ことば談話室
(2014/05/22)
北の大地にあこがれ、「その先へ」とたびたび訪れてきた知床。前回は遅い春の知床をお伝えした。その自然が鳴らす警鐘に耳を傾けるため、今回は季節はずれの感があるが冬の知床の姿をお伝えしたい。
「流氷初日」。このコトバは毎年初めて沿岸から肉眼で沖の流氷を確認できた日を指すが、筆者は紙面やニュースでこのコトバを見ると冬本番を実感する。そして厳冬期の知床へと向かいたくなる。
ここ数年、海上自衛隊のP3C哨戒機に搭乗する機会があり、冬のオホーツク海上を飛んだ。今年も2月末、報道関係者向けに海氷観測のもようが公開され、海上自衛隊・八戸航空基地を訪れた。
ここには日本の最北端のP3C部隊、第2航空群第2航空隊が配備されている。海氷観測は気象庁に対する業務支援として、1960年から半世紀以上にわたり実施されているもので、船舶の航行、漁業の操業の安全に貢献している。哨戒とともに第2航空群特有の任務だ。今年2月末現在、観測回数累計は1065回に達している。
今回も八戸の基地を正午すぎに離陸。津軽海峡を越え、函館上空を通過、稚内でオホーツク海に出て南下、知床に向かった。
シカは満足したのか、食べ終わると森の中へ消えた。さらに知床五湖方面へしばらく行くと道は行き止まりになった。夏でも、一般道がない知床の最先端への到達は困難であり、まして冬は通常では人間の到達できる場所ではない。だからこそ「聖地」ともいえるのだが、「知床旅情」に出てくる「知床の岬」と、そこに押し寄せる流氷はぜひ自分の目で見たいものだ。
今回乗り込んだP3C哨戒機は、離陸して約2時間後、知床岬沖に到達した。天候は晴れだが、遠方の国後島はかすんでいる。コックピットの高度計は500フィート(約150メートル)を指しているが、海面すれすれを飛んでいるような感覚だ。
搭乗した2番機の機長を務めたのは第2航空隊所属の藤岡慶一3等海佐(36)。「八戸勤務の特徴といえる、海氷観測に従事できることを光栄に思います。大海原に広がる海氷は、空から見れば壮観ですが、北海道近海を航行する船舶には大きな障害となります。安全な航行に必要な情報を提供できるよう、正確な観測に心掛けて飛行しています」と、海氷観測飛行任務のやりがいを語った。
北海道立オホーツク流氷科学センター学芸員の桑原尚司さん(38)に今シーズンの流氷の概況をうかがった。
気象庁によると12月の気温、水温が高めに経過したため、オホーツク海全域の海氷域面積は12月を通して過去最少であった。1月に入ると寒気が入りこみ、急速に海氷域面積が拡大し、流氷初日は紋別市で平年と同じ1月23日、網走市で平年と同じ1月21日となった。また、接岸初日は紋別市で平年より11日遅い2月17日、網走市で平年よりも7日遅い2月9日であった。その後の海氷域面積は平年をやや下回る昨年並みに推移した。
紋別市は風向、風力の影響か、海岸から見た感じでは一面流氷で覆われ白い海になった日は4日程度で、少ない印象を受けた、とのことだった。今冬、流氷は太平洋にも流出し、30年ぶりに4月下旬に観測され、一部は襟裳岬の南東約100キロに達するなど記録的な流出となっている。
「海氷」と「流氷」、この用語の違いについては、2年前、当コーナーに拙稿を出した。「海の水が凍った氷を海氷といいます。流氷は海氷の中に含まれ、岸に定着している氷(定着氷)以外のすべての海氷、と広い意味で使われます」。そう教えてくれたのが、故・青田昌秋・北大名誉教授(元北海道立オホーツク流氷科学センター所長)だ。
当初の目的は、たんなる用語の定義をうかがうだけだったのだが、話はそれだけにとどまらなかった。2年前の拙稿は、もともとは朝日新聞のグループ紙である「朝日中学生ウイークリー」向けに取材したもの。取材を申し込んだところ、「流氷は海からのすばらしい贈り物であることを、ぜひ子どもたちに伝えていただきたい」と快諾してくださった。流氷研究の第一人者である雪氷学者であるが、「ぼくは流氷研究者じゃなくて『流氷遊び人』ですよ」と、笑った。
「流氷は植物プランクトンを育てます。そこに動物プランクトンや小魚が集まり、それはサケやマスのえさとなり、ヒグマやワシがそれらを食べる。つまり流氷は、陸上生物までつながる知床の生態系を作っている食物連鎖を支えています。そして、知床は海と山との生態系がうまくつながっているのです」と青田名誉教授。また、「流氷は敏感な温度センサーだ」とも語った。「オホーツク海沿岸の気温が上昇していることが、流氷の減少につながっています」
光村図書出版から発行された中学1年の国語教科書に、書き下ろしの「流氷と私たちの暮らし」が掲載された。「流氷が私たちの生活に深く関係しているのと同様に、私たちの暮らし方も流氷に影響を与えているのだ。流氷の減少は、人類に対する自然からの警告かもしれない」とつづっている。
知床は、今年、国立公園指定から50年、そして来年は世界自然遺産登録から10年を迎える。シカの増加、流氷の減少……。これらから我々は何を読み取るべきか。「自然からの警告を見のがさない。それが今、私たちに求められていることだろう」と青田名誉教授の文章は続いている。
(平井一生)