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人権・校閲

こちら人権情報局

ヨイトマケ「放送禁止」はナンセンス

門田 耕作

■紅白歌合戦の衝撃

美輪さん紅白拡大NHK紅白歌合戦に全身黒の衣装で登場し、「ヨイトマケの唄」を熱唱する美輪さん=2012年12月31日、東京・渋谷
「ちょ!さっきの紅白見た人いる!?衝撃!!」

「どうして美輪さんは金髪じゃなかったんだろうねぇ」

「凄(すご)い歌詞らしいけど、衝撃で内容一切入って来んかったーー(; ;)」

 この会話は、歌手で俳優の美輪明宏さんが、昨年12月31日のNHK紅白歌合戦で「ヨイトマケの唄」を歌った直後、女子大学生がツイッターで交わしたつぶやきです。美輪さんといえば、テレビでよく見る「金髪ロングでハデハデ」の印象が強かった彼女たちの世代にとっては、このときのステージのように黒い短髪に衣装は黒の上下、といったいでたちはさぞ「衝撃」だったのでしょう。

 紅白の舞台は背景もなく真っ暗で、照明もピンスポットと上からの2本だけ。化粧もせずに髪も黒。「無でいい」と美輪さんは考えたそうです。「聴く人の想像力を邪魔したくないから」。建設現場で泥にまみれて地ならしの仕事をする母と、母親の職業ゆえにいじめられた子、それでもその子はぐれずに成長し、エンジニアになっていま、母の唄、ヨイトマケの唄こそ世界一だと親子の絆を思う――。私も久しぶりにこの歌を聴いて、美輪さんが歌う母、子、青年が、聴く人それぞれの人生に重ねられる「凄い歌詞」だと改めて思いました。

 放送後の反響は大きく、冒頭のつぶやきよろしく、ネット上は直後から「号泣」「紅白史上最高」などの声で埋まったといいます(2013年1月30日付毎日新聞夕刊)。新聞紙上も「ヨイトマケの唄」に「涙が止まりませんでした」(1月6日付朝日新聞)、「母の姿が重なり、涙がこぼれました」(同日付北国新聞)といった投書が相次ぎました。

 美輪さんが四十数年前、この歌を最初にテレビのモーニングショーで歌ったとき、障害や出身で差別を受けている人たち、貧しく厳しい環境で働く人たちから「自分たちへの励ましの歌だ」といった投書が2万通もテレビ局に寄せられたといいます。「今回も同じ。親は大事にしないといけないと思ったとか、善意を呼び覚ましてくれたとかいう意見をたくさんもらいました。親子のあり方、社会のあり方を考えるきっかけになればいいですね」と2月2日、東京・五反田であった音楽会直前の取材で話してくれました。

■「土方」は新聞も言い換える?

 実は私も、紅白で小さな“衝撃”を受けていました。前評判で、紅白名物の衣装対決が、美輪さんときゃりーぱみゅぱみゅさんで見られそう(AERA2012年12月10日号)などと言われていたから、ではありません。美輪さんが「ヨイトマケの唄」を歌うことについて書いた紅白当日の東京新聞が、1面コラム「筆洗」でのっけから「記者パソコンで『土方』と打ち込むと、すぐに『注』の文字が出る。差別表現なので、建設労働者などと言い換えるように、と指示がある」と書いたからです。「歌詞に『土方』が含まれるという理由で、この曲は『放送禁止歌』になり、民放では長く放送されなかった」ことに通じる新聞の内情を“告白”したとも言えます。

 でも果たして、「土方」は「差別表現」として、新聞では言い換えないといけない言葉なのでしょうか。

■負の側面、十分踏まえ

 朝日新聞でも、人を傷つけたり差別や偏見を助長したりするような表現をしないように、日ごろから心がけています。いわゆる「差別語」といわれるものは存在しない、前後の文脈や記事の全体で総合的に「差別」的かどうかを判断すべきだ、という議論があるのは承知していますが、残念ながら明らかに差別語、侮蔑語として当事者に投げつけられる言葉があるのも事実です。

 朝日の記者パソコンは「土方」を配慮の要る言葉として言い換えを指示してはいません。ただ、土を掘ったり積み上げたりする作業に従事する「日雇いの土木作業は賃金が安い。危険で汚れる仕事なのは今も同じだ」と東京新聞の同欄が言うように、今もあるそうした仕事を軽く見る表現として機能するとしたら、紙面で使うことは不適切だと考えています。

 実際、十数年前までは、社内でもそうした注意を促していました。「土方」と書いてデスクに直された経験のある記者もいます。でも現在では、注意を促すまでもなく、実際にいま工事現場で働いている人を「土方」と記事で表現することはなくなったといえるでしょう。美輪さんの実体験のように、かつて差別的に使われたという歴史を踏まえるようになったこともあるでしょう。言葉自体が時代にそぐわない古いものになったということもあるかも知れません。

