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人権・校閲

こちら人権情報局

長野パラリンピックを振り返る

森本 類

 熱闘が続くソチ冬季五輪も残すところあとわずかとなりました。閉幕後、バトンは3月7日から始まるパラリンピックへと渡されます。

 日本では2020年に東京パラリンピックを控えています。どんな大会にするか考えるために、今回は日本で前回行われた1998年長野パラリンピックを振り返ってみましょう。

■欧州以外で初の冬季大会

 長野大会は、冬季としては初めて欧州以外で開かれる大会でした。日本では1964年に東京で行われた夏季大会に続く開催で、2回目のパラリンピックを開く世界で初めての国となりました。冬季パラリンピックは1976年にスウェーデンのエーンシェルドスピークで始まり、長野で第7回、ソチで第11回になります。長野大会に参加した選手は560人を超え、今でも冬季としては最多です。日本選手も70人が参加し、1994年リレハンメル大会(ノルウェー)の27人から大きく増えました。

 長野大会で行われたのは以下の5競技です。

 1. アルペンスキー……斜面に設けられた旗門をくぐり、タイムを競う。障害によってストックの本数やスキーの形状が異なる。下半身に障害のある選手は1本のスキーの上にいすを載せた「チェアスキー」を使う
 2. クロスカントリー……決められた走法でスキーを操り、タイムを競う。下半身に障害のある選手は2本のスキーの上にいすを載せた「シットスキー」を使う
 3. バイアスロン……クロスカントリーとライフル射撃からなる
 4. アイススレッジスピードレース……スケートの刃をつけた「スレッジ」というそりに乗り、両手に持つスティックで前進してタイムを競う
 5. アイススレッジホッケー……スレッジに乗り、両手にスティックを持って行うアイスホッケー。スティックには進むための刃が付いた側と、パックをさばく側がある
 ※アイススレッジスピードレースは長野大会まで。2006年トリノ大会(イタリア)からは車いすカーリングが加わった

 日本は冬季パラリンピックに第2回ヤイロ大会(ノルウェー)から参加しました(第1回は自費参加)。長野大会の前までに日本が獲得したメダルは、アルペン競技における銀、銅のみ。まだ金メダルはとったことがありませんでした。しかしこの長野大会で、大きく躍進します。

■初の金メダル獲得

 史上初の快挙が生まれたのは、大会2日目。女子滑降チェアスキーの大日方(おびなた)邦子選手と、女子バイアスロンの小林深雪選手が金メダルを獲得しました。大日方選手は言います。「スポーツは、障害者だってだれでも楽しめる。最高峰を目指す気持ちは同じ」。朝日新聞は夕刊1面でこのニュースを伝えました。

冬季パラリンピック史上初の金拡大冬季パラリンピック史上初の金メダルを報じる紙面

 当時の記事からは、記者の興奮も伝わってきます。初めてパラリンピックを見る記者は「スポーツとしてとらえられるのか、それとも……」と不安を抱きますが、アイススレッジホッケーを見て考えが覆ります。「障害のある人がプレーしていることを忘れた。ひたすら、『点を取れ』『守れ』と心で叫んでいた。五輪を見ていた時と同じ自分に気付いた」

 大会3日目には金3個を含む15個のメダルを獲得するなど、その後も躍進を続けた日本。最終的に金12、銀16、銅13の41個を獲得し、合計個数ではドイツ(44個)に次ぐ2位となりました。41個のうち32個が長野より後の大会では行われていないアイススレッジスピードレースのため単純に比較はできませんが、冬季大会としては今でも最多です。大会前に選手団長が掲げた「金5個を含む二けたのメダル」は当時の記事では「高い目標」とされていました。予想を超える活躍ぶりだったことがうかがえます。

 大会前は「国内初の有料障害者スポーツ大会」ということもあり集客が心配されましたが、入場券は締め切りを前に完売。大会が始まってからは競技団体に「自分もやってみたい」「息子にやらせたい」といった声が寄せられるなど、高い関心を集めました。

 NHKでは15分の番組で競技の結果を伝えていましたが、生中継はありませんでした。視聴者の要望が高まったこともあり、NHKは放送予定のなかった閉会式を生中継することにしました。

 ちなみにソチ大会では、スカパーが24時間放送のパラリンピック専門チャンネルを設けるそうです(2月4日付産経新聞)。

■長野から16年、新田・阿部はソチにも

 長野大会から16年がたちますが、ソチ大会にも出場する選手がいます。ノルディック距離、バイアスロン(立位)の新田佳浩選手とアルペンスキー立位の阿部敏弘選手です。33歳の新田選手は5大会連続の出場になります。前回バンクーバー大会では主将として日本選手団を引っ張り、自身初の金メダルを2種目で獲得しました。阿部選手は今回の日本代表で最年長の42歳。5回目の出場で初のメダル獲得を目指します。

 ソチ大会に出場予定の日本選手を知りたい方は、前回のコラム「ソチへいざ20選手、パラリンピックへ」をご覧下さい。

 2012年ロンドン・パラリンピックは史上最多のチケットを売り上げ、国際パラリンピック委員会の会長が「史上最高の大会」とたたえました。走り幅跳びに出場した佐藤真海選手は「観客は障害者アスリートを見に来るのではなく、スポーツを楽しんでくれた」(1月29日付産経新聞)と言います。

 ソチはどんな大会になるでしょうか。夏季と冬季の違いはありますが、6年後の東京パラリンピックを見据えつつ、注目しましょう。

 

(森本類)