メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

昼の結婚式にタキシード?

大堀 泉

 6月は結婚式の話が増える。日本、特に関西以西ではあまり天候のよくない時期だが、欧州では初夏から夏本番に向けて、明るい時間がうんと延びる。おめでたい行事にはあつらえ向きの季節だ。「ジューンブライド」ということばもある。
 新聞には、変わった結婚式の話題が載ることがある。文化財の建物が修復され、そこで地元の人たちが式を挙げるとかいうケースだ。写真も載る。
 こういう記事で、花嫁さんの衣装の説明は「ウエディングドレス」「和装」などで十分わかるのだが、花婿さんの方は紋付袴(はかま)の和装を除くと、ほとんど「タキシード姿」となっている。それでいいのだろうか?

◇タキシードは夜の準正装

 古波蔵保好(こばくら・やすよし)著「男の衣裳箪笥」(新潮文庫)という本がある。文庫で出たのが1983年。最初に本になったのはその10年前だから、かなり古い。着るものと社会とのつながりについて、サラリーマンとして生きていくのにどんなものをどう着ればどう見えるのか、どのような人間として周囲から扱われるのか、といった内容だった。冠婚葬祭のマナーやドレスコードの解説もあったが、筆者自身の体験に合わせてTPOにあった服を、ユーモアあふれる語り口で述べている。今も十分に役に立つ。
 この中に「ブラック・タイ」という章がある。副題「ディナージャケット またの名タキシードのこと」。ブラックタイとはホワイトタイと対の表現で、黒い蝶ネクタイを締めるタキシードを着て来てください、と招待状に書くときの決まり文句である。ホワイトタイなら、燕尾服(えんびふく)を着て来てくださいという意味になる。
 タキシードの決まった型として「黒いジャケットのエリをヘチマみたいな形にして、拝絹をつけ、ボタン一つ、腹にカマー・バンドといわれるのを巻き、同色のズボンには側章をつける。そしてプレーンなダブル・カフスの白シャツに、『ブラック・タイ』と略称されるとおりの黒い蝶ネクタイをしめることになっていて」、実際にその通りのスタイルの人間ばかりだったかというと、さにあらず、と書かれている。

拡大宮中晩餐会でカンボジアのシハモニ国王と乾杯する天皇陛下=2010年5月、葛谷晋吾撮影
  「新・実用服装用語辞典」(文化出版局)でも、服の形の説明はほぼ同様。ただ「夏には白を用いることも」とある。
 タキシードは夜の準正装(セミフォーマル)。ディナーを食べるときや、クラシック音楽の演奏会でも特に歌劇などを夜楽しむとき、あるいはカジノなど夜の遊び場で着るものだ。実際の例だと、宮中晩餐(ばんさん)会での天皇陛下とカンボジア国王。襟はヘチマの形ではないが、特にカンボジア国王の方はダブルカフスに黒の蝶ネクタイなのが見える。まさにディナージャケットだ。

◇式の専門家に聞いてみた

 とすると……結婚式の新郎を「タキシード姿」と書いていいのか、という疑問が出てくる。新聞に写真が載るような結婚式だと、十中八九、真っ昼間か午前中なのである。たいていは色も白などの明るい色で、タキシードのイメージと合わない。花嫁のドレスと合わせて、花婿も目立つ白や銀色ということなのだろうが、宮中晩餐会のお二人とは印象が違う。ではモーニングなどほかの服かといわれると、これも違うだろう。うーん、タキシードと書いていいのだろうか? ほかの言い方は?などと心配になる。服装用語辞典にも「夏には白も」とあったし、基本通りよりも変わったパターンが多いのはわかるが、戸外で午前中から陽光を浴びる服とは思えない……。
 この際、常時花婿に接している専門家にお尋ねし、積年の疑問を解消することにした。花婿の装いについても主体的にスタイルを打ち出している桂由美ブライダルハウスの桂由美さんに、その事情を聞かせていただいた。
 日本の場合、結婚式の花婿が着ているものは一般に「タキシード」と呼ばれているもの。裾がまっすぐで割れ目がないジャケットなので、タキシードとされている。ただ、新婦の方がティアラを着けてベールやドレスの裾を長く引くロイヤルウエディングスタイルで、新郎がタキシードでは釣り合わないので、新郎も燕尾服を着るぐらいでちょうどですということだった。結婚式が役所に届け出るだけで教会に行くことの少なくなりつつある現実では礼装のカジュアル化が進み、式では長く裾を引くドレスや正装の燕尾服などは着ることがなくなってきている。そこでロングタキシード(日本での俗称)が着られているのだが、アメリカではそれを「ロングジャケット」と呼んでいる。ただ、「長いジャケット」では日本ではなおのこと何のことかわからないので、思案しています、とのこと。
 「桂由美 MAGIC」(集英社)の書中の「桂由美的ドレスアップ・マナー」の項にも「Q 午前中の挙式で花婿がタキシードを着るのはおかしくないの? タキシードは夜のものだと思うのですが」とある。答えとして、アメリカ人のドレスコードでは、午前中のタキシードだけは避けたい、となっていることを挙げて、「明らかに午前中であれば、やはりタキシードではおかしいものです。ただし着用するタキシードがどの程度正式な形なのかにもよると思います。日本のドレスショップでは、形にかかわらず、メンズスーツのことをすべて『タキシード』と呼んでいることもあるようなので、それに惑わされずスーツの形を見極めましょう」と書いてある。
 「なんでもタキシード」ではダメで、やっぱり見て区別をつけないといけない場面もあるわけだ。

