メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

グランドスタッフ(上)-空港の「非日常感」を支えて

平井 一生

◇航空会社の「顔」に迫る

 「新聞社で編集作業に携わる我々は、言葉を紡ぎ、言葉の力で表現し、情報やメッセージを伝えるのが仕事である」と、数回このコーナーで述べた。そして昨年は、「身体を使った表現活動」であるダンスについて記事をお読みいただいた。

 今回は、言葉と身体の両方を使って表現を行う、正確には、両方を使えなければならない職業をお伝えしたい。

拡大搭乗ゲートでの船津英里子さん。様々な質問に答えながら案内をしていた=いずれも東京・羽田空港、平井一生撮影
 「グランドスタッフ」という言葉でどんなものをイメージするだろう。「空港のカウンターでほほえんでいる女性」というのが一般的だろうか。基本的には利用者が最初に相対する航空会社の「顔」といえよう。


◇綿密に打ち合わせ

 「現在、千歳はクローズの報告は入っていません」。朝8時の羽田空港、ANAのグランドスタッフの「始業ブリーフィング」。船津英里子さん(28)の一日が始まった。冬場は強風や雪のため一時閉鎖されることが多い新千歳空港もこの時点では通常運航のようだ。このブリーフィングでは当日の業務に必要な連絡事項が伝達される。


 当たり前のことだが、盆も正月も飛行機は飛ぶ。したがって運航の第一線の勤務はシフト制だ。朝5時に出勤する日もあるという。様々な勤務時間に対応できるよう、体調を整えるのも仕事の一部だ。

 しかし、この仕事のコア部分といえば、やはり「言葉」だろう。カウンターでの言葉のやりとりで我々利用客は航空会社にさまざまな印象を持つ。利用目的にもよるが、仕事で利用する際は、やや急いでいることが多い。限られた時間のなかで、客の質問には的確に答えることが求められる。悪天候時などのイレギュラーの際には、航空会社側の代表として、多くの利用客に対応することになる。

拡大ブリーフィング中の船津さん(右)。専門用語が飛び交っていた
 札幌行き59便の搭乗ゲートに向かった船津さんは、ここでも他の担当者と細かいブリーフィングを始めた。

 「インファントとプレグナントがいらっしゃいます」。搭乗客に幼児と妊婦がいることがわかった。緊急事態等には一般客とは対応が異なるので、大事な情報だ。


 「B7」、「CTS」、「アベイラビリティ」……専門用語が飛び交う運航の第一線。運賃規則を理解しておくのはむろん、業務上使用する「言葉」、旅客機の機種と座席数やその配置、空港名を示す3文字のコードを覚えていなければ仕事にならない。

 この日の札幌行き59便に使用する機材はトリプルセブンといわれるB777。これが「B7」。「CTS」は新千歳を示す空港コード、「アベイラビリティ」は空席状況だ。

 この便は5分遅れの出発予定となった。搭乗客を機内へ案内する準備を始めた船津さんらに、「5分程度の遅れでよかったですね」と声をかけると、「5分でもよくないのです」という返事が返ってきた。考えてみると札幌が最終目的地、という搭乗客ばかりではなかった。さらに乗り継ぐ客やJR等で道内各地へ向かう人もいるだろう。船津さんらグランドスタッフはそこまで考えて仕事をしている。

◇身ぶり手ぶりに一工夫

拡大両手の人さし指で、小学生に改札機の2次元バーコードタッチ部分を示す船津さん
 搭乗開始。船津さんは様々な質問に対し、短時間に的確に答えながら見送っている。列はスムーズに流れていく。最近の搭乗ゲートはチケットを挿入するものではなく、2次元バーコードを改札機にタッチする方法が一般的だ。小学生くらいの男の子が一人でやって来た。船津さんは、「いってらっしゃい」とにっこり笑い、かざす位置を示した。大人の搭乗客が相手なら手のひらを上に向け、「こちらでございます」が普通だ。しかし、子どもなら明確に示したほうがいいだろう。船津さんは人さし指で示した。ただし、両手で。

 接客業に限らず、人さし指で示すことは無礼だ。写真を見ていただきたいが、なるほど、こんなやり方があったか。自分は思わず「ほお~」と言っていた。あまりに感動したので、シャッターを押すタイミングを逃してしまった。改めて、表現とは言葉と身体のコラボレーションだと思った。


拡大ドアクローズの瞬間。船津さんたちは深々とお辞儀をした
 「ドアクローズ」。船津さんらはドアが閉まる瞬間、深々とお辞儀をした。当然、機内からは見えない。そして係員が作業を終えると、姿勢を戻した。無事、札幌行き59便は出発準備を終えた。船津さんは、ホッとしたように笑った。


拡大無事に出発準備が完了した。振り向いた船津さんはホッとした笑顔を見せた
 休憩時に、どうしてグランドスタッフになったのか尋ねてみた。船津さんは普段、仕事上の様々なことを記入しているノートを見せてくれ、こんな答えが返ってきた。


拡大船津さんの思いを記入したノート。ヤボな写真説明は不要かと
 「空港は非日常の空間だと思います。そんなすてきな場所でチームを組んで仕事がしたいと思い、この職業を目指しました」


(<下>は2月12日に掲載する予定です)

(平井一生)