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人権・校閲

こちら人権情報局

母語の使用の制限

山村 隆雄

拡大米大統領選に向けた共和党の指名候補を争ったサントラム元上院議員(中央)。プエルトリコの州昇格には「英語を島の公用語にすることが条件」と言及したという。10日に指名獲得争いからの撤退を表明した
■日本語を母語とする人 ≠ 日本で生活する人

 カリブ海の島・米自治領プエルトリコで3月18日、11月の米大統領選をめぐるの共和党の予備選に行われ、ロムニー前マサチューセッツ州知事が圧勝しました(「自治領プエルトリコはロムニー氏勝利 米共和党予備選」〈3/19朝日新聞〉)。この記事にはこんなことが書かれていました。

 「プエルトリコでは11月、州昇格の是非を問う住民投票が行われる予定で、予備選の最大の焦点となった。州昇格の後押しを約束したロムニー氏に対し、サントラム元上院議員は英語を島の公用語にすることが条件と言及。スペイン語を母語とする多数派の中南米系住民が反発した」。サントラム氏が言及した、母語の使用の制限につながる政策に、住民の強い反発があったことが分かります。

 

 私は日本語を母語として日本で生活しています。日本で、日本語以外の言語が公用語になった場合の生きにくさを想像するだけで、事の重大さに思い至ります。そこで、「母語」というキーワードをたよりに、記事を探してみました。

 

 日常生活で「言葉の壁」に直面する外国人を支援するNPO法人を紹介する「地球村に架ける橋:NPO多言語センターFACIL=高賛侑 /大阪」(3/3毎日新聞)では、同NPO理事長の吉富志津代さんは「外国人にとって、日本語を勉強する機会を整備するとともに、母語で意志を表現できる権利も大切」と強調しています。また、阪神大震災で被災した外国人を支援したさいに、震災関連情報を得られず不安な思いをした外国人がいたことがNPO設立につながったとも伝えています。

 

 災害時の母語での情報の必要性については、「『被災外国人も日本人と同じ』 豪出身教授、仙台で報告」(2/21朝日新聞宮城版)で、「仙台国際交流協会は、外国人被災者アンケートの結果を報告した。282人からの回答のうち『震災後に必要な情報を得られなかった』と答えたのは154人、その理由として母語での情報不足を挙げたのは55人だった」と報じられています。

 

 言語と文化の多様性とそれぞれの母語の尊重を目的に1999年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)により制定された「国際母語デー」(毎年2月21日)に関連するイベントも行われています。「電気通信大:国際母語デー・フェス 多様な言語・文化尊重へ/東京」(3/6毎日新聞)では、3月4日に電気通信大(東京都調布市)で開催された「国際母語デー・フェスティバル」の様子が紹介されています。国際母語デー当日の2月21日には、東京外国語大学で「記念式典」が行われました(「『国際母語デー記念式典』を開催」2/23東京外国語大HP・トピックス)。

 

 2012年の国際母語デーのテーマの一つは、「母語で教育を受ける権利」です (ユネスコInternational Mother Language Day,2/21)。

 

 「山梨の中の世界 外国人の子ども 教育の現状変えよう」(2011/10/15朝日新聞山梨版)で、山梨外国人人権ネットワーク・オアシス事務局長の山崎俊二さんは、国内の外国人の子どもの教育の現状について次のように指摘しています。「第1言語(母語)を教育の中に取り込もうという試みもなされていません。他国に移り住んだ外国人にとって、第1言語で教育が受けられる学校の存在は大きな心のよりどころです。しかし、そのような学校はほとんどありません。学校教育法1条に定められたいわゆる『1条校』で第1言語で教育が受けられるのは、私の知りうる限り、大阪の建国学校と金剛学園の『韓国学園』2校だけです」

 

 「日本語苦手な子 笑顔にしたい」(3/2朝日新聞滋賀版)、「外国人の子 進路広げたい 日本語教育 手つなぐ」(4/2朝日新聞山梨版)では、日本語を母語としない子どもへの教育支援の取り組みが紹介されています。

 

 「シマクトゥバで沖縄学ぶ 研究実践グループがスクール設立へ」(1/29琉球新報)は、沖縄県内の研究・実践グループが、子どもたちにシマクトゥバを通して沖縄の文化や歴史を学ぶ場をつくるため、4月の開校を目指してシマクトゥバのイマージョンスクールの設立準備を進めていることを報じています。

 

 「日本語を母語とする人」と「日本人」と「日本で生活する人」。それぞれ違う人々を指すのは当然のことですが、つい混同しがちです。「母語」をキーワードとして集めた記事は、うっかり同一視してしまわないための、いい教材になりそうです。

(加藤宣夫)

拡大2009年11月26日付名古屋本社版朝刊1面
■「母語は手話」と考える人たち

 「手話」は今では街中やドラマ、政見放送などでもよく目にするようなりました。聴覚障害者の中には「手話が母語(第一言語)」と考える人もいます。しかし、日本で法的に「手話は言語である」ことが認められたのは、つい昨年のことです。

 1880年、イタリアで開かれたろう教育の国際会議で「口話法が手話より優れている」と決議されました。その影響もあり、日本のろう学校では長らく手話を認めず、「口話法」が主流でした。口の動きから言葉を読み取り、聞こえる人と同様に発声できるようになるための訓練をしました。聞こえる人と同様に話せるようになることが優先されたのです。しかし、口話法の習得は難しく、「言語能力が身につきにくい」と指摘されていました。

 1990年代に文部省(当時)がろう学校でも手話をコミュニケーション手段として取りあげるよう提起しました。それ以後、手話を導入するろう学校が増えています。世界的にも2006年、国連障害者権利条約が「手話は言語」と明記。世界ろう教育国際会議も10年に、手話を教育現場に入れるよう推奨しました。

 09年11月、名古屋地裁で「手話は言語」と認める画期的な判決が出ました。手話を意思疎通手段とする女性が、交通事故の影響で左手と右肩が動かしづらくなったことを「言語障害」と認めたのです。

 その後、11年に成立した改正障害者基本法には手話が言語であることが書き込まれました。

改正障害者基本法 3条(地域社会における共生等)3項

全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。

 

 

 手話を「言語」と認めたことで、聴覚障害者が暮らしやすい社会に変わっていくことが期待されます。たとえばろう学校で手話を科目として教えられれば、聴覚障害者の間でも手話で意思疎通がしやすくなるでしょう。一般の大学などで「第2外国語」のように手話を勉強できるようになれば手話を使える人が増えるかもしれません。使える人が増えれば、病院や役所に行く際に聴覚障害者が手話通訳を頼みやすくなりそうです。さらに、手話を使う医師が増えれば、「医師は筆談に応じてくれるだろうか」「手話通訳はどうしよう」などと考えずに病院に行ける日が来る……かも知れません。

(山村隆雄)