メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

人権・校閲

こちら人権情報局

「一票の格差」、ここにも

■選挙権と成年後見制度

 「どうぞ選挙権を行使して、社会に参加してください。どうぞ胸を張って、いい人生を生きてください」。裁判長の言葉に笑みを浮かべた名児耶(なごや)匠さん(朝日新聞3月15日)。成年後見制度による後見人が付いたために選挙権を失ってしまったけれど、再び投票できるようになるはずでした。

名児耶さん拡大勝訴を伝える旗のそばで感極まる名児耶匠さん(右)と、左から母親の佳子さん、父親の清吉さん=3月14日午後、東京都千代田区、加藤諒撮影

 ところが、政府は3月27日、判決を不服として控訴しました。与党のなかにも「幅広い選挙権を認めるべきだ。控訴すべきではない」(公明党の井上義久幹事長=3月23日朝日新聞「控訴か改正か、悩む政権」)という意見もあったのですが、「制度改正には時間がかかり、いま違憲判決が確定すると選挙の事務に混乱が生じる」という「官の論理」を優先させました。 これに対して、各紙は「権利を奪い続けるのか」(朝日新聞3月29日社説)、「本来なら投票できる人の選挙権を奪うというむちゃ」(日本経済新聞3月29日「春秋」)と批判しています。その後の報道によると、自民、公明両党は、公職選挙法改正を検討しているようです(毎日新聞4月13日「被後見人に選挙権付与 自公、法改正で調整」日本経済新聞4月14日「自公、法案提出を調整」)。

 控訴を受けた記者会見で、名児耶匠さんのお父さんの清吉さんは「国が裁判を続けることに強い怒りを感じる」と述べています(3月28日NHKニュース)。20年ほど前のことになりますが、筆者は清吉さんにお会いしたことがあります。知的障害のある人に関わるある記事の書き方について、問題点を指摘してこられたのですが、感情的になることなく、説得力のあるお話をされました。その清吉さんが、今回、「強い怒り」という言葉を口にされたのは印象に残ります。

 東京地裁の判決は、すべての国民に平等に選挙権を保障した憲法の原則を重視し、「極めて例外的な場合にだけ制限できる」としました。成年後見人がつくかどうかは財産を管理する能力の問題で、選挙権を行使するのに必要な「事柄をわきまえる能力」の有無とは別ということです。後見人が付く前、名児耶さんは、ニュースを見たり、選挙公報を読んだりして、親子で必ず投票してきたといいます。両親が名児耶さんに後見人を付けたのは、計算が苦手なのを心配したためでした。

 裁判での国側の主張によれば、財産を自分で管理できない人は、他人に操られて不正な投票をしてしまう恐れがあるということです。社会全体の高齢化で、判断する力が低下した人の弱みにつけ込む悪徳商法などが増え、不正投票に利用する事件も起きているのは事実です。
 しかし、不正防止が目的なら、選挙権を与えないのではなく、後見人が付いているかどうかにかかわらず、他人に利用されそうな人の権利を守る仕組みこそが必要ではないでしょうか。

■権利があっても不利な状況

 選挙権そのものは持っていても、投票の権利を行使するのに不利な状況に置かれている人たちもいます。視覚や聴覚に障害のある人にとっては、選挙公報やテレビの政見放送、街頭演説など、情報を得る手段に壁があります。選挙公報の点字訳や音声化、手話通訳などがまだまだ不十分です。
 投票所の設備についても、障害者用の駐車場が足りない、部屋が狭く車いすがスムーズに動けないといった指摘がされています(朝日新聞名古屋本社版2011年3月11日声欄「投票所のバリアフリー考えて」)。

 知的障害のある男性が成人して初めて投票に行き、やり方がよくわからないので隣の父親を見て記入した。その帰り道、「のぞき見している人がいた」と話している声が聞こえ、疑いの目で見られたのが残念だった――そんな投書がありました(読売新聞2012年12月20日)。投票所では、声を掛けたり指さしたりすることはできないと言われたとのことで、支援策を訴えるものでした。

 読売新聞2013年2月10日の「来信返信」欄によると、身体障害や文字が読めないといった理由で候補者名が書けないときは「代理投票」の制度があります。投票管理者が立会人の意見を聞いて投票補助人2人を決め、1人が有権者が指示する候補者などを記入し、もう1人が立ち会うという方法です。

 投書の男性の場合は「字が書ける」と判断され、一人で投票するように指示されたとのことです。

 また、重度の身体障害がある人や「要介護5」の人は、「郵便投票」(代筆も可能)ができますが、知的障害のある人は対象ではありません。

 毎日新聞社説(2013年3月17日)は「政治に最も強い関心を持つのは公の政策がどうなるかで自らの生活が影響を受ける人々であろう」として、「不当な差別を受けている当事者がその差別を解消するためのルールの変更にすら関与できない、という理不尽さ」を指摘しています。自分にとって不便な社会を改善してほしいと思っても、その意思を表すための重要な手段である選挙での投票ができない人がいるのが現状です。

 選挙区割りの不公平で、1票の価値がたとえば「0.7票」になっている「格差」は、違憲であり、選挙は無効であるという判決すら出されました。一方、制度や設備が整っていないために、権利があるのに投票できない人にとっては、持っているはずの1票が実質的には「0票」になっています。これも大きな「一票の格差」問題と言えるでしょう。

(松沢明広)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

朝日新聞の記事には有料記事にリンクしているものがあります。

朝日新聞デジタルの読者でない方がクリックすると「会員登録のページ」に飛びますが、

無料会員に登録すれば有料記事を1日3本まで見ることが出来ます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~