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ことば談話室

DH制――「二刀流」で脚光、奥が深いルール

森本 類

 人と違うことに挑戦し続ける若者がいます。プロ野球で「二刀流」として注目されている日本ハムの大谷翔平選手。プロ2年目の今季、投手としては前半戦終了時点で9勝(1敗)を挙げ、打者としても自身の20歳の誕生日に2本塁打を打つなど、急成長してファンを魅了しています。

大谷拡大今年のオールスター第2戦で先発登板した大谷翔平選手=7月19日、阪神甲子園球場、森井英二郎撮影
 今年のオールスター戦では、2戦目に先発登板し、非公式記録ながらプロ野球最速タイとなる球速162キロをマークしました。

 春のセ・パ交流戦で、日本ハムのファンにはうれしいことがありました。本拠・札幌ドームで打席に立つ投手・大谷が見られたのです。パ・リーグはDH制を採用しており、大谷選手がマウンドに上がるときは打席に立つことがありません。交流戦でも、セ・リーグの本拠では採用していませんでしたがパ・リーグの本拠では採用していたので、やはり同様でした。しかし今年はこれを逆にするシステムが採用されたのです。

 今回は、このDH制がテーマです。どのような経緯で生まれたのか、なぜセとパで採用・不採用が分かれているのか……など、知っているようで知らないあれこれをご紹介します。

 ◇何の略? いつできた?

 「DH」って何の略かご存じでしょうか? 正解は「Designated Hitter」。designateは指名する、任命するといった意味で、つまり「指名された打者」ということになります。

 1973年、大リーグのア・リーグで導入されたのが始まりです。目的は、観客動員を増やすことでした。当時はいわゆる「投高打低」だったため、得点力を上げて観客を楽しませる策としてDH制が考え出されたのです。

 米国にならい、やはり人気低迷にあえいでいた日本のパ・リーグでも、75年にDH制が採用されました。影響は数字に表れ、打率は.247から.254に、投手の完投は197から302にアップ。試合時間も平均で5分の短縮につながりました。

 これに対しセ・リーグは、現在に至るまでDH制を採用していません。その理由は、同リーグのウェブサイトに掲載されています。少し長いですが、引用します。

 1. 1世紀半になろうとする野球の伝統を、あまりにも根本的にくつがえしすぎる。
 2. 投手に代打を出す時期と人選は野球戦術の中心であり、その面白みをなくしてしまう。
 3. 投手も攻撃に参加するという考え方をなくしてしまう。
 4. DH制のルールがややこしくファンに混乱をおこさせる。
 5. ベーブ・ルースやスタン・ミュージアルは投手から野手にかわって成功したのだが、そのような例がなくなる。
 6. 仕返しの恐れがないので、投手が平気でビーンボール※を投げる。
 7. いい投手は完投するので得点力は大して上がらない。
 8. 投手成績、打撃成績の比較が無意味になる。
 9. バントが少なくなり野球の醍醐味(だいごみ)がなくなる。

※投手が故意に打者の頭部をねらって投げる危険な球

 ◇試合の途中でやめられます

 そんなDH制ですが、実は試合の途中でやめたりすることもできるんです。ある日スポーツ面の校閲をしていて、こんなことがありました。

テーブル拡大今年5月5日付朝日新聞スポーツ面に掲載された「テーブル」の一部
 スポーツ面愛読者にはおなじみの、打撃・投手成績が一覧できる表。新聞業界では「テーブル」と読んでいます。校閲記者にとっては、テーブルの点検も大事な仕事の一つ。なんせ一文字一文字が記録ですから、気を抜けません。

 パ・リーグではDH制をとっているので、投手が打席に立つことはないはず。しかしテーブルをよく見ると、打撃成績のところに「投」の文字がありました。

 左の「三」や「右」にかっこがついているのは先発出場、ついていないのは途中出場を表します。「投 高橋」は、「(左) 栗山」に代わって入ったことになります。では左=レフトには誰が入ったのか。下を見ると、代走で出場し指名打者に入った森本に「左」がついています。

 つまり、指名打者の選手は守りにつくことができるのです。しかし同じ守備位置に2人がつくことはできないので、その守備位置にいた選手の打順に投手が入ることで帳尻を合わせます。その後は、DH制を使わず9人の出場で戦うことになります。一度DH制を放棄すると戻すことはできません。

 大谷選手が投手として出場していても、実はDHに代わってのみ打席に立つこともできるのです。

 ◇日本シリーズや球宴で活躍

DH制採用表拡大DH制の採用
 1985年、セ・リーグに所属する選手が初めてDHを名乗りました。日本シリーズでDH制が採用されたのです。

 西武と阪神の対決となったこの年の日本シリーズ。セで初の指名打者は、弘田澄男選手でした。バックスクリーン3連発で有名なバース・掛布・岡田を擁する強力布陣の中で2番をつとめ、三つの犠打を決めるなど渋い活躍で日本一に貢献しました。

 日本シリーズでは、当初は隔年採用とされていたため翌86年は不採用。87年からパの本拠で採用されることになり、現在に至っています。

 同じくセとパが対決するオールスターではどうだったのでしょう。実は日本シリーズより前の83年に、初めて採用されました。しかしDH制を「邪道」としていたセ・リーグは、抗議の意味を込めて全3戦で投手を打席に立たせたのです。

1983年球宴拡大1983年のオールスター戦を報じた7月24日付朝日新聞スポーツ面(東京本社発行)
 結果は皮肉なものとなりました。第1戦ではパの4番DHにすわった南海の門田博光選手が先制とダメ押しの本塁打を放って勝利に貢献し、最優秀選手(MVP)に。パの広岡監督は「DHにはDHの良さがあるんです。攻撃は厚みが増すし、それなりの味が出ますよ」。結局、この年のオールスターはパの3連勝で幕を閉じました。

 オールスターでのDH制はこの後しばらく中断。91年にようやくパの主催試合で、93年からは全試合で採用されるようになりました。

 ◇休養に活用…役割も変化

 現在のところ、DHとしてプロ野球でもっとも活躍したのは、先述の門田さんです。通算の出場試合、安打、本塁打、打点で歴代1位の記録を残しています。また2009年の大リーグ・ワールドシリーズでMVPに輝いた元ヤンキースの松井秀喜さんも、歴史に名を残したDHといえるでしょう。

 その大リーグでは、こうした「専任」としてのDHとはちがう使い方もされるようになりました。いつもはレギュラーで守備につく選手を休ませるため、いわば「半休」の形でDHにするのです。日本より試合数が多く日程が過密な大リーグでは、合理的な考え方なのかもしれません。

 プロ野球はオールスターが終わり、後半戦が始まりました。DH制のある野球とない野球、それぞれの魅力があると個人的には思います。日本シリーズでは、例年通りならパの本拠でDH制が採用されます。それぞれのシステムでどんな戦い方をするのか。この記事がこれからの野球観戦を楽しむ一助となれば幸いです。

(参考:2010年5月「週刊ベースボール」22号)

(森本類)