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ことば談話室

LCC――「空飛ぶ電車」、上からマリコがPR

平井 一生

 実家の部屋を整理していると、1枚の写真が出てきた。撮影日は1975年2月10日、当時8歳の筆者とプロペラ機。初めて飛行機に乗った記念に父が撮ったものだ。プロペラ機は東亜国内航空(TDA)のYS11。「日本の空を日本の翼で」というスローガンのもとで開発された初の国産旅客機だ。7年前、民間の国内定期路線からは退役した。
 筆者にとって飛行機は特別な乗り物だった。当時のTDAのYS11は自由席だったので、タラップを上り、プロペラの真横の窓側に座った。振動もすさまじく、客室乗務員からは「ここ、うるさいでしょ。席変わらなくて大丈夫かな?」とか言われたが、「平気です。翼のはじっこについている緑のランプはなんですか」とかいう返事をしている変な子どもだった。飛行機の窓から見る景色が大好きで、搭乗した際は必ず窓側に座ったものだった。その子どもはやがて成長し、乗り降りしやすいという理由で通路側の席を好んで座るようになった。

 ◇気軽な利用をアピール

 飛行機はいまや単なる交通手段になった。夏休みや冬休みになると、福岡県に住む高校生の姪(めい)が「マルキューに行きたい」と言ってくる。このコトバは解釈が必要で「東京に買い物に行きたいから、航空券をとって」の意味だ。最近の子は福岡―東京間となると、飛行機利用が当たり前になっている。ちなみに「マルキュー」とは東京・渋谷のファッションビル「109」のことだ。かくして、姪に嫌われたくない伯父さんはインターネットで格安の航空券を探すことになる。そして、今年も冬休みが近づき、相変わらず航空券は高いなあ、と嘆いていると、以下のようなプレスリリースが発表された。

 元AKB48メンバーの「マリコさま」こと篠田麻里子さんが、空の上から降臨するというのだ。 

 Press Release  2013 年 9 月 28 日
  篠田麻里子さん Peach の CA に! ~大阪(関西)-東京(成田)線で初フライト~
   ・10月27日(日)、大阪(関西)-東京(成田)線で初フライト
   ・Peach × 篠田麻里子さんの特別デザイン機が就航
 Peach Aviation株式会社(以下:Peach、代表取締役CEO:井上慎一、本社:大阪府泉佐野市)は、 Peachのブランドプロモーションの一環として行う篠田麻里子さんとのコラボレーションの内容を発表しました。
 10月27日(日)に就航する、大阪(関西)-東京(成田)線の初便(MM111便/関西国際空港発、成田空港行き)では、Peach公認のCA*として、篠田麻里子さんが自身のデザインによる制服姿で初フライトいたします。また、同日より、篠田麻里子さんが描かれた特別デザインを施した機体(1機)がお披露目となり、国内線、国際線の各路線で運航いたします。

  *CA: Company Ambassador、 機内における保安業務は行いません。 (上記、一部抜粋)


タラップ拡大自分でデザインした制服を着てフライトした篠田さん。タラップから降りてくると、集まった報道陣に向けて手をふった=いずれも成田空港で撮影
 最近、「LCC」という言葉を頻繁に見聞きするようになった。Low Cost Carrierの略で、「格安航空会社」と訳される。9月には以下のような記事が朝日新聞に載った。

 「格安航空会社(LCC)ピーチ・アビエーションが、国内の新規航空会社としては最速ペースで300万人の累計搭乗者数を17日に達成した。就航からわずか約1年半。相次いで誕生したLCCは、早くも定着しつつある」(大阪本社版9月18日付朝刊)

 ピーチ・アビエーション(ピーチ)は「日本初の本格的LCC」を掲げる。LCCはつねづね気になっていた言葉だったが、「空の上からマリコ」のPRも見られるというので今回の題材とすることにした。まあ実は、篠田さんが、筆者の「推しメン」の一人、という理由もあるのだが(笑い)。

MARIKO JET拡大「MARIKO JET」と名付けられた特別塗装機の前で写真撮影に応じる篠田さん。テディベアは機内販売で自ら購入したものだそうだ
 10月27日、篠田さんの顔写真を機体にラッピングした「MARIKO JET」は、関西空港を午前7時1分に出発、8時20分、成田空港に到着した。篠田さんはCA(キャビンアテンダントではなく、Company Ambassador=企業大使)として搭乗した。到着後は、特別塗装機の前で報道陣の写真撮影に応じ、井上CEOとともに記者会見に臨んだ。
 「初めてのピーチのフライトは、とても楽しく、あっという間に到着しました。このフライトで使用された飛行機には、私の顔がデザインされていて、とてもかわいらしい飛行機です。ピーチを使えば、気軽にいろいろなところに出かけられるので、これからも飛行機を使ったお出かけがもっともっと身近なものになったらいいなと思います」と篠田さんは話した。

