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人権・校閲

こちら人権情報局

聞こえないってどういうこと? 佐村河内氏問題の余波

山村 隆雄

 2月に「全聾(ぜんろう)の作曲家」として知られていた佐村河内守さんが、実は別人に作曲を依頼していたことが明らかになりました。また、それまで「35歳で全聴力を失った」「音が聞こえなくても絶対音感を頼りに作曲していた」としていましたが、検査の結果、平均聴力が約50デシベルの感音性難聴であることが分かりました。このレベルだと障害者手帳の交付の対象にならないため、横浜市に障害者手帳を返納しました。

佐村河内氏の記事拡大2014年2月5日付夕刊1面の記事

 筆者も聴覚障害者。この問題はショックでしたが、各地の聴覚障害者にも大きな影響を及ぼしています。

■「本当に難聴?」

 まず、「聞こえない人を装っていた」こと。名古屋難聴者・中途失聴者支援協会には、会員の難聴者から「職場で難聴を勘ぐられるようになった」というメールが寄せられたそうです(3月31日中日新聞朝刊「本当に難聴? 心ない目」)。

 聞こえないことは周りからは分かりません。同じ聴覚障害者でも、聞こえの状況は人それぞれ。どう聞こえているのか、どんな時に助けが必要なのかは本人が自分の聞こえ具合を把握して、周囲に説明するしかありません。「あいつも聞こえない人を装っているんじゃないか」と思われたら、助けてもらいにくくなってしまいます。

 聞こえない人にとって、自分の聞こえを正確に把握するのはとても難しいことです。「聞こえた」と思っても聞き違えていることもあります。聞こえていても自分の聞こえに自信がないため、「聞き間違えているかも」と周りに確認することもあります。これは聞こえを装っているわけではないのです。

■障害認定方法に見直しの動き

 また、佐村河内さんが「3年前から聴力が回復していた」と明かしたのを受け、聴覚障害者に対する障害認定方法の見直しの動きが出てきました。田村憲久厚生労働相は「障害者手帳を交付した後、もう一度確認が必要なのかも検討していく」と述べています(2月21日朝日新聞)。厚労省に専門家による検討会が設けられ、3月の会合では不正を見逃さないために脳波検査を診断に加えることの是非などが話し合われました(3月26日日経新聞)。

 今後、検査が厳しくなって不正を防ぐだけならいいのですが、聞こえに困っている人が障害認定を受けにくくなるようなことにならないでしょうか。

■聴力の回復が笑いのネタに

 佐村河内さんが本当に全聾(聴覚障害2級)から現在の聴力の約50デシベルに回復したのか、ということには懐疑的な見方も出ています。東京医療センターで幼小児難聴・言語障害クリニックを担当する加我君孝・東京大名誉教授は「(2級該当者の聴力は)補聴器の効果が得られないほど音を感知する細胞が破壊されているわけで、それが自然によくなることはまず考えられない」としています(2月13日朝日新聞)。幼少の頃からの難聴である筆者も、複数の耳鼻科医から「聴力は今後、悪くなることはあっても良くなることはない」と言われ、今までのところその通りになっています。聴覚障害者の多くは筆者と同様の経験があるでしょう。

 一方で聴力の回復をネタにしたギャグをテレビなどで見るようになりました。筆者の友人の間で大きな話題になったのは、3月末の「笑っていいとも!」の最終回。ゲストのビートたけしさんが司会のタモリさんに読み上げた表彰状に、「ショックのあまり耳が聞こえなくなった」り、驚いて「聞こえなかった耳が回復し、今ではひずんで聞こえる」ようになったりした、とあって笑いを取りました。

 「一度失われた聴力が回復することはほとんどない」ことが共通認識になっているからこそのギャグとはいえ、当事者としては笑えません。お笑いの世界で、この問題をネタにする風潮は早く終わって欲しいとさえ思います。

■障害者手帳持っていなくても

身体障害者手帳
交付基準
WHOによる
聴覚障害等級
    ~25db 難聴がない状態
26~40db 軽度難聴
41~60db 中等度難聴
61
 ~80db
高度難聴
6級 70db~
4級 80db~ 81db~ 重度難聴
3級 90db~
2級 100db~
dbはデシベル。表は簡略にしています。
詳細は厚労省のページWHOのページ参照

 ところで、佐村河内さんは問題発覚後に検査を受け、障害者手帳の交付対象にはならないが、約50デシベルの「感音性難聴」と診断されました(3月7日朝日新聞毎日新聞)。この結果を報告した会見や質疑応答の様子から「『障害者手帳の対象でないなら聞こえるはず』という大きな誤解が生じている」として、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)が「難聴の聞こえと難聴者・中途失聴者への正しい理解を」という声明を出しました。東京都中途失聴・難聴者協会も会見を開き、「障害者手帳を持っていない人も聞こえない人がいる」と訴えました(3月28日朝日新聞)。

 全難聴は声明で、「普通の会話や生活音の聞き取りが困難な人を対象とするように、世界保健機関(WHO)の基準に合った聴覚障害の認定のあり方について検討を求めている」としています。WHOの基準では小さな声での話が聞こえない状態(26デシベル以上)なら日常生活に支障を来す難聴者。今の日本の障害者手帳の交付基準は高すぎて、聞こえなくて困っている人が障害者福祉の対象から漏れている、ということです。

 約50デシベルは、WHOの基準では「中等度難聴」。筆者は今は3級の障害者手帳を持っていますが、小~中学時代は中等度難聴でした。当時を思い起こすと、普通の電話機では話が聞こえず、ざわついた中では数メートル離れた友人や先生の話が聞き取れずよく聞き返していました。同級生に「バレンタインのチョコを渡そうと思って呼んだのに、山村君は振り返りもせずに帰っちゃった」と言われたことは、30年以上経った今でも覚えています。普段は補聴器をしていませんでしたが、日常生活のいろんな場面で困っていたことも確かだったのです。

 また、感音性難聴の特徴は「音がひずむこと」。音としては認識できても、何を言っているかは分からないことも多いのです。どれだけ聞き分けられているかを語音明瞭度といいますが、聞き分ける力は「どれだけ小さな音(デシベル)が聞こえるか」という力とは別の問題なのです。語音明瞭度が低ければ、小さな音が聞こえてもコミュニケーションに支障を来します。

 聞こえないことを装うような問題は、もう二度と起こって欲しくはありません。ただ、今回の問題をきっかけに、「聞こえないとはどういうことか」を考える人が増え、聞こえない人が暮らしやすい社会に少しでも近づけばいいなと思います。

(山村隆雄)