メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

人権・校閲

こちら人権情報局

進まぬ女性の社会進出、メディアの影響は?

森本 類

■「男女格差報告」136カ国中105位

 先月15日、米国の元大統領ジョン・F・ケネディの娘であるキャロライン・ケネディ氏が女性として初めて駐日米大使に着任しました。9月の米上院公聴会では、特に重視したい取り組みとして女性の地位向上問題を挙げ、「女性として、この問題における米国での進展ぶりを示す機会があると思う」と答えたといいます。

 10月に世界経済フォーラムが発表した「男女格差報告2013年版」で、日本は昨年より四つ順位を下げて136カ国中105位でした。2006年に報告が始まって以来、もっとも低い順位です。調査する4分野のうち、特に低かったのが「経済活動への参加と機会」(104位)、「政治への関与」(118位)です。

 日本の女性議員は2009年衆院選で過去最多の54人が当選しましたが、昨年の衆院選で多くの候補が落選し、割合は約11%から約8%に下がりました。列国議会同盟(IPU)が今年3月に発表した2012年調査報告から朝日新聞が算出した女性国会議員比率のランキング(二院制の場合は下院)では、日本は190カ国中163位。世界の平均値が20.3%と初めて2割を超えたのと逆行する結果となりました。

 政府は「2020年までに議員も含めて指導的立場の女性の割合を3割にする」との目標を掲げますが、遠く及ばない状況です。辻村みよ子・明治大学大学院教授は「日本の女性国会議員比率は、もはや『先進国で最低』ではなく、世界最低レベルだ」と指摘します(2013年4月14日付朝日新聞)。

 「知っていますか? ジェンダーと人権 一問一答」(船橋邦子、解放出版社)は、日本の選挙制度に問題があるといいます。女性が初めて参政権を得た1946年衆院選では、選挙区によっては2、3人の候補者の名前を書くことができる「連記制」がとられていたため、女性の候補も当選しやすく、39人の女性議員が誕生しました。しかし、その後制度が変わり、女性にとって不利な状況が生まれました。2005年衆院選の43人まで、46年の当選人数を上回ることができなかったのです。

 女性政治家が多い国と日本とでは、どこが違うのでしょうか。よく取り上げられるのが、一定割合を女性に割り当てる「クオータ制」です。政治分野でこのしくみを取り入れているのはアルジェリア、韓国、ネパールなど約100カ国。例えば韓国では、①政党が比例名簿の奇数順位を女性にする②小選挙区で候補者の30%を女性にすることが努力義務になっています。企業に対してクオータ制を導入する国もあります。ノルウェーは上場企業の役員を男女それぞれ40%以上とするよう義務づけ、欧州連合(EU)も社外取締役の女性割合を4割に引き上げる法案を審議しています。

■何げない表現に性差別にとられるものも

 日本ではなぜ女性の社会進出が進まないのでしょうか。

 「女性は家で家事をするべきだ」「女性は子育てするのが幸せ」。性差による役割分担に対する偏った考え方は、今もさまざまな形であらわれ、ときに気づきにくいこともあります。メディアの影響も小さくありません。

 新聞やテレビなどで、ふだん何げなく使われている表現の中にも性差別ととらえられてしまいそうなものがあります。「ジェンダーの語られ方、メディアのつくられ方」(諸橋泰樹、現代書館)は、次のような例を挙げています。

・「小泉首相」に対して「真紀子外相」という記事見出し
・「ご主人」や「奥さん」というワイドショーでの慣用語の連発
・女性がにっこり笑っているだけの火災予防週間のポスター
・新聞の「ひと」欄で、女性のときは最後に「さしものキャリアウーマンも、家に帰ればよきママ」などと書いてある

 たとえ作り手が意図しなくても、「女(男)はこうしたもの」というメッセージを読者、視聴者は受け取ってしまいます。同書は「意識してこれらを見て、批判的に解釈してゆかないと、取り込まれてしまいます」と警告を発します。

■「女性初」がニュースにならない社会に

 朝日新聞では、用語・取り決め集で、ジェンダーに関して気をつけることを示しています。たとえば、いつも「父親が家族を支えている」イラストにならないようにする、外国人女性の言葉の翻訳で「~よ」「~だわ」を必要以上に多用しない、といった項目があります。現実に残っている女性と男性の不平等な関係や、役割分担の偏りを固定するような表現を避けるためであり、さらには、男女平等を促す表現を積極的に作り出していく必要があると考えるからです。

 先月29日には女性初の首相秘書官が誕生するなど、日本でも少しずつ「ガラスの天井」が崩されている部分もあります。しかし、こうした「女性初」がニュースにならないような社会こそ、目指すべき姿ではないでしょうか。新聞社の「最後のとりで」といわれる校閲記者として、日々の紙面に目をこらしていきたいと思います。

(森本類)