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人権・校閲

こちら人権情報局

ぜったいボクはやってない

石橋 昌也

■マイナリさんの失われた年月

マイナリさん笑顔拡大ネパール・カトマンズで7日、判決後の会見で報道陣の質問に笑顔で答えるマイナリさん。右は母チャンドラカラさん=長島一浩撮影
 11月7日、東京電力女性社員殺害事件で無期懲役が確定していた元被告のゴビンダ・プラサド・マイナリさんに対し、東京高裁は無罪を言い渡しました。先立つ再審第1回公判では、検察側が「被告は無罪」と意見を述べる異例の光景が見られました。マイナリさんは、逮捕されてから15年余、身体を拘束されていました。ようやく無罪を勝ち取ったのですが、失われた年月はかえってきません。「どうして私が15年かんもくるしまなければならなかったのか日本のけいさつけんさつさいばんしょはよくかんがえてわるいところをなおして下さい。無実のものがけいむしょにいれられるのは私でさいごにして下さい」。これは、判決後、マイナリさんが日本語で寄せたコメントです。

 

 「冤罪(えんざい)」というと、遠い世界の出来事のように思いがちですが、最近では、遠隔操作されたパソコンからの犯罪予告事件で、無実の男子大学生が「罪を認めた」ため、静岡家裁から保護観察処分を受けました。この一連の事件では、逮捕された時に否認した4人のうち2人が、後に罪を認めています。虚偽の「自白」をしたのです。

 

マイナリさんコメント拡大再審無罪となったことを受けて、マイナリさんが支援者を通じて公表した自筆のコメント
 厚生労働省の村木厚子さんが巻き込まれた郵便不正事件、柳原浩さんが2年余り服役した富山県で起きた強姦(ごうかん)事件「氷見事件」、鹿児島県での公職選挙法違反で12人が拘束された志布志事件、菅家利和さんが17年半拘束され再審で無罪が確定した足利事件、逮捕から44年後の再審で無罪が確定した布川事件。思いつくまま挙げた最近の冤罪事件です。他にも冤罪がささやかれている事件がいくつもあります。

 

 先述のPC遠隔操作事件では、無関係の人が罪をかぶってしまう可能性があることに慄然(りつぜん)としました。警察などによる逮捕は、個人の身体の自由を拘束することを意味します。突然、身に覚えのない事で身体の自由を奪われることは、基本的人権の侵害に他なりません。警察当局には、今回の失敗を十分に検証し、今後の捜査に生かしてほしいものです。

 

■発表に依拠、報道側にも課題

 こうした冤罪や誤認逮捕については、報道側にも課題があります。事件報道では、第一に当局側の発表によらざるを得ません。当局の発表をうのみにとまでは言いませんが、どうしても依拠してしまいます。報道側に求められるのは、逮捕発表をもってよしとせず、起訴、公判まできっちりとフォローし、無罪であれば逮捕された人の名誉回復に努めることです。最近では裁判員裁判が導入され、「推定無罪の原則」に基づいて以前にも増して「容疑者=犯人」という見方を排した客観報道に徹しています。

 

 2007年公開の映画「それでもボクはやってない」は、加瀬亮さん演じる男性が満員電車内で痴漢と間違えられ、法廷闘争を繰り広げる物語です。この話にはもととなった事件があります。西武新宿線で痴漢を疑われ強制わいせつ罪で一審で有罪となった男性は、無罪確定を勝ち取るまで2年半、勾留日数は百数日に及びました。起訴後有罪率が9割を越す日本では、無罪を得るまでに多大な労力が必要とされます。その間、仕事は、家庭は、どうなったでしょうか。自由を取り戻しても、失ったものはそう簡単には回復できません。

 

 事件担当の記者だった時、痴漢事件で容疑者が否認している場合、記事化には非常に慎重な姿勢で臨みました。逮捕されたという事実は消せませんが、冤罪の可能性も視野に入れ、報道による二次被害は避けようとの考えからです。また、交通事故などでも、第1当事者(加害側)が道路交通法違反や自動車運転過失致死傷容疑で逮捕されることがありますが、この場合も記事化には細心の注意を払いました。当局側の説明では、容疑者の逃亡の恐れがあるとか事故の重大性から逮捕したとしますが、身体を拘束するほどのものだろうか、と疑問に思うこともよくありました。そのまま容疑者逮捕を実名で記事にしても、新聞が届く翌朝にはすでに釈放されていることがよくあります。すぐ釈放されたにもかかわらず、容疑者として実名が新聞紙面に載ったために、その後の生活に支障が出てしまうこともあります。

 

 大きな事件が起きた場合、どうしても取材や執筆は勢いで進んでしまいます。そんな中でも、そんな中だからこそ、すこし立ち止まって、推定無罪の原則から容疑者の人権は守られているか、冤罪の可能性はないかなど、目配りしていくのも報道の大事な仕事だと思います。

(石橋昌也)

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