ことば談話室
(2014/05/29)
友人宅で数人が集まって食事をしていた。フワフワで卵の香り豊かなホットケーキがあり、一口食べて「このホットケーキうまいねえ」と言った時のことだった。「ホットケーキ? あんたホットケーキ言うんやねえ。今パンケーキ言うのがトレンドやで」。そんな言葉が返ってきた。
考えてみたらホットケーキとパンケーキの違いがわからない。ホットケーキはバターにシロップ、おやつに食べるものというイメージはあるが、パンケーキのイメージは全くわかない。メニューに「パンケーキ」と書いてあったらそう言うかもしれないが、そうでなければ「ホットケーキ」と言う。
いっぽう、海外旅行に行ったときにパンケーキというのは聞くが、ホットケーキは聞いたことがない。そこで製粉会社でつくる日本プレミックス協会に違いを聞いてみた。
すると「ホットケーキは日本で作られた言葉で、呼び名としてはパンケーキが一般的」との答えが返ってきた。ちなみにパンは、平鍋を意味するフライパン(frying pan)のことだそうだ。知らなかった。
日本でも1884年に書物で最初に紹介されたのは「パンケーキ」の名だという。実際の商品としては、1923年に東京のデパートの食堂で「ハットケーキ」の名で売られたのが始まりで、31年にはホーム食品が家庭用に「ホットケーキの素(もと)」を発売。当時すでに食パンなどが出回っていたので区別するため、「温かい」うちに食べられるようにと「ホット」ケーキと名付けられたのだそうだ。
戦後の52年にホーム食品が再販売し、これを機に各製粉会社がホットケーキミックスに参入。最盛期には20社近くが参入したようで、安くて手軽なところから、女性や子どもたちの間で人気になっていった。家庭で作り、時には喫茶店で食べるおやつとしてホットケーキが広まっていったようだ。
家庭で作るホットケーキミックスといって真っ先に思い浮かぶのは森永製菓。57年から発売され、ロングランを続けている。砂糖やベーキングパウダーが入っていて甘くてふっくら。子どもの頃によく食べた記憶がある。
その森永製菓が実はパンケーキミックスも販売している。違いを尋ねると「ホットケーキはおやつ向け、パンケーキは食事向け」との答えが返ってきた。
パンケーキは砂糖を使わず、水だけで作れるという。2000年代に入ってパンケーキがブームになってから売れ出したようで、昨年春に発売された「お食事パンケーキ」は売り上げが急激に伸びているという。
昭和産業も両方を販売している会社の一つ。同社によると、最近のトレンドを分析した上で、ホットケーキは「生地そのものを楽しむもの」、パンケーキは「フルーツや卵料理、ベーコンなどの素材を引き立て、素材とともに楽しむもの」と定義を明確に分けて販売しているそうだ。ホットケーキは58年から販売。パンケーキは昨年9月から、甘めの生地を使ったスイーツ系と、甘さ控えめの食事系の2種類を売り出していて、売り上げはどれも上々という。
最近トレンドのパンケーキ店。その勢いは20年ほど前にはやったクレープをほうふつさせる。関西でもここ数年、米国や豪州発のパンケーキ店が次々と進出、食事時には店の前に行列ができるところもある。
2010年に大阪初のパンケーキ店を出した「mog(モグ)京橋店」に行ってみた。この店は東京で主婦らが始めた「voivoi」からのれん分けしていただいた店だそうだ。関西を選んだ理由は粉モン文化が栄えており、パンケーキも親しまれやすいと考えたからだという。
副店長の武智令花さんにもホットケーキとパンケーキの違いを聞いてみた。「パンケーキの生地には塩と油が入り、甘さを控えめにしているのに対して、ホットケーキには砂糖が多く入っているので生地自体が甘い」と話してくれた。
この店では、バターミルクを使って甘みを出しているそうだ。雑誌でよく取り上げられている1番人気の「スペシャルパンケーキ」を食べてみた。
それにしても、友人宅での食事会で言われた
ひとことが忘れられない。せっかくなので、関西でどれぐらい「パンケーキ」の名が浸透してきているのか、大阪市内で聞いてみた。 表のように「パンケーキ」と答えた人は29人。
理由を尋ねると、「家で作ったり会話したりするときはホットケーキ、外で食べたり会話したりする時はパンケーキと言う」「昔はホットケーキと言っていたが、最近パンケーキとよく言っているから」が大半を占めた。
「ホットケーキ」と答えた人は47人。
「パンケーキと言ったことがない」と答えた人が7人(女性1人、男性6人)いた。
今回は家庭でホットケーキミックスを使って作ったものの写真で聞いたためか、「ホットケーキ」という答えが多かった。それでも20代、30代に絞るとパンケーキ24人、ホットケーキ29人。うち女性に絞ると18人と18人で半々だった。
意外だったのは10代女性が8人ともホットケーキと答えたこと。聞いてみると中・高校生で、パンケーキ店に行ったことがない子も半数いた。家で母と一緒に作る、作ってもらうというイメージが強く、ホットケーキという答えになったようだ。
あわせてパンケーキとホットケーキの違いについても聞いてみた。(複数回答可)
1.については違いがわからないと答えた人(4人)以外は違いはないと答え、喫茶店をカフェというのと同じで、パンケーキと言うほうがおしゃれに感じると答えた。
2.については逆に「パンケーキのほうが厚い」と答えた人も数人いた。ホットケーキは1枚で、パンケーキは何段も重なっているもの、スフレのようなふわふわのものという印象があるようだ。
また総じて1.を選んだ人は5.と重複して、2.や3.を選んだ人は4.と一緒に選ぶことが多かった。4.と5.を一緒に選ぶ人も目立った。
つまり「違いはないが、家で作る時はホットケーキ、外で食べる時はパンケーキと使い分けている」という人が多く、違いを述べる人は生地の違いとあわせて具の量について言うことが多かった。「ホットケーキは家で作り、生地が甘くシンプルでおやつに」「パンケーキは外で食べ、具が多くて食事に」といった印象があるようだ。そう考えると「パンケーキの素買いに行こう」とか「ホットケーキ食べに行こう」とは日ごろあまり言わない気がする。
ホットケーキとパンケーキ、実は同じモノでも、イメージは人それぞれ。子どものおやつだった「ホットケーキ」が、このところのブームで大人も食事として食べる「パンケーキ」に進化していっていることもうかがえる。
パンケーキには甘いものもあれば塩味のものもあり、手の込んだものもあれば簡素なものもあるが、共通点は「小麦粉を主原料としてフライパンで焼いたもの」。実は関西でおなじみのお好み焼きも、欧米ではパンケーキの一種として紹介されることがあるようだ。
アメリカの食文化の一端を代表するファストフードのマクドナルド。ここの朝メニューにホットケーキがある。日本では84年から販売されているそうだが、実はこの商品、米国でも同じ「ホットケーキ」という名で売られている。日本マクドナルドホールディングスに聞くと、いきさつや経緯はわからないが、同じ商品でも国によって違い、英国などでは「パンケーキ」という名で売られているそうだ。
英語の言い回しで「sell like hot cakes」というものがある。まだ焼きたての熱いうちに次々と売れていくということで「飛ぶように売れる」という意味で使われる。この時の「cakes」はフライパンで焼く、いわゆるパンケーキという認識で使われているという。
本国のマクドナルドでなぜ「ホットケーキ」という名で売られているのかは定かではないが、米国でホットケーキと言っても、一部では通じる人がいるようだ。
(秋山博幸)