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人権・校閲

こちら人権情報局

「手話は言語」広がる条例

森本 類

■鳥取県議会や北海道、三重の自治体なども制定

 「手話は独自の言語体系を有する文化的所産」――。昨年10月、鳥取県議会で、手話を言語として普及を進める「手話言語条例」が可決、成立しました。その後、北海道石狩市、新得町、三重県松阪市で同様の条例が制定されたり、手話言語法の制定を求める意見書が150を超える自治体で可決されたりしています。(全日本ろうあ連盟の「手話言語法 意見書マップ、手話言語条例マップ」)

 背景には、2006年12月に国連総会で障害者権利条約が全会一致で採択され、08年5月に発効されたことがあります。条約では、手話などの非音声言語が、音声言語と同様に「言語」と定義されました。

 日本でも11年、障害者基本法が改正され、「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保される」と、手話が条文の一節に盛り込まれました。

 今年1月には日本も国連の障害者権利条約を批准しました。世界で141番目(欧州連合を含む)と、「ようやく」の感が否めませんが、手話をめぐる状況は少しずつ改善されてきています。

■どこでも手話が見られる社会に

 「手話を言語として認める」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。「日本では、手話は言語として守られていない現状がある」と全日本ろうあ連盟(東京都新宿区)の久松三二(みつじ)事務局長はいいます。

 かつて、ほとんどのろう学校では手話を使った教育が認められていませんでした。相手の口の動きを見て意味を理解する「口話法」のほうが優れているとされ、「『手まね』なんてみっともない」という偏見が根強かったのです。聴覚障害者である久松さんも、「子どものときは、周りの人に見られないように机の下で、片手で手話を使っていた」そうです。

 手話教育が本格化したのは1990年代に入ってから。現在も手話を教えられる教師は多くありません。手話には日本語とは異なる独自の語彙(ごい)や文法体系がありますが、それを学ぶ必須の授業もないのです。

 全日本ろうあ連盟が中心になって作成した手話言語法案では、「ろう児・者は、(中略)手話で教育を受ける機会が保障される」という文言が盛り込まれました。ろう学校に教科として手話を取り入れるカリキュラム作りや、手話の文法や歴史を学ぶ教科書作りなどが検討されています。

 テレビの字幕や手話通訳を増やすことも求められています。首相や官房長官の記者会見では東日本大震災を機に手話通訳が始まりましたが、テレビではカットされてしまうこともあるそうです。特に災害時の緊急放送などで字幕や手話通訳がないと、聴覚障害者は大切な情報がわからず、避難が遅れるなど危険にさらされる可能性があります。手話言語法が必要とされる背景には、まだまだ不十分なサポート体制があるのです。

 テレビでも、道ばたでも、手話がどこでも見られる社会へ――。「音声言語と同じような状況に近づけていきたい」というのが、久松さんの願いです。

■手話通訳者を「夢のある職業」に

 手話通訳士が少ないことも大きな問題点です。厚生労働省の06年の調査では、全国の聴覚障害者は約28万人。しかし、手話通訳士の登録者は今年4月現在で3265人です。

 全国手話通訳問題研究会の渡辺正夫副会長によると、現在、通訳者の大半は女性で、特に主婦が多いそうです。今の給料では家族を養えないことが理由にあるといいます。通訳者の権利を保障し、待遇の改善につなげることも手話言語条例や法の狙いの一つです。久松さんは「子どもたちが目指すような、夢のある職業にしていきたい」と話します。

手話通訳拡大手話を使って話す全日本ろうあ連盟の久松三二事務局長(右)と全国手話通訳問題研究会の渡辺正夫副会長=4月11日、東京都新宿区の全日本ろうあ連盟本部事務所、森本類撮影

 久松さんは1歳の時から聴覚障害があります。今回の取材では、筆者の左隣に座った手話通訳士の方が、正面の久松さんの手話を通訳してくださいました。筆者にとっては初めて経験するコミュニケーション方法でしたが、感じたのは「想像以上にスピーディー」だということです。メモをとるのが追いつかず、久松さんが心配してくださる場面もありました。

 筆者は手話を読み取ることができませんが、通訳士の方のおかげで自然に会話をすることができました。手話言語条例や法ができることで通訳者が増えていけば、こうして障害を意識せずコミュニケーションを取る場面が増えていくにちがいありません。


(森本類)