 ◇サービスは「乗客が買うもの」に

記者会見拡大記者会見で、両手でピーチ(桃)の形を作り、ポーズをとる井上CEO、篠田さんと客室乗務員のみなさん
 昨年は「国内LCC元年」と呼ばれた。3月にはANA系のピーチが就航、7月にはJAL系の「ジェットスター・ジャパン」、翌8月にはANAとエアアジア(マレーシア)合弁の「エアアジア・ジャパン」が就航した。
 運賃は安いが、欠航が多い、サービスが悪い、というイメージが独り歩きしている感が強いLCCだが、そうであれば、わずか1年半で300万人もの「お客さま」は集まらないだろう。それなりの理由があるはずだ。
 航空会社にとっての「品質指標」とよばれるものに「就航率」がある。欠航しなかった便の割合だが、今年4月~8月のピーチは99.8%。昨年度の就航率は99.04%とJAL、ANAを含む日本のすべての航空会社の中で1位だった。
 LCCはサービスが悪い、というのではなく、「サービスは購入するもの」という考え方が必要だろう。これまでの航空運賃には一律にさまざまなサービスが含まれていた。15キロのスーツケースを預けた人もカバン一つの人も同じ運賃。機内で眠っていた人も、コーヒーのサービスを受けた人も同じ。足元の広い席を事前指定した人も、通路側や窓側から挟まれた座席の人も同様だ。
 ピーチ・アビエーション広報部の佐々木基さんによると「ピーチでは、運賃は平等に、各種サービスはすべてオプションとして用意するということで、運賃は航空輸送の運賃のみいただくという考えです」。原則として、受託手荷物、飲み物、座席の指定は有料となっている。乗客側に選択肢が与えられると考えるというべきか。これまでの大手航空会社では、原則、飲食物や荷物の預かり手数料などを運賃に含んでいる。LCCはサービスを除いた「基本料金」を提示し、その他を有料の選択制とする。したがって不要な客は安く乗ることができる。
 ピーチでは、チェックインも国内線は出発時刻の30分前までに済ませないと「ご搭乗いただけません」となっている。既存の大手航空会社の「ご搭乗いただけない場合がございます」ではない。チェックインに遅れた客には非情のようにも思えるが、定時運航を守ることによって、機材稼働率を上げ、格安運賃を実現している。

 ◇コスト削減、あの手この手

 一方、就航から1年たった3月から、関空を出発する国内線旅客向けに、スマートフォンやタブレット型端末で利用できる機内サービスの提供を始めた。運航コストを抑えるため、機内の座席にテレビ画面は設けていないが、関空第2ターミナルの国内線待合室で、Wi―Fiを使って映画やゲームなどをダウンロードできる。当初は映画30作品を無料で提供。6月ごろから本格的に増やし、有料コンテンツも含め拡充の方向だ。機内では南海電気鉄道の割引切符や、京成電鉄スカイライナーと東京メトロのセットの切符が販売されており、乗客の利便性は考えられている。
 ほかにも金額を安く設定するために、最新鋭のエアバス機A320のみで機材を統一。パイロットも機種によってライセンスが異なるので、同一機材とすることで、整備や運航の効率を向上させることができる。その運航効率を高めるために、到着から出発までが短い。国内線だと折り返し時間は30分となっている。運航乗務員、客室乗務員、整備士、グランドスタッフなどが、一丸となって、定時運航のために努力している。日本の航空会社の国内線の航空機の稼働時間は1日7~8時間だが、ピーチでは10~12時間を目指している、とのことだ。
 関空を拠点としていることも明確な理由があった、前出の佐々木さんによれば、国内線、国際線両方の運用ができること、発着枠に余裕があること、24時間運用であることが要件で、国土交通省の成長戦略で、日本の拠点空港にLCCを誘致しやすい環境をつくると表明したことを受け、いち早くLCC専用の施設をつくることを表明した関空に決定したとのこと。関空は成田と異なり「門限」がない。仮に、遅れたとしてもベースに帰ってくることができるので、機材繰りができずに翌朝の始発便が欠航、となることはない。
 LCCは「格安の」航空会社という訳語になってはいるが、運航側が安全運航を一義に考えながらも、コストを抑えるために努力しているキャリアであるというべきか。
 井上慎一代表取締役CEOは自社の飛行機を「空飛ぶ電車」と表現する。飛行機が身近なものになりますように、との思いだ。「安くて、良くて、面白いサービスが要求されるのが関西です。その中で1年半鍛えられました」と話す。本社社屋も空港島内で建設会社が入居していた建物を居抜きでリフォームすることなくオフィスにしている。CEOの部屋(個室)はない。とくに個室を必要とする職務を行っていないとのこと。コストはかけずに顧客満足度を上げるために、知恵を絞る毎日のようだ。
 記者会見では、報道陣の写真撮影に応じて篠田さんや客室乗務員らとともに両手でピーチ(桃)の形を作った。桃は幸運のシンボルとしてアジアで愛されている。そんな桃のように愛されるエアラインとなりたいという気持ちが社名に込められているという。

(平井一生)