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人権・校閲

こちら人権情報局

コラムで2013年を振り返る

石橋 昌也

 このコーナーでは昨年1年間で、その時々で話題になった人権や差別問題に関するコラムを24本掲載しました。今回は、昨年の話題を記事とともに振り返りつつ、その後の状況などを追っていきたいと思います。

■新型出生前診断

 昨年1月25日掲載の「障害者がいなくなる日」では、妊婦の血液で胎児にダウン症などの染色体異常の有無を判定する出生前診断が春に始まる見通しであることを取り上げました。血液検査は、それまでの羊水検査と比べて妊婦本人への体の負担が小さいのですが、安易な「命の選別」につながりかねない、と指摘しました。

 4月以降、この新しい出生前診断が始まりました。検査対象は、出産時35歳以上の高齢の妊婦や、超音波検査などで胎児に染色体異常が疑われる妊婦に限られました。実施半年の検査結果の集計では、約3500人が検査を受け67人陽性と判定されました。そして確定診断で56人が陽性とされ、うち9割以上が中絶を選択しました(「新型出生前診断、陽性の9割中絶 3500人が受診、確定の56人中 」11月23日)。

 この新型出生前診断では、国内で中国企業が10万円という半額以下の費用での検査を始めました(「中国企業が出生前診断 1件10万円、日本で売り込み」12月14日)。しかし、遺伝相談などを条件として定めた学会の指針が骨抜きにされてしまう恐れがあり、十分な情報と知識なしに人工妊娠中絶が行われる可能性があるとされました。学会の緊急声明を受け、企業側は検査の提供を一時中止することを明らかにしました(「中国企業、出生前診断を一時中止 学会認めれば再開」1月22日)。また、米国で、「青い目で足が速い子ども」といった親の要望に応えるような技術が考案され特許を取得しました(「遺伝子解析で赤ちゃん設計? 外見や能力予測、米で特許」 10月20日)。これらは安易な「命の選別」や、生命倫理上の問題をはらむものといえます。技術の革新は人間や社会に様々な恩恵をもたらす一方で、きちんとチェックしておかなければ暴走しかねない危険性をはらみます。そんな中で、ダウン症の娘を持つ女性の投書からは、迷いつつも貴重な出会いを喜ぶ力強い言葉が響きました(「<声>ダウン症の娘を育てた喜び」4月11日)。

■性的マイノリティー

 性的マイノリティーのコラムでは、同性婚や行政・企業の取り組み、カミングアウトの難しさなどを取り上げました(「性的マイノリティーと政治」2月22日、「揺さぶられた『常識』」5月3日、「虹色の名札――性的少数者を理解し、支える取り組み」10月25日)。

 性的マイノリティーの存在が受け入れられ、権利が少しずつ認められていますが、昨年は画期的な判断が最高裁でなされました。性同一性障害で性別を女性から変更した男性について、第三者から提供された精子で妻がもうけた子どもを法律上の子どもとして認めたものです(「血縁なくても父子認定 性別変更の夫、提供精子で妻が出産 最高裁が初判断」」 12月12日)。

 これまでは「血縁重視」の考えから、「性別変更した夫に生殖能力がないことは明らか」として父子関係を認めてきませんでした。それが今回の判断で親子関係が認められることになったのです。この男性は、性同一性障害で幼少の頃から性と体の不一致に悩んでいたといいます。性別適合手術を受けることで「やっと男に戻った」と心の底から思ったそうです。そして今回の最高裁判断を受け、「やっと息子の父親になれた」と会見で喜びを語りました。

 性同一性障害については04年に特例法で戸籍上の性別を変更できる道ができましたが、性別を変えて結婚しても法的な親子関係は認められていませんでした。今回の最高裁判断によって、多様な性だけでなく多様な家族形態が認められていく道が開かれたといえます。

■選挙における平等

 一昨年暮れの総選挙に続き、昨夏には参院選が行われました。このコーナーでも選挙のコラムが目立ちました。知的障害者らが成年後見人を立てると選挙権が失われるとした公職選挙法について、最高裁が3月に違憲と判断したことが大きなニュースになりました(「『一票の格差』、ここにも」4月19日)。

 5月17日のコラム「『一票の格差』――選挙における平等とは」では、「一票の格差」が最大で2.43倍あった一昨年の衆院選について、16件中14件で「違憲」、うち2件が「選挙無効」と各地の高裁・支部が3月に言い渡したことについて取り上げました。「一票の格差」では、有権者の投票価値(一票の重み)に不平等が発生することで、憲法14条が定める法の下の平等に反するのではないか、ということが問題にされます。

 衆院選の「一票の格差」については、11月に最高裁は「違憲状態」との判断を示しました(「衆院選、最高裁『違憲状態』 一票の格差、判断4度目 国会に是正継続要求」11月21日)。「違憲状態」とは「違憲」の一歩手前の段階で、高裁判決で相次いだ「違憲」判断よりも後退したかたちになります。昨夏の参院選でも同様の訴訟があり、年末までに各地の高裁・支部で「違憲状態」が13件、「違憲・選挙無効」が1件、「違憲・選挙有効」が2件という判決が出されました。「合憲」はゼロでした。こちらも目が離せない状況です。

■「自死」という言葉

 私たちは日常的に言葉に触れていますが、普段は特別に意識せずに使っている用語について、ちょっと立ち止まって考えさせられるコラムがありました(「『自死』という言葉」6月14日)。3月に島根県が公文書で「自殺」という言葉を「自死」に置き換えることを発表したことを受けたものです。「自殺」という言葉が「命を粗末にした」などといった誤解や偏見を与えるとして、遺族団体が「自死」への置き換えを要望していました。7月には鳥取県でも公文書などで「自殺」を「自死」に置き換えることになりました。こうした動きは徐々に広がっており、歓迎の声が上がっています(「<私の視点>『自死』という言葉 遺族に寄り添った表現に」6月22日)。

 その一方で、「自死」には「美化し肯定するようなニュアンス」が感じられるという意見があります。受け入れやすい表現にすることで、死へのハードルを下げてしまわないかという懸念も寄せられています(「<私の視点>『自殺』と『自死』 言い換えより遺族支援を」6月22日)。単純な言い換えでは、死を選ばざるをえなかった状況や社会的要因を覆い隠してしまう可能性があります。また、言葉の言い換えだけで満足するのではなく、実際的な支援や取り組みが必要ではないでしょうか。

■こつこつ拾い集めます

 こうして振り返ってみると、昨年1年間だけでも権利や人権の話題はたくさんありました。新聞紙面をにぎわす事件や事故、政局などと比べて、一見地味な印象の人権問題ですが、非常に大切なものであることは疑いありません。日々の大量のニュースで埋もれがちなこれらの問題を、今年もできる限り拾い上げていきたいと思います。

(石橋昌也)