メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

ハットトリック――帽子からウサギ…ぐらいビックリ?

青山 絵美

 サッカーの祭典、ワールドカップ(W杯)ブラジル大会が、ドイツの優勝で幕を閉じました。現地との時差は半日。寝不足のひと月を過ごした方も多いのではないでしょうか。

 サッカーの華は、なんと言ってもゴールです。今大会の総ゴール数は171。1998年大会に並んで過去最多でした。

 ゴールのなかでも目を引く記録は、1試合に1人の選手が3得点以上する「ハットトリック」。これまでのW杯20大会の長い歴史でも、のべ50人の達成しかない、偉大な記録です。

 今大会では、ドイツのミュラー選手が大会5日目に早速達成。強豪ポルトガル相手だったことも話題を呼びました。大会14日目にも、スイスのシャキリ選手が、W杯通算50度目となる節目のハットトリックを決めました。

 ところで、この「ハットトリック」ということば。「帽子」と「手品」が、サッカーにどう関係しているのでしょうか。シルクハットからウサギが飛び出すマジックも、そういえば「ハットトリック」。びっくり具合では同じかもしれませんが、関係は薄そうです。

 では、いったい「帽子」はどこから来たのか? 今回はハットトリックを探ります。

 ◇同じ英国発祥のスポーツが由来

 日本サッカー協会のウェブサイトによると、「ハットトリック」はイギリス発祥のスポーツ「クリケット」に由来しているといわれているそうです。

 クリケット? 聞いたことはあるけど、イメージがわかない……という人も多いかもしれません。

クリケット1タテ拡大投手は助走をつけて勢いよく投球。ボールはワンバウンドし、打者、もしくはその後ろの「ウィケット」に届く。ウィケットが倒れると打者はアウト=いずれも日本クリケット協会提供
 クリケットは、野球に似たスポーツで、11人対11人で競われます。日本ではなじみが薄いかもしれませんが、全世界の競技人口は、サッカーに次ぐ2位。イギリスでは国技とされていますし、インドやオーストラリアなどでも、大人気です。インドで、日本のマンガ「巨人の星」がアニメにされる際、野球をクリケットに置き換えられたことからも、現地での浸透ぶりが分かります。

クリケットイラスト拡大投手の横に、次の打順の打者(ノンストライカー)がいる。打撃をおこなう打者(ストライカー)がボールを打つと、ノンストライカーも一緒に走り、2人の打者がともにクリースを越えると1点。打ったとしても、返球が速く間に合わないと思った場合は、走らなくてもよい
 ポジションに、投手、捕手、野手があったり、投手が投げたボールを打者が打ち返したりするのは野球と同じですが、ルールはいろいろと異なります。

 投手は柱と横木からなる「ウィケット」に向けてボールを投げ、打者はそれを守るためにボールを打ち返します。三振はないため、空振りを何度しても構いませんが、ウィケットが倒されると、打者はアウトになります。

 「塁」はなく、打者は、ボールを打ち返すと、野手から返球されるまでの間に、投手の足元にあるライン(クリース)との間を往復します。行ったりかえったりするたびにそれぞれ1点が入ります。打者はアウトにならない限り、得点が入った後も攻撃を続けます。

 一方、投手は、6球を投げるごとに別の投手にいったん交代。全投手で計120球を投げ終わるか、打者を10人アウトにしたところで攻守交代します。野球と違い、攻守交代は1回だけ。1イニング攻めて1イニング守ると、試合終了です。

 「たった1イニングだけか」と思われるかもしれませんが、1イニングずつの真剣勝負は、通常、3時間にわたっておこなわれます。

 計300球の試合形式だと7時間ほど、投球数制限なしのテストマッチ(最高峰10カ国による国別対抗戦、2イニング制)では、1試合に最長5日間かかります。試合の途中にはランチタイムやティータイムが入るそうです。

 日本クリケット協会の宮地直樹事務局長は「野球よりルールの縛りが少ないため、自由度が高い。分かりやすい大きい当たりなどよりは、試合のシナリオや考え方を監督目線で戦略的にみていくのが面白いスポーツ」と話します。

