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ことば談話室

トランプのジョーカー~どうして「ババ」と呼ぶように?

藤井 秀樹

 「お父さん、一緒に遊ぼう!」
 休みの日の夕方、妻が夕食の準備などをしている間、暇をもてあました長女(6歳、小1)が時々、ゲームの相手をせがむ。「どうぶつしょうぎ」や「ぐりとぐら」のかるた、トランプ……トランプではちょうど「ババ抜き」を覚えたばかりで、もっぱらそればかりやっている。

拡大伸ばした手の先にあるのは、幸運か、それとも……?

 「いいよ」と相手をするものの、何しろ2人だけでやるババ抜きである。どちらがジョーカーを持っているか、初めから分かってしまっているから面白くもなんともない。それでも長女としては、いかに相手のババを引かないようにするか(もしくは自分のババを相手に引かせるか)というところにスリルを感じるらしく、終わるたびに「もう1回!」と何度も要求する。
 まだゲームには加われず、横で見ているだけの3歳の次女は退屈のあまり「ほかの遊びがしたい~!」と不満を訴えて騒ぎ立てるのを、「あと1回だけで終わりにするから」などと言ってなだめつつ相手をする。
 あるとき、長女がこんなことを聞いてきた。
 「お父さん、何でジョーカーのことを『ババ』って言うの?」
 「うーん……何でだろう?」

◇ジョーカー=お婆さん?

 まず辞書で「ジョーカー」を調べてみた。「トランプで、道化師の絵などが描いてある番外の札。最高の切り札、または手元にない札の代用として使う。ばば」(大辞泉)とある。
 今度は「ババ」を辞書で見てみると、漢字表記は「婆」。しかも、「トランプのばば抜きゲームで、ジョーカーのこと」とした後で「転じて、嫌なものや価値のないもの」(広辞苑)とあり、ジョーカーの項目にあった「最高の切り札、万能札」とは正反対の意味合いになっている。しかし、なぜにジョーカーがお婆さん?

◇ジョーカーのないババ抜き

拡大1886(明治19)年12月23日付大阪朝日新聞「大阪府録事」の中の「告示第百号」。西洋かるた(トランプ)の販売を差し止める内容で、52枚を「一組」としている。ジョーカーが含まれていなかったことがうかがえる
 もともと、ババ抜きはジョーカーを使わないゲームだった。
 トランプがヨーロッパに伝わったのは1300年代後半といわれているが、意外にもジョーカーが加わったのは比較的新しく、19世紀後半になってからだった。「アメリカ大百科事典」によると、米国でトランプにジョーカーが導入されたのは1872年。また、英国では1887年にジョーカーを加えた53枚1セットのトランプが作られ、当時さかんだった海運業と相まって全世界に広まっていった(福岡県大牟田市立三池カルタ記念館監修、宮本貴美子・木村浩司著「カルタ」文渓堂)。従って、それ以前のトランプではジョーカーを使って遊ぶゲームは存在せず、ジョーカーを使うのは新しいゲームといえる。
 ババ抜きの元になったのは「オールドメード(old maid)」というゲームで、ジョーカーを含まない52枚からクイーンを1枚抜き、残りの51枚を使ってババ抜きの要領でプレーをする。最後にはペアになれずにあぶれたクイーンが残り、それを持っていた人が負けとなる。
 old maidの「maid」は、「お手伝いさん」とか「給仕」といった意味ではなく、「未婚女性」。すなわちold maidとは「婚期を逃した未婚の女性」のこと。女性の晩婚化が珍しくなくなった今では死語(というよりセクハラ語)となりつつあるが、かつての日本でなら「オールドミス」や「ハイミス」といったところ。なお、この二つはいずれも和製英語である。
拡大1908(明治41)年1月14日付東京朝日新聞の題字横に掲載された「世界遊戯法大全」の広告。左下のあたりに「トランプ」の文字が見える。東京朝日新聞は、1905(明治38)年から40(昭和15)年8月末まで、第1面が広告面だった
 1907(明治40)年刊行の「世界遊戯法大全」(松浦政泰編、博文館)には、「トラムプ遊び」の項で、トランプについて「現今のものは赤色(ハート、ダイヤ)、黒色(クラブ、スペード)の四種に分れ、各種が十三枚に分れ、都合五十二枚である」としており、ジョーカーについての説明はない。
 「大全」ではオールドメードが「お婆(ばあ)ぬき」という名前で載っており、キングを抜いて遊ぶ「お爺抜き(old bachelor)」も紹介されている。また、ドイツではジャックを抜いた「兵士抜き」で、「『黒いピーター』といひ、負けた者の顔を黒く塗る」のだという。他にも色々なトランプのゲームが紹介されているが、そのどれもがジョーカーを含まない52枚をカード一組としており、ジョーカーについての説明は全く載っていない。

◇混同されていつしか「ババ」に?

