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人権・校閲

こちら人権情報局

情報の差をなくしたい

細川 なるみ

拡大記者会見で、時折笑顔を見せながら手話で応じる都丸貴之さん=前橋市大手町1丁目
聴覚障害者が裁判員に

●「全国初」への注目
 1月30日~2月3日に前橋地裁であった強盗致傷事件の裁判員裁判。2009年に裁判員制度が始まって以来、初めて聴覚障害者が裁判員に選ばれたことで注目されました。朝日新聞では社会面や群馬県版で、法廷での様子や関係者の声などを連日報じました(3日朝刊社会面4日群馬版2日群馬版など)

 今回裁判員をつとめたのは、群馬県内に住む都丸貴之さん(40)。3歳のころに病気で聴覚を失い、以来耳が全く聞こえず、ろう学校に通っていたそうです。

 手話を使う都丸さんのため、地裁が手配した手話通訳者4人が、15分交代で審理・評議をサポート。検察側や弁護側も、手話通訳の速度に合わせて書面の読み上げや証人への質問をゆっくり行ったほか、手話に訳しやすいように法律用語を簡単な言葉に言いかえる場面もありました。

 判決後の記者会見で、都丸さんは「私も最後までやり通せた。心配せず、どんどん参加して欲しい」。一緒に参加した裁判員も「評議に違和感はなかった」と話しています。

 

 ただ、いくつか問題点も浮き彫りになりました。

 ひとつは、「手話通訳から目が離せない」という点。メモを取るために手話通訳から目を離した間に、話が先に進んでしまうことがあったそうです。「メモや要約筆記をしてくれる介助者がいればよかった」と都丸さん。また、複数の人が次々に話すと、いま通訳されているのが誰の発言なのか分からなくなる場面も。モニターや配布資料、被告の表情など、同時にいろいろ見て判断しなければならない裁判員にとって、通訳者だけを見続けるというのは、ほかの大事な情報を見逃すことになりかねません。

 「発言のタイミングが難しい」という問題もありました。手話通訳を介すると周りからワンテンポ遅れるため、都丸さんは「健常者がスムーズにコミュニケーションを取っている中、割って入るのはちゅうちょした」と振り返っています。ほかの裁判員も、評議をする長方形の机について「皆の顔が見える円卓がよかった」と指摘。自分の席からは都丸さんや手話通訳の席が死角になっており、通訳のペースを意識して話せなかったそうです。

 

 通訳する側からも、負担の重さを指摘する声が上がりました。

 「会話が速い、専門用語が難しい」という法廷ならではの苦労に、今回参加した通訳者たちは「緊張度の高い法廷での1日通しの通訳は大変疲れた」「10分でもかなりの負担だった」。

 「短期間で」「見て聞いて分かる」ことをめざす裁判員裁判では、裁判員の選任後すぐに審理が始まるため、通訳者が準備に取れる時間はほんのわずか。ほかの仕事も持っている通訳者も多く、地方によっては十分な人数を確保できないおそれもあります。

 

 前橋地裁の裁判では、聴覚障害者が裁判員をつとめることを報道で知り、傍聴に訪れた聴覚障害者の姿もありました。しかし、「内容をほとんど理解できなかった」と話す人も。手話は正面からでないと分かりづらいため、通訳者が裁判員の方を向いていると、傍聴席からは見えないのです。

 

●過去の例から
 聴覚障害者が裁判員をつとめるのは今回が初めてですが、2010年5月には奈良地裁で、聴覚に障害のある女性が強姦(ごうかん)致傷事件の補充裁判員に選ばれています。この時は手話通訳でなく、要約筆記者3人が審理の内容をまとめ、パソコン画面に文字で映し出されました。裁判員裁判で要約筆記者が配置された初めての例で、女性は「配慮してもらい、困ったことはなかった」との感想を残しています。

 

 一方、その少し前の同年1月には高知地裁でトラブルも。裁判員候補になった聴覚障害者の女性が、選任手続きにあたって手話通訳を求めていたにもかかわらず、地裁は通訳を準備せず、筆談で対応しました。事前の質問票に書かれた要望を地裁側が見落としたとのこと。結局女性は裁判員に選ばれませんでしたが、地裁はその後女性に陳謝しました。

 

 全国の地裁では、裁判員制度の開始前から模擬裁判などを行い、聴覚に障害があっても裁判に参加できるよう、さまざまな支援を模索してきました。

 前橋地裁で手話通訳をつとめた女性は、「このことがニュースにならない社会になってほしい」と話していますが、実際の裁判や一連の報道を通して、司法関係者も市民も初めて気づかされた点は多いはず。いまはどんどん積極的に取り上げて、裁判に限らず、聴覚障害者が日常のどんな場面で困っているのかを考えるきっかけにしてほしいと思います。

 

●それぞれに合ったサポートを
 聴覚障害者であっても、すべての人が手話を使えるわけではありません。厚生労働省が06年に行った調査によると、聴覚障害者のコミュニケーション手段は、「補聴器や人工内耳等の補聴機器」69%、「筆談・要約筆記」30%、「手話・手話通訳」19%、など。病気や事故、加齢などで大人になってから聞こえなくなった人は、手話を使えないことが多いのです。

 耳の聞こえ方や、必要な対応は人それぞれ。裁判への参加にあたっては、事前の打ち合わせを重ね、その人に合ったサポートを用意する必要があるでしょう。

拡大裁判員制度の導入に備え、法律用語の手話も考案された=2009年3月2日東京本社版夕刊14面
 手話を使う人であっても、それだけですべての情報を伝えることには限界があります。間を置いて話す、スピードを落とす、文字情報で補うなど、情報の差をなくす工夫がさらにほしいところです。

 

●法律用語の手話が足りない!
 全国手話研修センターの日本手話研究所(京都市)は、裁判員制度の導入に合わせて法律用語の手話50語を新たにつくり、09年から「新しい手話の動画サイト」で公開しています(http://www.newsigns.jp/featured001)。語数はその後少しずつ追加され、「未遂」「正当防衛」「求刑」などの手話を動画で見ることができます。

 日常では使われない語が多く、通訳者と聴覚障害者の双方が理解していないと意味がないので、各地の聴覚障害者協会などは国による研修会の開催を要望しているそうです。

(細川なるみ)