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人権・校閲

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「遺骨を返して」アイヌ民族が提訴

石橋 昌也

■「研究目的」墓地から掘り起こす

 朝日新聞は9月12日夕刊(東京本社版)で「アイヌ民族子孫、遺骨返還求め北大を提訴へ」と大きく報じました。そして14日、札幌市と北海道浦河町に住む子孫3人が北海道大学を提訴しました。

記者会見する原告拡大記者会見をする原告ら=札幌市中央区
 訴状などによると、北大が研究目的として、1931~55年ごろに浦河町にあるアイヌ民族の墓地から遺骨を掘り起こし収集。遺骨を掘り起こし収集したのは信教の自由の侵害などにあたるとして、北大に対して遺骨の返還と慰謝料各300万円の支払いを求めています。北大の開示資料によると、約10体を掘り起こしたとされますが、実際には先祖78人の遺骨が持ち出された可能性があるとしています。

 

 原告らは、先祖を埋葬し、供養する宗教上の行為が妨げられているのは、憲法が保障する信教の自由を侵害しているなどと訴えました。これに対し、北大側は「訴状を見ていないのでコメントできない」としました。

 

 遺骨の収集にはいったいどういう目的があったのでしょうか。記事によると、「北大では医学や人類学の研究を目的」とし、そのために、北海道や樺太(現サハリン)、千島列島のアイヌ民族墓地から計1004体の遺骨を収集したとされます。1982年に北海道ウタリ協会(現北海道アイヌ協会)が供養と返還への対応を要請したところ、北大は84年に医学部駐車場の一角に納骨堂を建てて遺骨を安置しましたが、返還は35体にとどまっているそうです。

■見せ物にされた「ヴィーナス」

 今回の提訴の記事を読み、今年、翻訳・出版された本を思い起こしました。『ホッテントット・ヴィーナス ある物語』(バーバラ・チェイス・リボウ著/井野瀬久美恵監訳/安保永子・余田愛子訳/法政大学出版局、原著”Hottentot Venus:A Novel”,2003)という小説です。サラ・バールトマンという実在した女性とその遍歴を描いた小説です。

 

 本の帯に書かれている惹句(じゃっく)では、「その名はサラ・バールトマン 19世紀初頭、南アフリカからロンドン、パリに連れてこられ、『ホッテントット・ヴィーナス』の名で見世物となった彼女。死後、解剖されたその身体模型は、パリの人類博物館に展示され、一般公開されつづけた。21世紀に向かう南アフリカで、突如巻き起こった身体返還運動。サラの悲痛な<声>が蘇(よみがえ)る」と紹介しています。

 

 「ホッテントット・ヴィーナス」とは何者でしょうか? 「ホッテントット」とはオランダ語で「どもる人」を意味する蔑称で、当時オランダの植民地だった南アフリカに住んでいたコイ族のことを指します。主人公であるサラ・バールトマンは、1810年、大金を得られるとそそのかされてイギリスに渡り、その身体的特徴から「見せ物」として扱われました。サラは「ホッテントット・ヴィーナス」と名付けられ、当時のロンドンでは大きな反響を呼び起こしました。その後、パリでも見せ物にされ、その地で1815年に若くして没しました。20代後半であったといいます。

 

 しかしサラは死によって解放されません。彼女の遺体は解剖され、身体の一部はホルマリン漬けにされて博物館に展示。なんと1970年代半ばまでパリの博物館で一般に公開され、抗議を受けてようやく人目に触れない場所に移されました。

 

 その後、惹句にあるように、1990年代半ばに南アフリカの団体が、倉庫に放置されていたサラの身体の返還運動を始め、南アの当時のネルソン・マンデラ大統領の協力も得て、フランスに正式に返還を求めました。南アでは返還運動は大きな盛り上がりを見せたといいます。その結果、2002年にフランス議会が返還に合意し、サラは192年ぶりに故郷にかえることができました。(※同書の井野瀬久美恵氏による解題を主に参考にしました)

 

 サラが見せ物として、そして死後、「標本」として人目にさらされ、展示されたのは、物珍しさから当時の人びとの好奇心を催したのも確かですが、科学者たちの「科学の探究」のためでした。

■「同じ人間」、痛みへの想像力を

 西洋列強が植民地を拡大していった時代は、西洋の人たちにとって、未知のものとの遭遇の時代で、自然、文物、文化、そして西洋人以外の「人間」が、未知のものとして映りました。そして「研究」の対象となりました。生きているサラを検分し、死んだサラを解剖したのは当時の一流の科学者たちで、その過程においてサラにはひとかけらの人権も尊厳もありませんでした。

 

 一概に比較はできませんが、明治維新後に西欧近代化の道をひた走った当時の日本の研究者たちにとって、アイヌ民族や琉球人、台湾の先住民は自分たちと違う人種として、「研究」の対象でした。今回、提訴の対象となったアイヌ民族の遺骨収集も、民族としての権利や尊厳をないがしろにしたものではなかったのでしょうか。科学という仮面の下には、人種間の優劣を伴った視線が存在したのではないでしょうか。

 

 原告らは、14日の提訴後、記者会見を開きました。「(遺骨への思いは)和人と同じ。人間だもの」。原告の一人の言葉です。「同じ」であるということに思いが至るかどうか。今回に限った話ではありませんが、想像力が大事なのではないでしょうか。

 

 サラ・バールトマンのように、収集された遺骨が故郷の地に戻ることができるのか、裁判の行方を注視していきたいと思います。

(石橋昌也)

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