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ことば談話室

新幹線50歳 支えるドクターイロイロ

平井 一生

 自他ともに認める「テツ」(鉄道オタク)であるため、よく「電車が好きなんですね」と言われる。一般人からいえば、「テツ=電車好き」なのだろう。ここで素直に「はい」と言えれば丸く収まるのだろうが、気動車(ディーゼルカー)を見て育ち、テツとなった筆者は、気動車が衰退する一因ともなった電車は好みの対象外で、「いえ、電車は好きではありません」というと、妙な顔をされることもある。妻からは「もっと大人になれ」と言われるが、この点に関しては「大人になんかなりたくない」と、独りで「尾崎豊」になっている。

 簡単にいえば電気(モーター)を動力源としているのが電車、エンジンならば気動車だ。残念ながら現代は気動車なんて走っている地域が限られている。それで、一般にいわゆる列車、トレインは、「電車」でひとくくりにされてしまう。嘆かわしいことだ。だが、そんな自分が唯一といっていい、好きな「電車」がある。

群集とイエロー拡大多くの見学者に囲まれたドクターイエロー
 「新幹線電気軌道総合試験車」という言葉をご存じだろうか。この正式名称だけでわかったならば、その方は立派なテツだ。一般には「ドクターイエロー」という愛称のほうが認知されている。このコーナーでよく私事を開陳させていただいているが、幼少から、いわゆる花形の車両よりも地味なものが興味の対象であった。それで、ひたすら忍ぶようにして走っている「黄色い電車」はストライクゾーンど真ん中。もっとも近年、この電車は脇役から主役級になった感がある。「見れば幸せになる」という都市伝説も生まれた。

 このたび、JR東海による毎年恒例のイベント「新幹線なるほど発見デー」で、初めて内部を一般公開するということで、久しぶりに「会いに」行った。

 ◇大人気!「新幹線電気軌道総合試験車」

 7月26日、JR東海・浜松工場(静岡県浜松市)。2年前に開設100周年を迎えた由緒ある工場だ。大正元(1912)年に「鉄道院・浜松工場」として開設された。蒸気機関車の修理から始まり、時代の変遷とともに、さまざまな車両の保守を担い、現在では、東海道新幹線で唯一、車両の「全般検査」を行う工場だ。

 新幹線の検査には、2日に1度行われる「仕業検査」、走行距離が3万キロに達した場合、または30日以内に行う「交番検査」などがあり、全般検査は36カ月以内、または走行120万キロ以内で実施する、いわゆるオーバーホールだ。車体や台車、搭載機器などについて徹底した機能の検査と修理が行われる。

 1日に約320本の列車が走り、41万人の乗客が時速270キロで移動、年間では1億4900万人が利用する――。現在の東海道新幹線の現状だ。国民生活や経済活動を支える日本の大動脈といえよう。その維持のため、ドクターイエローは、新幹線の電気設備や軌道設備の状態を測定する機器を載せ、10日に1回のペースで走っている。

内部拡大初めて一般に公開された「ドクターイエロー」内部。4号車の室内。1号車とともに、データを分析する「検測員」が乗る。ドクターの頭脳部分といえようか
 自分が乗っている列車が走っている線路なんぞ意識しないと思うが、近年はコンクリート上に緩衝材を入れたうえでレールを敷く「スラブ軌道」が多く採用されている。保守管理の手間が軽減されるのが特長だ。一方、東海道新幹線は、在来線で多く使われている「バラスト軌道」が採用されている。レールの下に砂利や砕石を敷いたものだ。比較的、騒音や振動が発生しにくいので、住宅密集地を多く走る東海道新幹線には向いているのだが、重い車両が高速で通過するため、砂利が欠けたり崩れたりし、軌道にゆがみが生じるデメリットがある。

 ドクターイエローは走りながらレーザーを架線や線路に当て、摩耗の程度やゆがみなどを測定する。加えて、上下左右の揺れのデータも収集し、乗り心地の向上に効果を発揮している。