 話をオールドメードのルールに戻すと、ゲームを始める前にクイーン(婆)を抜いておくから「ババ抜き」というわけで、ジョーカーはもともと「ババ」ではなかった。日本式のババ抜きでは、最後にジョーカーが残った者が負けとなるが、英語史研究家の佐久間治さんは「英語の語源のはなし」(研究社出版)でこの点を鋭く突いていた。“ジョーカーを加えて遊ぶのに、ババ「抜き」では理屈に合わない。他のプレーヤーの持ち札からババを「抜く」から「ババ抜き」でいい、という考えもあるが、初めからババがあって、最後まで持ち続けて負けることもあるわけだから、ジョーカーはそもそも「婆(ババ)」ではない、という前提で考えるしかない”と。
 また、トランプの遊び方を解説した「トランプゲーム」(小林美登利著、集文館)では、ジョーカーを使った通常のババ抜きを「鬼抜き」という名前で紹介。ババ抜き、ジジ抜き、ジャック抜きは「大全」と同様の説明だった。トランプゲーム研究家の松田道弘さんは「トランプものがたり」(岩波新書)の中で「ババ抜きにジョーカーを使うように工夫したのは、どうも日本人の発明ではないか」と述べている。
 推測になるが、もともとジョーカーを使ったババ抜きは、昔は「鬼抜き」と呼んでいたのが、いつしかオールドメードの「ババ抜き」と混同され、ジョーカーを抜いた(最後まで持っていた)者が負けるというルールから、「ジョーカー=ババ」へと変質していったのであろうか。
 欧米のトランプゲームでは、ジョーカーは万能の切り札「ワイルドカード」として使われることが多いが、日本ではババ抜きでの扱いから「ババを引く」「ババをつかまされる」といった表現のように、貧乏クジのようなありがたくないイメージが強い。

◇「ジジ抜き」で遊んでみた

 現在のトランプゲームの解説本では、ジジ抜きは「大全」とは違ったルールでの遊び方で紹介されている。
 「遊びの大事典」(日本レクリエーション協会監修、東京書籍)によると、現在のジジ抜きはジョーカーを使わず、あらかじめカードを1枚、裏返しのままメンバーに分からないように抜き取り、残った51枚のカードでババ抜きをする。オールドメードのクイーンのように特定のカードを抜くわけではないから、これだとどのカードが余るのか最後まで分からない。

拡大1936(昭和11)年10月1日付東京朝日新聞夕刊に掲載された挿絵入りの記事
 もうひとつは「変形ジジ抜き」というもので、これはジョーカーを使うが、このジョーカーは自分の持っているどのカードともペアにすることができるため、最初にジョーカーを持っていた人だけが、最後に余るカードを知っている、というもの。もちろんペアのカードを捨てるときは、カードを裏返しにしたまま捨てる。通常のババ抜きでは「鼻つまみ者」扱いのジョーカーだが、ここでは「万能の切り札」として、本来の面目躍如といったところである。
 さっそく長女と2人で「ジジ抜き」をやってみた。実際にはジョーカーが普通のカードに置き換わっただけなので、相手の札を引いたときに自分の持ち札とペアになるものがないと分かった時点でその札が「ジジ」だとバレてしまい、「どのカードが余るのか最後まで分からない」というわけにはいかないが、それでもジョーカーという目立つ札がないぶん、「2人だけでやるババ抜きのつまらなさ」は、多少は軽減されたように感じられた。長女も「ババ抜きより、こっちの方が面白い!」と大盛り上がり。ただ、盛り上がりすぎて次女のご機嫌も損ねないようにしなければ……。

(藤井秀樹)