メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文字

文字@デジタル

「改定常用漢字表」解剖 3

比留間 直和

 6月7日に文化審議会から文部科学相に答申された「改定常用漢字表」。鳩山首相の辞任表明を受けて菅新首相が選出されたあと、まだ鳩山内閣が「職務執行内閣」として行政を担っているという中ぶらりんな時期でしたが、答申は予定どおり行われ、新聞紙面で特集を用意していた側としてはホッとしました。

 さて、追加が決まった196字をめぐり、前々回は「表外漢字字体表や人名用漢字との関係」、前回は「JIS漢字との関係」について、それぞれ概要を示しました。今回からは追加漢字の字体を、部分字体(漢字の構成要素)ごとに詳しく見ていきたいと思います。

 196の追加漢字の字体には、

 〔1〕現行常用漢字と異なる「いわゆる康熙字典体」(旧字体)が採用されたもの
 〔2〕現行常用漢字と同様の新字体(略字体)が採用されたもの
 〔3〕新旧の字体差が特に無いもの

 があります。

 このうち〔1〕の字が(しかも多数)あるということが、1981年に現行常用漢字表が定められたときと大きく異なります。
 
 
 現行常用漢字表(1945字)では、それまでの当用漢字(1850字)に95字が追加されましたが、追加漢字で新旧字体差が考えられるものについては基本的に当用漢字の流儀がそのまま適用されました。以下はその例です。

 
 この当時、表外漢字については(人名用漢字は字体が示されていましたが)「表外漢字字体表」のような字体基準は存在しなかったので、新たに判断を下すことができたわけです。このころは人名用漢字も基本的に新字体が採用されていたため、「国が公式に字体を定めるときは新字体が採用される」というのが当時の一般的な認識でした。

 それに対し今回の改定は、「表外漢字字体表」が既にあるなかで行われた、という点が81年当時と決定的に違います。「国語施策としての一貫性」を重んじ、表外漢字字体表で示した字体はその字が常用漢字に入っても変えないことを原則としたため、「もともと共通の構成要素であるのに、表のなかで形が全く違う」というケースがいくつも生じることになりました。

 新聞記事では主に「しんにょうの点の数」が紹介されましたが、そのほかにも様々な部分字体で違いが生じています。以下、現行常用漢字との字体の不統一が起こる事例を説明します(追加漢字の画像は文化庁サイトの「改定常用漢字表」答申から)。
 
 
 ------

 「けいがしら(彑頭)」と呼ばれる構成要素をもつ追加漢字です。現行常用漢字では「縁、緑、録」のようにカタカナの「ヨ」に似た形ですが、今回追加される2字は表外漢字字体表で示された通り、いわゆる康熙字典体です。
 この新旧字体差は、「デザイン差」には入りませんでした。
 ただし「」については、最新のJIS漢字規格である「JIS2004」(JIS X0213の2004年版)で第3水準に追加された字であることから、情報機器では当分の間、第1水準にある「剥」が多用されると思われます。
 
 
 ------

 現行常用漢字表の掲げる「次、姿、資、諮」は、「冷」などと同じ「にすい」になっていますが、今回追加される「茨、恣」の掲出字体は「『二』の下の棒を右上にはね上げた形」です。「次」がもともと「二+欠」であることに由来するもので、表外漢字字体表もこの字体を掲げています。2字のうち「茨」は、JIS2004で字体が変更(上の点が横棒に)されました。

 この形の差は、試案段階では「デザイン差」になっていませんでしたが、昨年末の第2回パブリックコメントで寄せられた意見をもとに再検討された結果、「特定の字種に適用されるデザイン差」として「茨」限定で認められました。

 表外漢字字体表ではこの3パターンのうち真ん中の無いものが「表外漢字だけに適用されるデザイン差」として掲げられていましたが、今回は真ん中の現行常用型もデザイン差として明示されました。ただし「恣」については「実際に使われている印刷文字には形の揺れがあまりない」との理由で、このデザイン差の適用対象にはなりませんでした。

 実は現行常用漢字の「次、姿、資、諮」も、にすいの下の点は両方のパターンがあり、例えばJIS漢字の規格票に使われている「平成明朝」は下の点が「斜め型」で設計されているのですが、現行常用漢字表ではデザイン差として明示されていませんでした。今回の改定では、これについても通常のデザイン差としてはっきり示されました。


 
 
