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ことば談話室

患者が使うお国ことば 医師苦闘

佐藤 司

 方言を使う患者と医師との会話は、互いに意思がすんなり伝わるとは限らないようです。体のどこが、どのように痛むのか。症状を訴える患者と、それを理解しようとする医師がともに奮闘しています。

 昨年書いた「患者の方言、医師はどう理解」では、東日本大震災の被災地へ全国から応援に行った医療チームが、東北地方の方言にどう対処したのかを紹介しました。今回は、九州・中国地方の高齢者が話すことばの機微を、医師らがしっかり受け止めようと苦労している話を取り上げましょう。

 「ずきずき痛む」を「はしる」と言う地方があれば、「あまり痛くない」を「おろ痛い」と言う地方もあり、所変われば体の具合を表す言い方も多彩に変わるようです。その土地のことばを初めて聞く医師らは、どのように受け取っているのでしょうか?

 ◇「あど」は部位、「おろ」は否定

 まず、体のどの部分を指すのか見当がつけにくいケースです。大分県南部のある診療所では医師と患者との間でこんなやりとりがありました。

 医師 「今日はどうしました?」

 患者 「あどが痛いんじゃ」

 医師 (「あど」ってどこかなと考えながら、「あご」をじっと見詰める)

 患者 「どこみとるんじゃ。『あど』は『かかと』のことじゃ」

大分県で地域医療に励む坪山医師拡大大分県で地域医療に励む坪山医師
 医師の坪山明寛さんは「あど」とことばが似ている「あご」を視野に入れて頭を巡らしていたようです。医師が患者の足元に目を向けるべきところを、口元の周辺に視線を注がれた患者は妙に思ったのかもしれません。坪山さんの生まれ故郷・鹿児島では「かかと」を「どげん」というそうです。「地元出身ではないので方言で困ることが多い」と言います。

 次は、痛みが増すのか和らぐのか、地元で育っても聞いた経験がないと判断がつきにくいケースです。こんな対話が佐賀県北部の診療所でありました。

 医師 「この前、注射をしましたが、痛みはどうですか?」

 患者 「おろ痛か」

 医師 「痛みが強くなりましたか?」

 患者 「違う。あんまり痛(いと)うなかちゅうことたい」

 「あまり痛くない」「痛みが和らぐ」という意味で「おろ痛い」と患者が答えましたが、医師の阿部智介さんは「痛みが増す」ように思えたそうです。接頭語の「おろ」に強調する印象を受け、あとに否定することばがなかったので、「とても痛い」と受け取ったと言います。

 ◇「昨日は頭が悪くて」「今日は走る」

 今度は、同じことばが共通語にもあるだけに、すぐに意味が理解できないケースです。島根県の診療所でのことです。

 患者 「今日は、足がはしって やれんだわー(我慢できない)」

 事務員 「足が走る??」

 医師 「『はしる』というのは、どういった感じですか?」

 医師の泉司郎さんは、患者に他のことばに言い換えて説明してもらったそうです。

 この「はしる」の意味について、山口県防府市で図書館長を務める方言研究家の森川信夫さんは「ずきずきと突き刺すような痛みを表します。歯の痛みによく使われる表現です」。「足・歯がはしる」という言い方は、「足・歯に痛みがはしる」を省略して、主に中国地方の中高年以上に使われていると森川さんは説明します。

 島根県石見地方の診療所長・阿部顕治さんは「はしる」を「表面の痛み」、一方「深部の痛み」は「にがる」と痛みの発生部分で区別していると言います。鳥取短期大(鳥取県倉吉市)の准教授・岡野幸夫さん(国語学)によると、鳥取県東部で「はしる」を使う学生はほとんどいないようですが、広島県尾道市出身の岡野さん自身は「ひりひりした痛み」の意味で使うそうです。

 他にも「脳・頭の具合や調子が悪い」という表現を省略した「脳が悪い」「頭が悪い」という山口弁があると森川さん。医師の問診に対して高齢の患者がこんな風に症状を訴えるそうです。

 患者1 「今朝から脳が悪うあります」

 患者2 「昨日から頭が悪うていけんのですいね」

 地元・山口では、患者2人はともに頭痛の症状を表し、頭が重くて体調がすぐれず、すっきりしない状態が続いているときに使うそうです。症状が鈍痛から激痛になると、中には「頭がはしる」と言う人もいますが、「頭が痛うてやれん」と言う人が多いです。風邪を引いて発熱を伴う頭痛は「熱で頭が痛い」「風邪で熱がある」など――実際の使用例を森川さんは紹介します。

 ◇「痛む」地域に「せきをする」地域

 最後は、同じことばでも地方によって意味が違うほか、これも方言なのかと驚かされるケース。大分県北部のある病院の看護師がこう振り返ります。腹痛の患者と脳梗塞(こうそく)初期の患者がそれぞれ受診したときのことだそうです。

 患者 「はらが せく」

 医師 「せく(咳く)?」

 大分県北部では「せく」を「(腹が)痛む」という意味で使っていますと看護師。ところが医師は「せく」を「せきをする」と解釈したとか。なぜ、このような意味の食い違いが生まれるのでしょうか? この疑問に方言辞典が答えています。「せく」を「痛む」意味で使う地域と、「せきをする」意味で使う地域があります。「痛む」は主に九州北部、「せきをする」は主に東海地方や和歌山・兵庫などです。興味深いことに同じ大分県の南部にも「せきをする」地域があるようです。

 患者 「だまし、ぜぜくる」

 医師 「何で病院をだましに来たのですか?」

 患者は病院を「だまし」に来たのではなく、大分県北部では「急に」という意味で、「ぜぜくる」は「ろれつが回らない」という意味でそれぞれ使うそうです。「急に舌がうまく回らず、発音が不明瞭になったので来院した」ということのようです。

 高齢者が話す土地のことばに医師や看護師らが慣れるまでは、患者がどんな症状を訴えているのかすぐに理解するのが困難なケースを紹介しました。たとえ、その土地で生まれ育っていなくても、方言を理解して使い始めると「患者が心を開いてくれます」という声を聞きます。

 患者との信頼関係を築く手段として方言を活用するのは有効ですが、状況を考える必要があるとベテラン看護師(大分県南部)は指摘します。耳が遠い患者に大きな声で方言で話していたら、患者を見舞う来院者から馬鹿にする言い方だという意見が寄せられたそうです。かといって共通語で丁寧に話していると、今度は心の距離が遠くなるという患者もいます。何か困っていそうな患者から「こまちょるんよ」と言われたら「こまちょるん やな~」と相づちを打つと、いっそう親近感がわき患者の表情が思わず緩むと言います。

(佐藤 司)