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ことば談話室

アウト? セーフ? 野球記事の微妙な判定

 「万歳して盛り上がる西武の応援スタンド」。西武ドームでのプロ野球西武―ロッテ戦を伝える写真の説明文です。スポーツ面の校閲担当としてこう書かれた原稿に遭遇したときに、筆者はひっかかりを感じました。

 自分が強い関心を持つ分野なので目についてしまう微細な「誤り」を許容すべきか、判断を迫られることがあります。「狭義の用法として読むと誤用に見えるが、広義であればOK」、あるいは「文字どおりに読むと誤りだが、慣用表現として成立しているためOK」という原稿を目にすることは日常茶飯事です。

西武スタンド拡大盛り上がる西武ドームの「スタンド」=2013年
 筆者の場合、特に個人的に関心があって微細な「誤り」が目についてしまうのは野球の記事です。冒頭の例でひっかかったのは、「スタンド」でした。

 プロ野球で使われる大規模な野球場は、多くがグラウンドの周囲にかさ高い構造物をつくってその上面に観客席が設けられていますが、西武ドームは地面を掘り下げて底面をグラウンドにして周囲の斜面に観客席が設けられています。「スタンド」という語は、本来、構造物や構造物上に設けられた観客席を指す語です。ただ、転じて広義で「観客席」と同義にも使われています。本来の意味にこだわれば、西武ドームの観客席は、スタンドではありません。が、誤りと言い切ることもできません。表現を変えるべきか、大いに悩まされます。

 このように、実際に遭遇したことのある悩ましい野球原稿の例を、他にもいくつかご紹介します。

 ◇バックスクリーンに映像?

甲子園バックスクリーン拡大甲子園球場の「バックスクリーン」=2014年
 「阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)が1日、誕生から90周年を迎え、阪神―DeNA戦を前に記念の映像がバックスクリーンに映し出された」。これも写真の説明文ですが、写っていたのは電光掲示板でした。「バックスクリーン」は、辞書的には「野球場で、センター後方のスタンド内にある暗緑色の壁。打者に投手の投球を見やすくするために設けてある」というような説明がされる物で、得点やリプレー映像を表示する電光掲示板とは全く別物です。

 同じく甲子園で、ポール際ギリギリに飛び込む本塁打。これを「外野席へ」「外野スタンドへ」などとする例を目にしたこともあります。甲子園の両翼ポール際の低い位置には、有名なアルプススタンドの前列が張り出してきていて、ポール際ギリギリの本塁打は、ほとんどがアルプススタンドに飛び込むことになります。「外野席」とすると不正確になってしまうため、「左翼席」「右翼席」という、若干、幅を持たせた表現にすることがあります。

 ◇「大リーグ=米国」? カナダでも試合

 「主に捕手でプレーした選手では、野村克也、田淵幸一に次ぐ3人目の大台に到達した」。去年4月に巨人の阿部慎之助選手が300本塁打を達成したときの記事です。「主に捕手でプレーした選手」という、一見回りくどい表現に注目してください。じつは、最初に出稿された時点では、単純に「捕手」となっていました。阿部選手といえば、多くの人が捕手としての姿を思い浮かべると思いますが、このような大記録を達成するようなベテランの場合、捕手以外にも就くことが多く、実際に阿部選手が放った本塁打のいくらかは、一塁手や指名打者などで記録したものでした。

 「日米通算で180勝(日本103勝、大リーグ77勝)を達成した」。今年8月に大リーグ・ヤンキースの黒田博樹投手が通算で180勝目を挙げたときの記事です。こちらは、出稿されたときには「大リーグ」の部分が「米国」になっていました。このように、日本のプロ野球を「日本」と表現するときに、それと対比して大リーグを「米国」とするのはどうでしょうか。カナダのトロントにも1球団あるため、大リーグの通算記録の多くは米国だけで誕生するものではありません。日本プロ野球と大リーグの通算成績を「日米通算」とする表現については許容範囲に入ると思いますが、トロントでの勝利がある場合に「米国で○勝」とする表現を許容するのは難しいと思います。

 「先発の◇◇は○回途中×失点で降板」という投手成績に関する表現があります。たとえば、公式記録上「投球回が6回2/3で失点が5」という場合に、実際に5失点したあとで降板したのであれば問題ないのですが、「2失点し、さらに降板時に残した満塁の走者が全員生還」というような場合、「7回途中5失点で降板」とすると、厳密には不正確です。この場合、「7回途中の降板で5失点」とすれば問題は解消するのですが、「7回途中5失点で降板」を、降板後の生還があった場合を含めて「慣用表現としてOK」とする考え方もあり、迷います。

 ◇「二塁踏ませず」 実際は踏んでる?

 素晴らしい投球をした投手の原稿に「二塁を踏ませぬ好投」のような表現がよく使われます。「一塁走者までしか許さない」と同義で使われていますが、「二封された走者」や「2死一塁からの打者アウトの凡打で一塁に残塁になった走者」は、物理的には二塁を踏んでいることが多いので、文字どおりに読んではいけないケースです。

 「外野の芝生に白球が弾むことはなかった」。今年4月、ヤンキースの田中将大投手が、8回をバント安打2本だけの無失点で抑えて勝利を挙げた試合の記事です。大リーグ(MLB)のサイトの動画で確認すると、実際には、二塁ゴロの打球の一つが、深く守っていた二塁手がさばく前に、外野の芝生の上で弾んでいることが確認できました。慣用表現として成立しているとまでは言えない言い回しですが、どうしたものでしょう。出稿したスポーツ部に動画の静止画を示したうえで、「物理的には不正確では」と判断をゆだねましたが、結局、そのまま掲載されました。

 慣用表現は、その分野にあまり精通していない読者の理解を助ける役割を果たすことも大いにあると思いますが、詳しい人たちにとってはひっかかる表現になってしまいます。落としどころを探すのに、日々頭を悩ませています。

(加藤宣夫)