 とはいえ、歴史的な文脈の中や資料の引用などで使う必要がある場合も出てます。そんなときは、言葉の持つ負の側面を十分に踏まえ、言葉だけが一人歩きしてどこかでまた、安易に使われないような配慮を心がけています。新聞・通信社の用語ハンドブックで、言い換えを例示しているものもありますが、その意図するところは、言葉だけをとらえて一律に差別的と断じるための「禁句集」では決してないはずです。

■書かれる側の立場で

 一方、普通に書いたニュートラルな言葉でも、思わぬ反応が返ってきて、教えられることがあります。

 感染症のエイズという病気を取材していた1990年代、患者らから「『エイズ撲滅』と書かれると、自分たちが撲滅されるかのようでつらい」と言われたことがありました。いまでこそエイズは治療可能な病気になりましたが、当時はまだ、差別と偏見が強い時代でした。差別される側の受け止め方とは別に、いまも「エイズ撲滅」や「エイズ根絶」という表現は使われ続けています。

 最近では、今冬も流行している「ノロウイルス」の呼称について、野呂姓の人から、「ただでさえ『のろま』とからかわれる子が、このウイルスによる食中毒を発症しようものなら、からかいやいじめの格好の標的となってしまう」と改称を求めた意見が届いています。新聞も野呂さんの言い分を紹介しましたが(2011年11月29日付朝日など)、厚生労働省や学会は「現状では改称は難しい」と説明しています(2012年3月14日付東京新聞)。新聞がいまも「ノロウイルス」と使い続けるのは、新聞だけが呼称を変えても世間の呼称と違っていては、病気の流行や治療法を、情報が必要としている人に正しく伝えられない可能性があるからです。

 誰もが根絶に反対するはずはないエイズにしてもノロウイルスの記事にしても、書き方によっては、全ての人に共感をもって届くわけではないのです。人を傷つけたり、差別を助長したりすることのない表現をめざすためには、常にそうした読む側、書かれる側の気持ちになって記事を書く、表現を工夫するといった作業が記者には求められているのだと思います。

■保身で自粛、思考停止

ジャケット写真拡大「ヨイトマケの唄」が納められたCD「白呪(びゃくじゅ)」(エレックレコード株式会社提供)のジャケットの美輪さん
 著書「放送禁止歌」の中で森達也さんは、放送禁止歌と言われるものは民放連が1959年に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」による「要注意歌謡曲」のリストで、「強制力や拘束力などまったくないガイドラインでしかない」ものだったといいます。その制度すら83年度版を最後になくなり、「噂されるほとんどの楽曲は記載されていないし、そのシステムはとっくに消えているし、何よりもそのシステムそのものに実体などなかったのだ」と書いています。

 放送局の「自主規制」だった、ということでしょうか。東京新聞によるとNHK広報部は「ヨイトマケの唄」について、「NHKではずっと放映してきた。この曲を問題視したことはない」と説明している、といいます(2012年12月20日付こちら特報部)。「土方」という言葉だけをとらえて、放送中止にしたのだとしたら、自主規制が過ぎたのではないでしょうか。

 美輪さんは、私が規制について聞くと「局側は御身の安全で自粛してしまった。どこが差別なんですか、と(リスト作成者に)問う気概を持つべきだった。差別はヒューマニストぶっているあなたたちの心の中にあると言ったんですよ」と、メディアの思考停止を指摘しました。

■凄さ、かみしめる歌

美輪さん人形拡大美輪さんの音楽会で、ロビーに飾られた「金髪ロングでハデハデ」の美輪さん人形。ファンが作ってくれたという=2月2日、東京都品川区、ゆうぽうとホール
 美輪さんは2日の東京・五反田の舞台で「ヨイトマケの唄」を歌う際、歌詞の元になった美輪さんの同級生のお母さんが、いじめられ差別される子に向かって当時、「けんかが強いこと、勉強ができること、お金を持っていることが偉いんじゃない。お天道(てんと)さまの前で胸張って、正直で真っ当に働いて、陰ひなたなく誰にも指を差されず、そういう人間が一番偉い。だからお前は一番偉いんだ」と言っていたことを紹介しました。

 歌い終わった後、客席からはしばらく拍手が鳴りやみませんでした。歌詞に「土方」という言葉があるだけで、放送しなかったということが、いかにナンセンスであったかを改めて思いました。

 1月末、食事に入った東京・蔵前の居酒屋でも「ヨイトマケの唄」がBGMとして普通に流れていました。長く日の目をみなかった期間を経て、普通の歌になったということでしょうか。いや、普通に流れすぎていく歌ではなくて、やっぱり「土方」という言葉の入った歌詞の凄さ、重みをかみしめる歌であってほしいと思います。

 冒頭の「凄い歌詞」の「内容一切入ってこんかった」という彼女には、こんど美輪さんのCDを貸してあげようと思っています。

(門田耕作)

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