 ◇「連続3球で3人アウト」に帽子贈呈

 そんなクリケットに、「ハットトリック」があります。

クリケット2拡大アウトにし、喜ぶ投手(右)。打者がウィケットを守れず、横木がとんでいる
 投手が連続3球で3人の打者をアウトにすることです。投手個人の記録なので、たとえば、ある試合の最後で続けて2人アウトにし、別の日の別の試合の最初の投球で1人アウトにした場合もハットトリック。1試合のなかでの得点数の記録であるサッカーと違い、試合をまたいでの達成もありえるそうです。

 野球の打者は、1試合3~4回ほど機会が巡ってきますが、クリケットでは、1回アウトになると、その試合はもう出場できません(テストマッチは2イニングなので2回)。その分、クリケットでは、1人の打者が長く打席に立ちます。

 宮地さんも出場した300球形式の国際試合のスコアを見せてもらうと、打順7番の宮地さんが打席にいた時間は50分。一番長い選手は129分間打撃を続けていました。

 「長く打席に立つほど、目が慣れたりタイミングを取りやすくなったりして得点がどんどんできるようになる。300球形式の場合、いい選手には、1人で40点以上が期待される」と宮地さん。

 確かに、この試合では、宮地さんは40得点、一番多く取った選手は69得点を記録しています。約7時間にわたる試合の最終的なスコアは、227―198でした。

 1人で打席に2時間! 1人で一度に60点! 1球でアウトにされる打者が3人も続いてしまうハットトリックが、いかに重大かがわかります。

 サッカーのハットトリックも、そうお目にかかれるものではありませんが、クリケットのハットトリックは比べものにならないくらいまれなものだそうです。宮地さんは「偶然が必要な面もあり、いいボールが3球続いたからといって達成できるものではないところがむずかしい」と話します。

 19世紀後半からの2千試合以上に及ぶテストマッチの歴史のなかで、ハットトリックを記録した投手は、米スポーツ専門局ESPNによるとのべ41人。国内外のクリケットを17年見てきた宮地さんも、「1度だけ、テレビで見たことがある」だけだとか。

 宮地さんによると、この大変な記録に対して、19世紀後半、帽子が贈られたことから、「ハットトリック」(帽子の技)と言われるようになったそうです。あくまで想像としながら「帽子を観客に回してお金を集め、それとともに贈ったのかも」と宮地さんは話します。現在ではもらえるのは拍手と名誉だけですが、その記録の偉大さは変わりません。

 では、クリケットのめずらしい記録が、なぜ、サッカーの「1試合3得点」を指すようになったのでしょうか。

 宮地さんは、詳しい経緯はわからないとしながらも、同じイギリス発祥のスポーツであることや、クリケットが社会に広く浸透していたことが背景にあるのではとみています。

 「It’s not cricket」。直訳すれば「それはクリケットではない」となりますが、イギリス英語では「フェアでない」という意味で使われます。「クリケットが紳士のスポーツとされることからの表現だと思う」。宮地さんは、そんな表現が生まれるほど、クリケットがイギリスの人々の生活に根付いているのだと話します。

 サッカーにまで広がった「ハットトリック」も、イギリスにおけるクリケットの広がりを示すものなのかもしれません。

 ◇連続・最速の世界一は日本選手

 今回のサッカーW杯では、日本代表は残念ながら1次リーグ敗退に終わりましたが、「ハットトリック」に関しては、日本の選手がある「世界一」を持っていることをご存じでしょうか。

 フランスW杯がおこなわれた1998年、中山雅史選手(当時磐田)が、Jリーグで4試合連続のハットトリックを決めました。これは、主要リーグにおける連続記録として、ギネス世界記録として認められています。また、国際試合で決められた世界最速のハットトリックも、中山選手が2000年のブルネイ戦で記録した「3分15秒」。中山選手は2012年に引退しましたが、今も破られていない偉大な記録の持ち主です。

 W杯でも、日本代表がハットトリック、そして世界一に――。そんな希望をいだきながら、4年後を楽しみに待ちたいと思います。

(青山絵美)