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ことば談話室

古酒――新酒より新しい? 日本酒でも人気じわり

上田 孝嗣

 ロンドンでこの夏あった世界最大級のワイン品評会の日本酒部門で、平田酒造場(岐阜県)の「熟成古酒 飛騨の華 酔翁(すいおう)」が、出品された日本酒725銘柄から最優秀に選ばれました。

 この品評会は、世界中から1万3千銘柄を超えるワインが出品される「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」。2007年に始まった日本酒部門も、国外における日本酒品評会としては最大規模です。純米酒や吟醸酒など七つの部で審査があり、日本酒部門の頂点に選ばれたのが19年ものの熟成古酒でした。

 ウイスキー、ブランデーなどの蒸留酒やワイン、紹興酒などの醸造酒は、10年、20年、それ以上の年月で熟成させることがよく知られています。でも、純米吟醸や大吟醸の新酒以上に評価された日本酒の古酒って、どんなものなのでしょうか。

 ◇長期熟成の清酒、実は古くから

 日本酒は、毎年冬に仕込み、春先にしぼりたての新酒、夏を越すと旨味(うまみ)のある秋上がり、冬には温まる燗酒(かんざけ)と四季ごとに楽しめます。古酒は、新酒に対比する意味では「火入れ後、一定の貯蔵期間(普通、翌秋まで)を経過した清酒。ふるざけ」「貯蔵期間を長くして、芳醇(ほうじゅん)にした酒類」(広辞苑第六版)です。全国の蔵元や販売店などでつくる「長期熟成酒研究会」では、「満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加物を除く清酒」と定義しています。

 今月5日、高円宮家の次女典子さまが千家国麿さんと結婚しました。その3日前に行われた天皇、皇后両陛下に感謝の言葉を伝える「朝見(ちょうけん)の儀」では、「九年酒(くねんしゅ)」で杯を交わしました。

 この九年酒は、皇室関係の婚姻に用いられます。黒豆を酒やみりんで煮た汁を半分ほど煮詰めたものだそうです。長期熟成酒研究会によると「9」という数字は「たくさん」を意味するおめでたい数字。江戸時代、9年間熟成された清酒の上物「九年酒」は、「寿の酒」として清酒の2~3倍の値段で取引されていたそうです。

 鎌倉時代の高僧・日蓮の手紙に「古酒」の記述があるように、長期熟成の清酒は日本でも古くからあったようです。ところが明治初期、国内最大の工業であった酒造業は、日清戦争以降、戦費調達のため税負担が増加。製造時に課税される「造石税」が1896(明治29)年に導入されて蔵元は手元の酒を売って税金分を回収しなければならず、清酒を熟成させる余裕を失いました。

 1944(昭和19)年、市場への出荷時に課税される「蔵出し税」のみになったことで、蔵元での貯蔵も可能になり、戦後の原料米割当制度が解けたころから、徐々に清酒の長期熟成が復活してきました。

 ◇風穴、海底…貯蔵場所さまざま

 蔵元の蔵では、タンクのまま貯蔵しているものあれば、瓶熟成させているものもありますが、中には試験的なものも含めて、さまざまな場所で貯蔵されています。

 長野県大町市では、標高970メートルほどの場所にある「風穴」を利用して貯蔵。夏は10度以下、晩秋から冬季は外気よりも暖かく、零下にならないといいます。

海中熟成拡大瓶にフジツボの跡が残る海中熟成酒(左)と1971年から貯蔵されていた熟成古酒=写真はいずれも東京・五反田のシェリーミュージアム
 また、昨年11月末から半年間、静岡県南伊豆町の沖合、水深15メートルの海底に全国の15蔵元の日本酒約3200本を沈めて海底熟成させる試みが行われました。今年も計画しており、今回は大学との共同研究でワインなどほかの醸造酒との熟成の違いなども調べていくといいます。

 ちなみに泡盛では、沖縄本島中部の金武(きん)町の地下30メートルの鍾乳洞には古酒蔵として1万本以上が貯蔵されています。結婚や子どもの誕生記念などでメッセージとともに5~十数年後にまろやかで繊細な味わいの古酒(クース)となるまで保管されます。宮古島や石垣島でも鍾乳洞で泡盛を長期熟成させています。

 ◇熟成46年、口当たりまろやか

 熟成古酒は、貯蔵の過程で淡黄色から褐色になり、味、香りともに大きく変化します。新酒のフルーティーな香りは減りますが、カラメル、アーモンド、焦げ臭などの奥深く複雑な香りや酸化熟成で口当たりのよさを楽しめるようになります。

熟成古酒拡大1年から20年までの熟成古酒。黄金色から琥珀色に変化している
 熟成古酒に詳しいバー・シェリーミュジアム(東京・五反田)の中瀬航也さん(46)に各種の熟成古酒を見せてもらいました。琥珀(こはく)色から黒と思えるほど濃い46年ものの古酒までどれも美しい色調です。香りは、甘く独特な熟成香があり、口に含んだ時のまろやかさと余韻は新酒の清酒とはまったく別物の味わいです。特に46年ものの熟成古酒は、しょうゆのような香りで口当たりはかろやかですが、海苔(のり)にも含まれるジメチルトリスルフィド(DMTS)の成分のせいか、濃厚な熟成シェリーを飲んだ感じです。

 熟成酒の違いを知る、ということで熟成した古酒とシェリー、紹興酒も飲んでみましたが、ブラインドティステングだと間違えたかもしれないほど、共通する味わいを発見することになりました。

 平田酒造場の酔翁は、琥珀色でやや甘口なのが特徴で、品評会の審査員はそのクオリティーに驚いたそうです。もちろん、受賞後は人気沸騰で、生産量も限られているため、入手は困難です。機会があればぜひ飲んでみたいものです。

(上田孝嗣)