ことば談話室
(2014/06/12)
関西から東京に引っ越して3年目ですが、めんつゆの濃さや卵焼きの甘さなど、東西の文化の違いを感じることは多いものです。
言葉の面でも様々な東西差があります。分かりやすい関西弁などの方言だけでなく、一見同じ言葉を使っているように見えても、示しているものは微妙に違ったりするのです。
「シャベル」と「スコップ」という言葉を聞いて、あなたはどんなものを想像しますか?
「スコップは土を掘るときに両手で使う大きなやつで、シャベルは片手で使う小さなやつでしょ」と思ったあなたは東日本出身、「逆でしょ?」と思ったあなたは西日本出身かもしれません。
奈良県出身で成人するまでほとんど近畿で暮らしてきたわたしは、シャベルが大きいもの、スコップが小さいものだと思って、疑ったこともありませんでした。
国語辞典をめくるとスコップの項に「小型のシャベル」と書いているものが多いのですが、少し変わったものもあります。
たとえば三省堂国語辞典では、シャベルを「①園芸などに使う、片手に持って土を掘る道具。移植ごて。②〔関西などの方言〕『スコップ①』をさすことば」、スコップを「①土・砂・雪などをすくったりするのに使う道具。足をかけられるものが多い。②〔関西などの方言〕『シャベル①』をさすことば」としています。補足はしているものの、どうやら「大きいのはスコップ」という立場のようです。
一方、大辞泉では「東日本では大型のものをスコップ、小型のものをシャベルといい、逆に西日本では大型のものをシャベル、小型のものをスコップということが多い」と中立的な説明をしています。
また、日本国語大辞典には「ショベル」が西日本に、「シャベル」が東日本に分布しているとあって、別の東西差にも触れています。
シャベルとスコップ。本当はどのような違いがあるのでしょうか。
シャベルとスコップは外来語です。もともとの意味を調べてみましょう。シャベルshovelは英語ですが、スコップschopはオランダ語です。スコップを英語にすると、「特ダネ」という意味でも使われるスクープscoopです。
ウェブスター英英辞書を見ると、shovelは幅の広いscoopと広がった刃をもつ道具で、土や石炭を持ち上げて投げ出すためのものと説明されており、両手で使うサイズのものの絵が添えられていました。
scoopは液体や柔らかいものを持ったり運んだりするための器具で、液体をくみ出したり混ぜたりするための大きなしゃくしや、シャベルに似ているが深くて短いものなどと説明されています。アイスクリームやマッシュポテトをすくうときに使う、レバー付きのしゃくしもscoopです。
どうやら英語圏ではシャベルはスコップより大きいものと見なされているようです。
日本にスコップという言葉が入ってきたのは江戸時代までさかのぼります。江戸時代の蘭語辞書「和蘭字彙」にスコップの項目があり、「大杓子の類。土砂抔を匕(すく)ふ」と説明されています。当時の他の辞書には「asschop 灰匕(はいすくい)、熾攪(おきかき)の類」という項目があり、スコップを「火を扱う具、十能の如きもの」と説明しているものもあります。説明に出てくるおきかきや十能というのは、炭火や消し炭を運ぶための鉄製のひしゃくのような道具です。この当時のスコップは、灰などをすくうための小型のものを意味していたようです。
日本工業規格(JIS)には「ショベル及びスコップ」という規格が存在します。シャベルとスコップがそれぞれどういうものか言葉では説明していませんが、それぞれ例図がしめされています。どちらの図も長さが1メートル前後の大きなものなのですが、よく見ると金属製のさじ部分の形がそれぞれ違います。
シャベルはさじ部の先が丸くなっている「丸形」と、まっすぐになっている「角形」がありますが、さじ部の手前側はまっすぐになっています。スコップは先がまっすぐなものだけで、手前側はなだらかになっています。言い換えると、シャベルは穴を掘るときなどに足をかける肩があるのに対し、スコップにはそれがありません。
ただ図を眺めるだけではこの違いにどのような意味があるのか分かりません。そこで、120年前からシャベルやスコップを作っているメーカー、浅香工業に話を聞きました。営業部の中村明さんによると、シャベルは「掘る」ための、スコップは「すくう」ためのものなのだそうです。シャベルは地面を掘るときに力をかける必要があるためさじ部に必ず肩があり、スコップは先端がとがっているとそこからすくったものが逃げてしまうため、必ずまっすぐになっているというわけです。
浅香工業では120年前からこの基準で商品を作っており、JISも同じ意図でシャベルとスコップを分けているそうです。JISから外れますが、園芸などで土の移し替えに使う移植ごては、土を深く掘るのではなくすくうことが主な目的であるという理由で、浅香工業ではスコップという名前で扱っています。
商品名としてのシャベルとスコップの違いは分かりましたが、なぜ人によって感じ方が逆になるのかは分かりません。中村さんによると、シャベルを使う職人さんは先のとがったものを「剣スコ」、まっすぐなものを「角スコ」と呼ぶなど、人それぞれ呼び方が違うのは確かですが、東西など地域ごとの差を感じたことは無いそうです。
粘土質の土壌が多い関東では、土がひっつかないように、さじ部に穴の開いたシャベルや細長く丸みのついた円匙(えんし)の需要が高いそうですが、それ以外にシャベルとスコップで東西の売れ行きの差なども無いそうです。
雪かきが多い東日本では雪をすくうのに大きなスコップが必要とされ、スコップ=大きいものとなった可能性なども考えましたが、それだけでは小さいものがシャベルといわれるようになった理由が説明できません。
真相はいまだ土の中……というわけです。
(大月良平)