拡大実際の結婚式で新郎が着るタキシードの一例(左)と、オーソドックスな黒タキシード=桂由美ブライダルハウス大阪リーガロイヤルホテル店
 これで新聞紙上の「タキシード姿の新郎」にプロの側から注文がつかないわけがわかった。しかし実際にいま花婿が着るタキシードがどんなものなのか、分からなくては意味がない。実物の写真を撮らせていただいた。
 宮中晩餐会での陛下とカンボジア国王のようなオーソドックスな黒タキシード姿とはかなり違うし、基本形の定義と比べてもかなり変わっている。しかしモーニングとも燕尾服とも違う。コートの裾がモーニングや燕尾服のような後ろ下がりではなく、背広やブレザーコートのようにまっすぐ。そこが見分けるポイントのようだ。

◇モーニングと燕尾服

 「スーツの形を見極め」るために、モーニングと燕尾服についても見てみよう。

拡大大綬章等勲章親授式で、天皇陛下から旭日大綬章を受ける葛西敬之・元JR東海社長=2014年5月、山本和生撮影
 タキシードが夕方以降の準正装なら、正装は燕尾服だ。「男の衣裳箪笥」の中でも「いまどき、燕尾服を見るのは、日本の場合、皇室が賓客を迎えて催す正式の晩餐会などを除いて、オーケストラの指揮者においてのみということになった」。代わってタキシードが優勢になった、というのだが、まさに宮中晩餐会で陛下も国王もタキシード。ゲストが欧州の王族の時はそちらに合わせ燕尾服のケースもなくはないが、もっぱらオーケストラの指揮者と宝塚歌劇だけなのか? そんなこともない。たとえば春の叙勲の親授式。
拡大文化勲章を受章し記念撮影する(左から)本庶佑、中西進、高木聖鶴、安倍晋三首相、岩崎俊一、高倉健の各氏=2013年11月、井手さゆり撮影
白い蝶ネクタイと、後ろの裾が腰のあたりから文字通りツバメの尾羽のように後ろに細く延びて割れているのが特徴。英語のスワローテールドコートの直訳である。親授式は午前中から行われるが、一番格式が高い燕尾服が着用される。
 文化勲章の親授式はモーニング。見ての通り、前ボタンからゆるいカーブを描いて後ろに下がる裾で、縞のズボン。ネクタイはチョウ形のタイではない。二つの勲章の性格の違いがドレスコードに表れているといえるだろう。

拡大航空観閲式に出席する麻生太郎首相(右端)=2008年10月、林敏行撮影
  これ以外に新聞に載るモーニング姿は、組閣の時の赤じゅうたんを敷いた階段での写真が多い。これこそ、夜になってからモーニングか?とも思うが、閣僚名簿発表が夜になるのがいけないのだし……。夜になったからタキシードにするのか、というものでもないだろう。タキシードはやはり遊び着の一種だから。
 もう一つ、閣僚のモーニング姿が新聞に載るのは、自衛隊の観閲式である。結婚式のモーニングでは、帽子まで持つ人は日本ではまずないと思うのだが、観閲式は昼間の屋外の公務としての儀式だから、モーニングコートを着用した上に、帽子も持っている。

 

◇英王室の婚礼では

 もう一つ注意しなければならないのは、日本国外のケース。新聞にはもちろん、外国での婚礼の記事も出る。日本と同じようにはいかないので要注意だ。
 英国紳士の中でもそのトップにあるのは王室の人々であろう。2011年、挙式したウィリアム王子は、父チャールズ皇太子の最初の結婚と同じく軍装だった。チャールズ皇太子の2度目の挙式は「平民婚」といわれたが、このときの紙面を見ると、チャールズ皇太子は濃色のジャケットを着ていて、タイはチョウ形ではない。中に明るい色の襟付きベスト、ズボンは上着と違う材質だ。英国のウィンザー城の近所の公会堂が式場で、挙式後、外に出て手を振っている。このチャールズ皇太子の装いをタキシードと書いていいのかどうかが問題で、結局「タキシード」とはしなかった。はっきりしないものは書けないし、訂正は避けたい。こういうケースもあるので、記者はやはり「スーツの形を見極め」なくてはならない。

(大堀泉)