 
 ------

 現行常用漢字ではこの手のものは「爪」でなく「ノツ」、「ハ」でなく「ソ」ですが、今回の追加漢字の中では「淫、蔽」は「爪・ハ」型、「媛、采、拳、藤」は新字体の「ノツ・ソ」型と割れています。
 「媛、采、拳、藤」が新字体なのは、「表外漢字字体表」答申以前から人名用漢字にこの字体で入っていたためです。これに対し「淫、蔽」は「表外」答申時点で人名用漢字ではなかった(「蔽」はその後人名用漢字に)ので、表外漢字字体表にいわゆる康熙字典体が掲げられ、今回もそれが踏襲されました。2字ともJIS2004で字体が新字体から康熙体に変更されています。
 手書きではもちろん新字体の「ノツ・ソ」型が普通なのですが、印刷文字としての「デザイン差」には入りませんでした。

 なお、今回の追加漢字にはほかに「曖」も入っており、右上は「ノツ」なのですが、「愛」を含む字は明治以来の活字字体でもともと「ノツ」の形が主流だったため、「新旧の字体差が特に無いもの」と判断し、ここでは挙げませんでした。
 
 
 ------

 現行常用漢字の「芽、雅、邪」とは、左上の部分の形が異なります。現行常用型だと左上の縦棒とその下の横棒はひとつづきになっていませんが、追加される「牙」の掲出字体は表外漢字字体表と同じく、「L」のようにつながった形です。JIS2004で字体変更されています。

 現行常用漢字表では、「芽」などに適用されるデザイン差として下のようなバリエーションが示されていますが、追加漢字の「牙」のような「L」型は入っていません。

 今回の改定でも、試案段階までは、「牙」の「L」型はデザイン差に入っておらず、そのままいったら追加漢字の「牙」を現行常用型で設計してはいけないことになるところでした。

 しかし、昨年末の第2回パブリックコメントを受けた最終的な検討の結果、上の「芽」の例とは別に、「特定の字種に適用されるデザイン差」として下のように示されました。

 これは、表外漢字字体表で「表外漢字だけに適用されるデザイン差」として示されていたのと同じものです。これが入ったことにより、今後も、「牙」を現行常用型で設計しても差し支えないことになったわけです。
 
 
 ------

 当用漢字以来の「謁、渇、掲」も、1981年の常用漢字表に入った「喝、褐」も、つくりの下が「ヒ」の形。一方、今回追加される「葛」はいわゆる康熙字典体が採用されました。表外漢字字体表を踏襲したものです。JIS2004で「ヒ」型から康熙体に字体変更されています。

 観字紀行の「葛」編でも紹介したように、東京都葛飾区や奈良県葛城市など自治体名とからめて字体が話題になる字です。文化審議会国語分科会の配布資料によれば、昨年末の第2回パブリックコメントの際、「ヒ」型を“正式表記”としている葛城市から、「ヒ」型も許容字体とするよう要望が出されていましたが、結局許容字体やデザイン差などにはなりませんでした(手書き字形の例には掲げられています)。
 
 
 ------

 「ヰ」の部分の微細な違いです。現行常用漢字の「偉、違、緯」などは、「ヰ」の左上は「縦棒の上に横棒が乗った形」で示されていますが、追加される「韓」は、横棒の左端が縦棒に突き当たる形です。明治以来の明朝体活字ではこの形が主流で、戦後も表外漢字の字体ではこれが多く使われていました。そのため、表外漢字字体表では「韓」や「葦」が「横棒が縦棒に突き当たる形」で掲げられました。今回追加される「韓」は、それを踏襲したものです。

 試案段階ではデザイン差が示されていませんでしたが、昨年末の第2回パブリックコメント後の最終検討の結果、「縦棒と下の横棒がひとつづきになった形」も含めた、「韓」限定の「特定の字種に適用されるデザイン差」が示されました。

 これは表外漢字字体表で「表外漢字だけに適用されるデザイン差」として「葦」を例に示されていたのと同じ趣旨のものです。
 
 
 ------

 現行常用漢字の「臭」は「犬」の点を省き、「大」にしています。これについては漢字学者などから「犬だからこそニオイなのだ」との批判がありますが、今回追加される「嗅」はめでたく?(表外漢字字体表の通り)「犬」のままとなりました。この新旧字体差は「デザイン差」には入っていません。

 ちなみに、現行常用漢字の「涙」や「戻」、さらには「器」「突」「類」も、本来は「大」ではなく「犬」です。1981年に「戻」が常用漢字表に追加されたときは、当用漢字以来の「涙」と形を合わせたのですが、今回の「臭-嗅」ペアはそのようにはなりませんでした。
 
 
 ------

 現行常用漢字の「勤、謹」が「廿でなく草かんむり」「縦棒が口の上に突き出ない」という形になっているのに対し、表外漢字字体表と同じいわゆる康熙字典体が採用されました。この新旧字体差は「デザイン差」には入っていません。
 JIS2004で新字体から康熙体に字体変更されています。
 
 
 ------
 
 
 次回も引き続き、現行常用漢字と字体に食い違いが生じる例を紹介します。

(つづく)

(比留間直和)