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ことば談話室

手書きの年賀状、意外とナウい?

小汀 一郎

 文通ということばを見たり聞いたりすることが少なくなったと感じます。

 毎年10月9日を含む1週間は、国際文通週間とされています。1957年の万国郵便大会議で、世界の人々が文通によって文化の交流を深め、世界平和に貢献しようという目的で設定されたキャンペーンで、10月9日は、万国郵便連合創設記念日にあたります。

 もちろん、電子メールなどない時代に始まったわけですが、新聞紙面でも、文通週間ということばにお目にかかることは、いまではまれです。この四半世紀で、朝日新聞の東京本社発行の最終版に限れば、登場する記事は6件。一部の地域で掲載された記事を含めても31件。毎年、国際文通週間を記念した郵便切手も発行されていますが、かつてはさておき、いまはあまり知られていないのかもしれません。

 ◇「表も裏も」は絶滅危惧種

 キーを打つ際にちょっとした技術の要るタイプライターはワードプロセッサーに取って代わられ、そのワープロも、機能がパソコンのソフトの一部になったり、電子メールを打つ携帯電話などに座を譲ったりした現在。文通以前に、そもそも手書きということが、ちょっとした自分のためのメモぐらいでしか出番がないといったところでしょうか。丸字や丸文字、マンガ字とも呼ばれたかつての「イマドキ」の字体さえ懐かしくも思えてきます。
 日中はセミが鳴いていたのが、夜に鈴虫やコオロギが鳴くようになり、キンモクセイが香ったかと思えば台風が次々と近づくという調子で、あっという間に10月まで過ぎていきました。そして、月が改まって、もう年賀はがき発売です……。
 電気や機械の世界に疎く、絵画のセンスも皆無なので、年賀状も、「個性的」な筆跡で、宛先を含め、すべて手書きをしています。夏の便りは年賀の便りに比べると手書きが多いと天声人語も書いていましたが、年賀状の全面手書きは絶滅危惧種といったところでしょうか。

 ある知人は、年賀状の作業の最大のものは、住所録をパソコンで作成することだと、10年以上前に言っていました。今年私に届いた年賀はがきも、おもて面がすべて印刷だったものが20ほど。うら面がすべて印刷だったものも数通ありました。ダイレクトメールのようでもあります。

 少年時代は、わら半紙にガリ版で刷られた文集のようなものをカッコ悪いと感じ、機械的なものに憧れていたと思うのですが、人間、どう変わるか分からないものです。

 ◇若い世代はメール…のはずが

 ところが、そんな個人的な感傷(?)では済みそうにないことも、電子メールの世界の外で起きているようです。

クリスマスカード拡大ひと月余り先を見据えて設けられた、クリスマスカードのコーナー。カードの中には、手書きのメッセージを書き込める余白のあるものも
 8月の記事によれば、小学生の中には、郵便番号欄に電話番号を書く子、郵便番号が家庭ごとに違うと思っている子、宛名に「おじいちゃん」と書く子がいるとか。のみならず、子どもではないのに、書類を封筒に入れて切手を貼って投函(とうかん)するということを知らない人が現れたそうです。

 もうこうなると、手書きがどうこう以前に、電子メールではないスタイルの封書やはがきの危機といっていい状況です。逆に、消費税が上がることに伴って郵便料金が上がるからといって、封書やはがきは、もう減りようがないのでは、と思えてきます。さらには、手書きなんて、手にインクを浸して書く意味だ、と解釈する人があちこちにもういるのかもしれません。しかし……意外なことに、手書きの習慣も、完全消滅にはまだ少し時間がかかりそうな話がありました。
 今年の3月に文化庁が行った、「国語に関する世論調査」によれば、今後もなるべく手書きで手紙を書くようにすべきであるとした人が、前回の調査時より2ポイント強増え、半数を超えたというのです。一方、こだわらないようにすべきであるとした人は全体のほぼ4分の1。しかも、手書き支持派は、回答者の年齢層では最も若い、16~19歳で最も高い割合で、最も高い年齢層である60歳以上では、50代に次いで低い割合でした。

 歳(とし)を重ねると、やはり面倒に感じるのでしょうか。私は10代に近いということ……にはならないか。
 文房具を扱う、相模原市のB-STOCK相模大野店で、スタッフである、大塚朋子さん、柳月子さんのおふたりに、文化庁の調査結果について尋ねたところ、年配の層での手書き消極派の割合の高さは意外とのこと。一方で、手書きのためであろう紙類を購入するのは、若い世代が多いとの印象をお持ちでした。履歴書のため、しっかり漢字を覚えたいと、筆記具を買い求める若者も珍しくないといいます。

 「3・11の後、手書きの良さを再認識したかたも多いのでは」と柳さん。お店で不定期に開催される、ペンクリニックや自分のためのインク調合の催しも(いずれも万年筆のためのもので、セーラー万年筆によるもの)、「(さばくのが)大変」(大塚さん)な人出だそうです。

 ◇「美文字ブーム」、気にしすぎず

 先日は、「美文字に憧れて」と題した記事が朝日新聞に掲載されました。書籍や講座、テレビ番組での人気も、「手書きについてのエステ」とでもいえそうな動きの証しとなっている感じもします。
 そんな風潮をとらえてか、日本郵便は今年、年賀状ペンなるものを販売しています。お年玉付き郵便はがきの「お年玉」を現金から商品にするなどというのも、手紙復権への策でしょうか(もっとも、年賀状ペンは、添え書きに適したものだそうで、全面手書きを想定したマーケティングではないのでしょう)。

 ただ、しゃにむに美しい文字を求めなくてもいい気はします。筆記具業界の複数の人から、「きれいな字を書こうとか目指そうとか思わなくていい。書きたいように書けばいい。なまじお手本なんてものがあるから、そういうことを考えてしまう」という意見を聞きました。

 一方で、「ラブレターを書かないから、今の人は字が下手」という大胆な意見をお持ちの方もおられます。さらには、手書きしたものかどうかは、活字の状態でも、読めば分かるとおっしゃる方(浅田次郎さん)もいます。志茂田景樹さんは、原稿の内容を録音し、それを文字にさせていたそうですが、そんな人はまれでしょう。

 とりあえず、読める字を書くのがいいというのが私の立場です。手書きのほうが脳の前頭葉が刺激されるという話ですし、字を忘れるのを遅らせているのかなと思うこともあります。
 さて、この文章は何で書き、あるいは入力したか、みなさんはどう感じられましたか。
 時間に追われていたので……ということで。

(小汀一郎)