 ◇「見れば幸せに」都市伝説に納得

観測ドーム拡大5号車の観測ドーム。ガラス張りで、直接目視で架線やパンタグラフなどの点検ができる
 今回行われた初の車内公開。人気者「ドクターイエロー」の周囲には人だかりができていた。JR東海広報によると、合計400組の募集に4万5千組の応募があったという。倍率は113倍だ。

 内部に入ってみるとさまざまな機器が並んでいる。途中、天井から光が差し込んでいる場所があった。7両編成の5号車。ガラス張りの「観測ドーム」があり、目視によって架線機器などの点検ができるようになっている。検測室になっている4号車はこぢんまりとしたオフィスのようだった。ディスプレーやプリンターがあり、測定されたデータをチェックできる。

イエロー新聞拡大相澤初奈さんが作った「ドクターイエロー新聞」。この世代がこのような形で「新聞」というモノに親しんでくれると、とてもうれしい
 見学中の女の子に感想を聞いた。大阪府豊中市の相澤初奈さん(桜井谷小3年)は「ドクターイエローの中は普通の新幹線と違っていておもしろかったです。夏休みの宿題で新聞を作るのに参考になりました」と話してくれた。夏休みの思い出で何かテーマを決めて新聞の形にするという宿題だそうだ。「できあがったら送ってくださいね」とお願いした。

 先頭車両の前では内部見学に当選した家族連れが記念撮影をしている。

イエロー前記念写真拡大記念撮影をする安池さん家族
 安池友時さん(33)は静岡県藤枝市で単身赴任中。栃木県在住の妻の真理さん(30)、長女の真結子ちゃん(5)、長男の歩嵩くん(2)と一緒に内部見学ができた。撮影している光景を見ていると「ドクターイエローを見ると幸せになる」というのはある意味本当なんだろうな、と思った。

 ◇安全・安心の運行、脇役のおかげ

 さて、ドクターイエローは「新幹線のお医者さん」といわれるが、悪いところを見つけるドクターがいれば、悪いところを直すドクターもいる。

マルタイ拡大この金属の棒のようなツメ(写真右下)で砂利を突き固めていく。時速270キロという高速で運転される列車にとって、安定した軌道の維持は生命線。目立たないが頼りになる「ドクター」だ
 「マルチプルタイタンパー」(略称マルタイ)といっても、この言葉は暗号か呪文にしか聞こえないだろう。保線用の機械だ。かつては人力中心だった保線作業も進化した。「タンピング」(砂利のつき固め)、レベリング(線路の高さの調整)、ライニング(線路の曲がりの修正)を行うことができる。当日はタンピング作業を見ることができた。レールを持ち上げて「タンピングツール」という爪をバラストに突き刺し、枕木の下を固めていく。脇役ながらも花形となっているドクターイエローに比べてきわめて影がうすい存在だ。通常マルタイが作業を行うのは営業運転終了後の夜間であるため、人の目に触れることはない。昼間は保線基地にとまっているのが走行中の新幹線車中からも見えるのだが、意識することもないだろう。

宙に浮く新幹線拡大この日の目玉はドクターイエローだが、もうひとつ名物のイベントがある。「宙に浮く新幹線」。もちろん実際に浮遊するわけではなく、台車と車体を離して点検・修理するという作業の一部を再現したものだ。31トンある車体がつり上げられ、目前に近づいてくる。集まった観客がいっせいに写真を撮りはじめた
 10月1日、東海道新幹線は1964年の開業から50年を迎える。これまでに56億人を運んだ。高い安全性や高頻度の運行数、そして、高い定時運行率。これらを「イロイロなドクター」が陰ながら支えている。「特別な乗り物」からすでに「日常生活の一部」になった感がある新幹線。乗車の際、当たり前となっているかのような安全が、見えない日々の努力によって支えられていることを、少しでも考えてみなければ、と思う。

(平井一生)