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ことば談話室

超「電」導のひみつ(下)――理研の威光から生まれた

菅井 保宏

理研彙報拡大理化学研究所彙報第5輯(しゅう)第3号(1926年)の表紙=理研提供、一部に色をつけています
 超電導と超伝導。古い使用例を見ようと複数の関係者に尋ねたところ、一本の講演録が浮かび上がってきました。いただいた回答など7件がいずれも、大正15(1926)年3月に発行された「理化学研究所彙報(いほう)」という研究報告につながっていたのです。

 この中に、前年暮れに理化学研究所で開かれたという原子物理学者・長岡半太郎による「欧米物理学実験室視察談」が掲載されています。「学術講演会筆記」だそうで、ここに「超電導性」が登場します。ただし、「筆記」とあるように、これは長岡半太郎の書いたものではなく、他の人が聞き取ったものでした。

 ◇古いのは超伝導の方

 スーパー・コンダクティビティーの発見は明治44(1911)年で、理研彙報の発行までは時間的な開きがあります。その間に書かれた「超伝導」が、実は存在します。

 東北大学金属材料研究所は、日本の超伝導研究の発祥の地で、もうじき100周年を迎えます。記念誌を編纂(へんさん)している佐々木孝彦教授(低温電子物性学)の調べで、大正4(1915)年の記載例が見つかりました。東洋学芸雑誌という、これは一般向けの科学雑誌だそうです。前年に開かれた東京数学物理学会の特別講演の記録で、講師は同じく長岡半太郎。こちらでは「超伝導状態(Super-conducting state)」と漢字に傍点つき、英語つきで載っています。伝の字を意識してもちいていることが伝わってきます。そこで佐々木さんは、超伝導の方が古いのではないかと推測しています。

 さらに、昭和2(1927)年の日本数学物理学会誌にも、これは筆者が違いますが、「超伝導」が見つかりました。

 理研彙報と同時代の「超伝導」の記載例があるにもかかわらず、理研彙報の「超電導」だけにスポットがあたっていることについて、二つの想像ができます。

 一つは当時の理研の権威が際立っていたこと。大正6(1917)年に発足した理研は、自然科学の一大殿堂として唯一無二の存在でした。

 理研の広報室によれば、総合研究所は理研しかありませんでした。年に1、2回開く学術講演会には全国から大学の先生が来たそうで、聴かないと研究の流れ、一線の研究が分からず、「聴かないと研究者ではない」とまで言われたそうです。

 もう一つは、土星型原子モデルをとなえた長岡半太郎の威光。科学界の重鎮で、理研の方向性をきめるのに大きな腕力を発揮した人です。カミナリおやじとおそれられ、人に対してはもちろん、読んでいる本に向かって「バカ!」と、どなるほどだったとか。別荘を構えた神奈川県横須賀市には愛用の机が残されていますが、「鬼の机」と呼ばれているそうです。コワイ先生で、誰も盾突けなかったのではないかという印象があります。

 長岡先生の、理研での、恒例の講演会。その公式リポートの中に「超電導」がありました。世の先生方は、ほとんどがこれに倣ったのではないでしょうか。

 ◇超電導の正体、見たり

 そんな理研彙報を、改めて念入りに読んでみると、おかしなことに気づきました。校正が十分にされていないようなのです。たとえば、同一ページに「Volt」「ボルト」「ヴオルト」が出てくるのは愛敬としても、「400字位しか」の「し」が抜けたり、「甚だ易くなるのである」の「の」が抜けたりしています。「『誰でも……使えないんだ『と白状した」、この受けの方のカッコは向きが逆です。英語のスペルにも、いくつかあやしいところがありました。

理研彙報の「超電導」拡大「超電導」は理研彙報の222ページに初登場します=理研提供、一部に色をつけています
 さて、「超電導性」が登場するページに目を転じれば、これは間違いではありませんが、「液態ヘリウム」と「液体ヘリウム」が並んでいるのが気になります。

 同じ段落に出てくる「電導性」は、英語ではエレクトリック・コンダクティビティーで、電気の通しやすさのことです。ここが「伝導性」では意味が正しく伝わりません。一方のチョウデンドウセイを漢字にする際、筆記者が基になった英語のことは考えず、以前からあった「電導性」という言葉に、単に「超」を足したという可能性はないでしょうか。超ド級、超モダンなど、この時代は超を冠したことばがはやっていました。

 とりわけ目を引かれたのは「ネオンは非常な底電圧で光を出す性質がある」という記述でした。物理学の講演録で「低電圧」を「底電圧」とするのは、ちょっとゆるい感じがしませんか。

 講演会は次のようなことばで格調高く締めくくられます。

 「外国人が日本は進んだ杯言っても、いい気になって聞いていてはならない。日本は進んでいるだろう、しかし外国はさらに進んでいる。そして追い付けるかどうかはただ諸君の努力いかんによるのである。(終)」

 熱気を帯びた聴衆の割れんばかりの拍手が聞こえてくるようです。ただ、よく分からなかったのが「杯」の1字。日本は進んだハイ? 調べたところ、これは「抔」という字の誤植のようです。抔は「など」と読みます。手元の辞書によるとそれだけに限らないがという気持ちを含めて例示をあらわすことばで、「等」とも書く。「杯」は別字、だそうです。

 この講演録はミスが少なくないようです。ひょっとすると超電導とあるのは誤記であり、これが時代の風を受けて広まってしまったということはないでしょうか。

 理研広報室に聞いてみると、筆記者は誰か分からないそうです。広報室の富田悟さんは、「学術論文ではなく講演録だから、長岡本人もしっかりとは目を通さなかったかもしれない」と指摘します。

 「超電導」は理研彙報の誤植から広まった……。この想像に対して、東北大学の佐々木教授は「おそらくそうだと思います」。これまでにも日本語訳の歴史を調べた人はいたが理研彙報でストップしている例が多く、これに大きく影響されている感がある。また、早くに「超伝導」を載せていた東洋学芸雑誌は一般科学誌で、のちの学者が引用するような学術誌ではなかった。「その結果、専門家に広がらず埋もれてしまい、伝と電の混在を招いたのではないか。現在のような意識的な使い分けは当時はされていなかったと思う」

長岡半太郎拡大        長岡半太郎=理研提供
 超電導の、正体見たり、誤植かな。このトンデモ説を天国の長岡先生が目にされたら、いったい何とおっしゃるでしょう。大声で「バカ!」と一喝されるのがオチでしょうか。

 「こんにちまだ工業的価値を生ぜぬのであるが、いずれこれらが種子となって大発展をなすであろうことはあらかじめ期待せらるるのである」

 表記の問題が生まれたとはいえ、ちょうど100年前に長岡先生が話していた発展の種子は、いま大きく花開こうとしています。

(菅井保宏)