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ことば談話室

五輪報道、日英に温度差――元外交官ランナーのマーラ・ヤマウチさんに聞く(下)

 《「もしかしてマーラ・ヤマウチさんですか?」。若い男性ランナーに声をかけられたのは、皇居・桜田門近くでインタビューしていた時だった。平日の昼過ぎ。夜間や土日に比べランナーはまばらだ。それでも、やはり気づかれた。テレビや雑誌で見たという男性は、「働きながら走り続けて五輪に出場。日本語も堪能で親近感を持っていた」と続けた》

ラン笑顔拡大皇居外周を走るマーラさん。選手時代は多摩川沿いをよく走り、「ヤマウチさん!」「がんばれ」と応援の声をかけてもらったという

 ◇母国の注目はラドクリフ選手に

 2008年大阪国際女子マラソン優勝。北京五輪6位入賞。09年ロンドン・マラソン準優勝。10年ニューヨークシティー・ハーフマラソン優勝。数々の実績を残してきたマーラ・ヤマウチさん(40)。ランナーとしての実力とともに、在日英国大使館での勤務経験や、英外務省を休職して五輪に挑戦した経歴で、日本メディアの関心を集めてきた。

 一方、本国・英国で、選手時代のマーラさんの注目度はそれほど高くなかったという。北京五輪に出場したマーラさんは、英国では歴代最高タイの6位入賞という成果を収めた。メダルとの差はわずか22秒、距離にして100メートルほどの「惜しい」記録でもあった。しかし、その結果は英国ではあまり注目されなかった。

 背景には、当時の英国にポーラ・ラドクリフ選手という女子マラソンの世界記録保持者がいたことがある。北京五輪でも期待をかけられていた。だが、結果は23位。報道は「ポーラのことが99%」を占めた。マーラさんのことは、付け足しのように「ちなみにマーラは6位でした」という程度。「ちゃんと取り上げてくれたのは、地方紙とランニング雑誌くらいだった」という。

 「ポーラはとても優秀な選手。報道が集中するのは当然」とマーラさんは言う。自身がメダルに届かず注目されなかった事情も理解している。しかし、6位入賞は「良い結果として取り上げて欲しかった」と振り返る。

 ◇英国は結果、日本は選手に焦点

 《マーラさんに話を聞いたのは、ソチ五輪の真っ最中だった。日本では連日、メダルや入賞の結果、今後の注目競技が報じられていた。その脇には、選手たちのこれまでの苦節の日々や、身近で支えてきた人々の応援や称賛の声が紹介されていた》

 マーラさんは日本のスポーツ報道について、選手の努力やつらい練習を乗り越えたといった物語に興味を持っていると感じるという。国の代表として、出場や入賞に至った経緯をきちんと取材し、伝えている。それに対して、英国メディアが注目するのは「いい結果」。トップかどうかに関心が集まり、そうでなければ「あまり注目されない」と嘆く。

 メダルだけに焦点を当てる報道は、子どもたちに「完璧な結果じゃないと意味がない」という誤ったメッセージを送ることにならないか、そう危惧する。「目標に向かって挑戦すること、努力すること、公平に戦うこと、チームメートと協力すること、ベストを尽くすこと。英国でも、そういったテーマでもっと取材して欲しい」と力を込めた。

 日英のスポーツ報道の違いについて、マーラさんがもう一つ興味深いことを話してくれた。英国では大半を男性の競技が占めるという。7割が男子サッカー、残りがラグビーやクリケット、競馬など。女子スポーツはほんのわずかだという。

 「日本はその点、平等ですよね」と話を振られた。サッカーや野球など、日本の新聞でも男性のスポーツが占める割合は圧倒的だ。ただ確かに、陸上や体操、テニス、スキー、スケート、いくつもの競技で有名な女子選手はすぐに頭に浮かぶ。紙面でもそれなりの大きさで取り上げている。

 マーラさんによれば、英国ではこうした状況を変えていこうと、女子スポーツの推進団体が運動を起こしているのだという。

 ◇「母国」日本で指導者目指す

 《皇居外周をマーラさんと走った。五輪選手との並走に舞い上がる気持ちを抑える。ストレッチも習った。片腕を伸ばし、後ろを振り向くように肩甲骨の下の筋を伸ばす。下半身だけでなく、上半身の動きが良くなると、足もスムーズに動くという》

 現役を引退した今は、マラソン大会の解説の他、英国の陸上競技のコーチ資格を取るための勉強をしている。いずれは日本のコーチの資格を取ることも考えているそうだ。

東京駅上半身拡大Mara Yamauchi。1973年生まれ。夫は日本人の山内成俊(しげとし)さん。自己ベスト2時間23分12秒は英国歴代2位。「日本でもランニングの楽しさやプロ選手としての経験を伝えたい」と話す=JR東京駅丸の内駅舎前
 日本のランニングブームについては、「健康にも良いし、何かにチャレンジすることはとても良いこと」と話す。走って寄付を募るチャリティー目的が多いロンドン・マラソンに比べ、日本では「自己ベスト」を目指して走る意識が高いと感じるそうだ。

 選手時代、一つの大会としてはロンドン・マラソンへの出場が最多だが、国別では日本の大会への出場が最も多いという。初優勝の大阪国際女子や、3位入賞の東京国際女子(08年)、優勝した香川丸亀国際ハーフ(09年)と青梅マラソン(10年)。フルとハーフを合わせれば、出場した大会は30~40を数えるという。「マラソン選手としては、日本が母国」と言い切るマーラさん。近い将来、指導者として「母国」に帰ってきてくれたらいいなと思う。

(柳沢敦子)