々と刺激しながら、新しい言葉の感覚を楽しむという点が、広く流行した理由であると考えられます。
 さらに面白いのは、オノマトペの語形パターンから見た場合です。日本語のオノマトペには「トントン」や「ガラガラ」など繰り返すパターンが多いのですが、「●●ン」や「●っ●り」なども典型的なパターンの一種です。そして、この両者が対応している場合も珍しくありません。例えば「ドシン・ドッシリ」「ポキン・ポッキリ」「カチン・カッチリ」「スポン・スッポリ」などです。激しく接触することを表す「ガチン」に対しては、隙間無くピタリと接触していることを表す「ガッチリ」があります。相撲などで、ガチンとぶつかって、ガッチリと組み合っている姿を想像して頂ければイメージしやすいでしょう。
 ところが、「ガチン」から派生的に生まれたと考えられる「ガツン(と一発かましてやる)」には、その対応型が(すくなくとも共通語には)ありませんでした。その穴を埋めたのが「ガッツリ」だったのでしょう。そういった事情も手伝って、急速に浸透したのだと考えられます。

 桑本裕二・秋田工業高等専門学校准教授(言語学・音韻論)は「がっつり」は「がっちり」との関係が考えられるとして、こう説明する。
 「~ちり」は、「かっちり」「きっちり」「ぴっちり」などは結構古くからある半面、「~つり」は「がっつり」くらいしか思いつかない。なお、「日本語、どうでしょう?」にあるように、「しっかり」の意味での「がっつり」という方言形は四国、九州、特に大分県で使用度が高いとされています。1990年代半ば頃、仙台の某酒店のテレビCMで、ガッツ石松が「ガッツリ買ってもガッツリ安い!」と叫ぶものがありました。意味は、「がっつり食べる」の場合と同じだと思いますが、出演者の「ガッツ石松」さんの語呂合わせという向きがあります。なお、おおざっぱの意味で「ざっくり」というのも、「がっつり」と同じころに現れたものと思われます。

 井上逸兵・慶応大文学部教授(社会言語学)は、「がっつく」「がちんこ」「がっちり」などガ行音がもつ荒々しさなどのイメージが実質性を連想させ、経済的に厳しい時代に実質を求める人々の感性にフィットして広まったと考えられる、とする。

 瀬沼文彰・西武文理大兼任講師(コミュニケーション論)は「出発点は分かりませんが、若い世代に届く前に、芸人やタレントたちがテレビなどで頻繁に、あるいは強調しながら使用し、それが若い世代の日常生活のコミュニケーションでも定着したのではないかと私は考えています。こうしたことば自体で笑いを取れるわけではないものの、会話のどこかに取り入れることで何となく楽しいものにしたり、場合によっては会話を盛り上げたり、広げたり、会話にスパイスを加えられる、あるいは、相手が何か返答を返しやすいような効果などがあることばだとも思いました。強調することばは刻々と変化していると思います。『がっつり』も強調の一つでもあると思います」と分析する。

――以上「がっつり」聞いてみた。おじさんの若者ことば研究はさらに続く。

(越智健二)
=若者ことば研究②は11月28日掲載予定です