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人権・校閲

こちら人権情報局

点字名刺を知っていますか?

青山 絵美

■視覚障害のある人たちが、丁寧に手作業で

 会社名、名前、電話番号などが書かれたおなじみの名刺。違うのは、六つの点を1マスとする、点字が入っているところです。

 この「点字名刺」をつくっているNPO法人が、埼玉県越谷市にあります。

 金属の型に、点字で凸になる部分をセットし、専用機械の枠の中に名刺を1枚入れます。レバーを引いてプレスすると、ガシャン、という音ののち、点字の入った名刺が現れました。

名刺拡大点字の入った名刺。「朝日新聞社」のロゴの横に「アサヒ シンブン」、名前の上に「アオヤマ エミ」、最下段に電話番号が入っている

 作業をしているのは、視覚に障害のある人です。程度には個人差がありますが、視野が狭くなったり、視野全体が霧がかって見えたりといった症状のでる網膜色素変性症の方が多いそうです。この日は、4人が点字の打ち込みをおこないました。

 枠の中に正しく名刺をセットするだけで、大変な神経を使います。見える範囲の照準を枠のところに集中させ、細心の注意を払います。正しい方向に打てているか、汚れがないかなどを晴眼者が確認し、補助しながら、一枚一枚丁寧に名刺に点字が打ちこまれていきました。

金属の型拡大点字をセットした金属の型=2月25日、埼玉県越谷市

 名刺作りを請け負うNPO法人は「視覚障がい者支援協会・ひかりの森」。自身も視覚障害のある松田和子理事長が「視覚に障害のある人が働ける場を」と事業を始めました。今は、週に1~2回のペースで作業をしています。

 松田さんは、18年ほど前、網膜色素変性症と事故のため、ほとんどの視力を失いました。50歳でした。

 以前は1.5の視力があったという松田さんには、大変な失望でした。しかし、「落ち込むだけ落ち込んだら、なんで落ち込むことにこんなにエネルギーを使っているんだろう、と思った。前に進むことにエネルギーを使おう」。

 視力を失ってから3年ほどたって、民話の語り部のボランティアを始めた松田さん。充実の日々のなかで、「私と同じように視覚障害者になった人はどうしているんだろう」という気持ちがわくようになりました。

 中途で視力を失った人は、「段差につまずくのがこわい」「白杖を持つのが恥ずかしい」などと考え、家に閉じこもりがちになってしまうことも多いそうです。外に出て、学びや交流の機会を増やすには、行政の取り組みだけでは不十分と考えた松田さんは、「当事者が声を出して、当事者が何かを始めるしかない」と、2001年に視覚障害者を支援する活動を立ち上げました。

■注文のない日々、やっと届いた知らせに「泣いた」

 まずは歩行訓練などから始まった支援活動。点字名刺の事業を立ち上げたきっかけは、ボランティア活動で松田さんのもとを訪れた大政マミさんとの出会いでした。

 発達障害のあるお兄さんが、職場で働きづらい思いをしているのを見てきた大政さんは、障害者の仕事を増やす活動への関心がありました。「障害をマイナスではなくプラスに変えるものはないだろうか。障害者が働くからこそ、価値が生まれるものはないだろうか」と考え、点字を名刺に入れる事業を思い立ちます。

 大政さんは、2007年、「ココロスキップ」という会社を立ち上げました。主にココロスキップが注文を受け、ひかりの森で点字を入れるという役割分担で事業をおこなっています。

 始めた当初は、注文がない日が続いたそうです。2週間ほどたって初めての注文が来たとき、大政さんは「泣いてしまった」といいます。

 1セットから始まった注文は徐々に増え、昨年の注文は約1200件。今年の1月は約140件の注文を受けました。

 点字名刺は100枚あたり1050円で請け負っています。そのうち、作業をしている人には、400円が渡されます。

 点字名刺の作成をしている柴崎尚美さんは、ひかりの森で作られた点字名刺を渡されたことがあります。点字名刺が実際に世の中で使われているのを知り、「とてもうれしかった。もっとあちこちで普及してくれるといい」と話しました。

作業拡大専用の機械に名刺をセット。一枚一枚丁寧に作業する


 点字名刺を使っている人からは「渡した相手からなんて書いてあるんですか、と聞かれて会話が広がった」「視覚障害者の人に渡して名前を読んでもらえたときは感動した」などの声が届いています。

 松田さんは「名刺は、人から人へ渡されるもの。ここで作った点字名刺から、つながって広がっていくことがうれしい」と話します。大政さんによると、点字名刺を受け取った人が「いいなと思ったから」と、注文してくれることもありました。

■「頼られていると感じられるのがやりがい」

 徐々に受注が増えているとはいえ、「週1、2回の作業で済んでいるのは、まだまだ注文が少ないから」。十分とは言えないと大政さんは話します。

 大政さんは、障害のある人が働くことについて、「今は、効率重視で無駄なものはそぎ落とされる、そんな健常者の世界に障害者があわせているという感じ」と表現します。

 大政さんの会社で働く視覚障害者の人の中にも、仕事を探す際に「目の見えない人ができる仕事はないですよ」と言われたことがあるという人がいます。

 そうではなく、障害者が働ける環境に健常者が入っていくことが理想だと話し、「障害者の仕事を増やして、そこに健常者が関わるようになる、そういう輪が広がっていけば、お客さんも含めて、みんなが幸せになる」と、共存を目指すべきだと考えています。

 仕事などを通じることで、障害者が身近にいることが日常になり、自然に見守ることができるようになって、困っているときには、誰でも気軽に助けてあげられる――。

 「それが、いい社会なのではないでしょうか」と大政さんは話します。

 ひかりの森に通う小倉克也さんは、先天的な弱視です。仕事を探している最中ですが、難しいことも多いそうです。点字名刺について、「自分が必要とされている、頼られていると感じられることがやりがい」と語ります。「視覚に障害があってもできることがある。視覚障害を正しく理解してほしい」

 昨年6月、障害者に対する「差別的取り扱いの禁止」や「合理的配慮」を行政機関や民間事業者に求める「障害者差別解消法」が制定されました(「2013年6月18日付朝日新聞「障害者の差別禁止、企業に義務づけ 差別解消法案成立へ」、「同年7月1日付WEBRONZA「障害者差別解消法Q&A 川島聡」)。2016年4月から施行されます。

 「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」という法律の目的は、大政さんの語る「いい社会」にも通じます。

■誰かのリュックを少し支える助けに

 松田さんは、障害を「リュックを背負っているようなもの」と表現します。大政さんは、人は誰でも「障害」をもっていると話します。「障害者手帳をもっているかどうかじゃなくて、苦手なことや難しいことがあって、みんなそれを抱えながら生きているんだと思います」

 みなが、何かしらの「リュック」を背負っている。もしくは、今何も背負っていないと思っている人も、きっといつか何かを背負う日がくる――。

 「リュックを背負っている分、坂道をのぼるときは重たいでしょ。その時は、周りの人がちょっと支えてくれれば、普通にのぼることができるんです」。松田さんはそう話します。

 自分が、周りが背負うリュックにふと気付くきっかけになり、そして、誰かのリュックを少し支える助けになる、点字名刺にはそんな役割が期待できるかもしれません。

 

(青山絵美)