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人権・校閲

こちら人権情報局

「声なき市長」はやめるべきか

森本 類

 昨年11月、山形県酒田市の本間正巳市長が半年ぶりに公務に復帰しました。市長は咽頭(いんとう)に悪性の腫瘍(しゅよう)が見つかり、5月から休養。手術や放射線治療を受けたのち、リハビリに取り組んでいました。声帯を切除したため会話がしにくく、復帰後は電気式人工咽頭(人工声帯)という機器を使って仕事に臨んでいます。

■辞職勧告案に批判広がる

 「全国で例のない『声のない市長』だと思う。同じ障害のある人が私の姿を見て希望を持つようであれば、望外の喜び」。復帰した会見での市長の言葉です(11月26日付毎日新聞)。

 復帰10日後の12月5日には定例議会が始まり、市長は人工声帯をのどにあてて、議案の提案理由を説明したり答弁をしたりしました。しかし、傍聴した人の中には「ほとんど聞き取れなかった」との声も。あらかじめ資料を受け取っていた市議でも分かりづらい部分があったといい、「職務を全うできるのか」との声があがりました。

 16日の議会運営委員会では、第3会派「市民の会」の議員が市長への辞職勧告決議案の提出を協議するよう提案。他会派から反対意見が出たため退けられましたが、これを報じた地元紙・山形新聞のニュースサイトの記事が広く読まれ、インターネット上で「障害者差別では」「声が出せなくても、どうすればできるのかという視点が欠けている」などと批判される事態となりました。提案した議員は「市長が職責を全うできるのかを協議すべきだという考えだった」としたうえで、「差別する気持ちは一切ない」と話しました(12月20日付毎日新聞)。

■声取り戻すいくつかの手段

 声帯を失った人が声を取り戻すには、どんな方法があるのでしょうか。

 一つ目は、本間市長が使う電気式人工咽頭。あごの下にマイクのような音源をあてて発声します。音は簡単に出ますが、装置が目立つ、人工的な声になってしまう、といったことを気にする人もいるそうです。

 二つ目は食道発声法。げっぷの要領で声を出す方法で、器具を使わず自然な声を出すことができます。ただ息を長く続かせるためには訓練が必要で、マスターできる人は半数ほどしかいないともいわれます。

 三つ目は気管食道シャント法。喉頭(こうとう)をすべて摘出した人は、のどにあけた気管孔という穴を通して呼吸します。シャント法では気管と食道のあいだの壁に穴をあけて、弁をつけます。話したいときは気管孔をふさぐと行き場を失った空気が弁を通り、食道から口に抜けます。この空気を使ってのどを震わせ、声を出す方法です。財務相もつとめた元衆院議員の与謝野馨さんが、この方法で声を取り戻しました(2013年12月26日付読売新聞)。

■「できること」に目を向けて

 ほかにも、声をなくした人が意思疎通を図る方法はあります。自分以外の人に読んでもらう、つまり代読です。その権利を求めたのが、岐阜県中津川市の市議だった小池公夫さんです。

 1999年から市議を2期つとめた小池さんは、1期目の途中に下咽頭がんで声帯を切除し、声を出すのが難しくなりました。再選後の2003年に代読による質問を議会に求めたものの拒まれ、06年に市と代読に反対する市議らを提訴。12年の名古屋高裁で、「発言の権利と自由を侵害され、多大な精神的苦痛を受けた」として、市に300万円の賠償を命じる判決が確定しました。

 しかし判決では、障害者が発言方法を決める「自己決定権」は「議員の発言方法(の決定)は地方議会の自主性に委ねられている」として認められませんでした。小池さんは「(障害者が)健常者と同じように生きていけることを明確にしてほしかった」と悔しさをにじませました。

 議会側は提訴される前、パソコンの音声ソフトを使った発言や再質問に限っての代読を認めることはあっても、全面的な代読は許可しませんでした。「代読者が故意に発言をすりかえる危険がある」「代読した市議が選挙活動でのPRに使う」などの懸念が理由だったといいます。

 07年に岐阜地裁で開かれた第1回口頭弁論で、小池さんは全面的な代読を求め続ける理由を、長女の声を通して次のように語りました。「声を失った者の本当の苦しみを実感してきた私の思いをこめて発言するためには、機器ではなく、人間の肉声の方がはるかにまさっているからです」

 声を出しづらくなっても、意思を示す手段はたくさんあります。聞き取りづらかったり、時間がかかったりすることはあるかもしれません。ただ、それをわずらわしく感じて耳を傾けないとしたら、発言する権利を奪うのと同じことになってしまいます。できないことではなく、できることに目を向ける――。政治に限らない教訓だと思いました。

(森本類)