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シカルとシカル 2

比留間 直和

  

 前回、新しいパソコンには2種類の「しかる」が搭載されていることを紹介しました。

 どの「しかる」を使うかは、新聞社にとってもひとごとではありません。実は朝日新聞でも、過去に「しかる」の字体が揺れ動きました。

 古い時代は活字の形があまり統一されておらず、時期や活字サイズによっても違っていたようです。小さな活字だとどちらとも判別しづらいのですが、戦前の朝日新聞の見出しの字を見ると、「叱A=口へんに匕首の匕」の形が目に付きます。ただ、つくりの払いは左へ突き抜けたり突き抜けなかったりしています。

 例えば下の画像は、1927(昭和2)年5月12日夕刊の見出しです。主人に叱られたのを苦にした小僧さんが自殺したという痛ましい事件ですが、見出しの「叱」は「左へ突き抜けない形」になっています。

 

 (余談ですが、この記事の文中「鶴見、横浜に少年 が轢死してゐるのを」とあるのは「間」の位置が違うような気がします。正しくは「鶴見、横浜 に少年が轢死してゐるのを」でしょうか。先輩たちの誤植を見つけてしまいました……)

 次は、1930(昭和5)年2月25日夕刊。この見出しは、左へ突き抜ける「叱A」になっています。突き抜けかたが思い切っていますね。

 

 (こちらの小僧さんは叱られても自殺したりせず、逆に主人一家の皆殺しを企てるという猛者ですが、記事を見る限り犠牲者が出なかったようで幸いでした)
 

 当用漢字以前の主な明朝体活字字形をあつめた資料「明朝体活字字形一覧」(1999年、文化庁文化部国語課)を見ても、「叱A」の形だけをそなえた活字セットがいくつもあり、「叱A」が以前から広く使われていたことがわかります。のちにJIS漢字がつくられたときに例示字体が「叱A」の形になっていたのは、ごく自然なことだったわけです。

 

 ■「左に突き抜けない形」に統一

 戦後、当用漢字の時代に入ると、朝日新聞では「当用漢字以外の字(表外漢字)も、当用漢字に合わせた略字体にする」という方針を立てて活字を整備しました。昭和30年代のことです。

 このとき「しかる」については、つくりの左払いを「突き抜けない」形に統一しました。くわしい理由を示した資料は残っていませんが、当用漢字に入った「化」「花」「貨」の「ヒ」のような部分が、戦前の活字では「左への払い」が突き抜ける形だったのが当用漢字字体表で突き抜けない形に変わったのに合わせたものと考えられます。

  

 
 「しかる」は、字源的には「口へんに漢数字の七」であり、「化」や「花」と部品が共通しているわけではありません。ですから「当用漢字と字体をそろえる」という趣旨からすれば、「叱」をこの「左払いが突き抜けない形」にする必要はなかったとも言えます。しかし実際にはこのように突き抜けない形にそろえたということは、それだけ「叱」を《「漢数字の七」ではなく「右から左へ払う形」で設計すること》が当時の担当者たちにとって当たり前だった、ということではないかと思います。
 

 戦後、新聞は当用漢字や常用漢字の範囲で記事を書くよう努めてきたため、紙面で「叱」を使う機会は戦前よりも少なくなりました。そうしたこともあってか、この「しかる」の字体は特に問題になることもなく、1980年代に朝日新聞の紙面製作がコンピューター化されてもそのまま踏襲されました。

 下の画像は1991年7月22日夕刊ですが、ごらんのとおり、見出しの「叱咤」が「左払いが突き抜けない形」になっています。

 

 

 ■「口へんに漢数字の七」に変更

 しかしこのあと間もなく、社外からの指摘をもとに「叱」の字体について当時の用語担当者が改めて検討を行いました。その結果、「シツ」という音からみて「叱B=口へんに漢数字の七」のほうが適切である、との結論に至り、1992年5月から紙面の字体を変更しました。

 当時はワープロ全盛期。新聞記者も原稿用紙に手書きするのではなく、ノート型ワープロを使って自分で記事を打ち込み、電話回線で送稿するようになっていました。「叱」の字体変更にあたっては、ワープロからJIS第1水準の「叱A」を本社に送稿すると紙面では自動的に「叱B」になるような仕組みにしたのでした。

 その後、記者がもつワープロはパソコンにかわり、さらに社内の新聞製作システムが更新されるなど環境の変化がありましたが、現在も朝日新聞の紙面では「しかる」の字体は「叱B=口へんに漢数字の七」を使っています。2000年の国語審議会答申「表外漢字字体表」を受け、朝日新聞では2007年1月に表外漢字の字体を大幅に見直しましたが、この「叱B」は変更の必要はありませんでした。

 下は、2009年12月10日夕刊の記事です。見出しの「叱責」のほか、本文も「叱B」になっているのが見えるでしょうか。

 

 
 ほかの新聞はというと、最近の紙面を見る限り、読売と毎日が「叱A」、日経は朝日と同じく「叱B」を使っています。雑誌などは、「叱A」のほうが目立つように思います。

 前回述べたように、「表外漢字字体表」では「叱B」を印刷標準字体に掲げつつ「叱A」もデザイン差として認めており、要するに「どちらを使ってもかまわない」ということになっているので、新聞や雑誌が「叱A」「叱B」のどちらを使っても問題はないわけです。
 

 ただ、今後どうなるかはまだ何とも言えません。

 文化審議会国語分科会で論議が大詰めを迎えている「改定常用漢字表」に、「叱」が新たな常用漢字として追加される見込みだからです。

(つづく)

(比留間直和)