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文字@デジタル

「改定常用漢字表」解剖 5

比留間 直和

 「現行の常用漢字と形が違う追加漢字」の3回目です。今回は「ふなづき」から。
 

 追加漢字の「煎」「嘲」は、「月」の横棒2本が「点々」になっています。「ふなづき=舟月」と呼ばれる形で、「煎」「嘲」と構成要素が共通する現行常用漢字の「前」「朝」「潮」も、旧字体では「ふなづき」でした。

 一方、同じく追加漢字の「藤」ももともとは「ふなづき」なのですが、「表外漢字字体表」以前から新字体で人名用漢字に入っていたため、ふつうの「月」になっています(藤は、前々回「ハ/ソ」のくだりでも登場しました)。

 漢字の構成要素としての「月」は、もとをたどると次の3種類に分かれます。

(1)お月さまの「つき」
(2)「肉」が変化した「にくづき」
(3)「舟」が変化した「ふなづき」

 現行の常用漢字ではいずれも2本の横棒が左右の縦棒に接していますが、漢和辞典のうえでは、「つき」=右は接しない、「にくづき」=左右とも接する、「ふなづき」=点ふたつ……とされています。

 ただしこれは「漢和辞典では」という話で、このうち「つき」と「にくづき」の区別は戦前の活字でもほとんど行われていません。

 今回の追加漢字を字源で分けると、遡は「つき」、臆・股・腫・腎・脊……などは「にくづき」ですが、表外漢字字体表も今回の改定常用漢字表も、「つき」と「にくづき」の字体上の区別をせず、いずれも左右が接した形で掲げています。

 他方「ふなづき」は伝統的に、おおむね字源に沿って「点々」で設計されてきました。現行常用漢字のなかで旧字体が「ふなづき」だったものには、「前」「朝」「潮」のほか、構成要素として「朕」を含む「朕・勝・謄・騰」があり、追加漢字の「藤」はこの仲間です(「愉・諭」など「兪」を含むものは別項で触れます)。

 表外漢字字体表は、「煎」「嘲」など本来ふなづきである字はふなづきの形で掲げましたが、現行常用型で設計することも「デザイン差」として認めていました。しかし改定常用漢字表ではそうした措置はとられておらず、「煎」「嘲」を現行常用型に作ることは認めていません。

 「煎」「嘲」ともJIS2004で例示字体が現行常用型から「ふなづき」に変更されています。JIS2004未対応の機器で出てくる改正前の字体は、改定常用漢字表が認めていない形ということになります。

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 ついでながら、筆者たちにとって格別なじみ深い「朝」の字についていうと、つくりの「月」の字源が本当に「舟」なのかは諸説あるようですが、ともかく昔の活字は「ふなづき」でした。戦後、当用漢字字体表(1949年)が出たあともしばらくは新聞活字の整備が間に合わず、見出しを中心にふなづきの「朝」が使われていました。

 下は、昭和26年度の朝日賞を発表する1952(昭和27)年1月3日朝刊の社告です。あちこちにふなづきの「朝」が使われているのが見えるでしょうか。

 
 なお、1面右上の題字の「朝日新聞」は、中国唐代の書家・欧陽詢の字がもとになっています。題字の「朝」は「点々」ではなく「右側の縦棒に接しない」形になっています。
 
 
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 「所詮=しょせん」「詮索=せんさく」の「詮」です。

 現行常用漢字の「全」「栓」は、旧字体は上部が入屋根(いりやね)ですが、現在使われている新字体は人屋根(ひとやね)。一方、今回追加される「詮」は入屋根のままです。表外漢字字体表もこの形で掲げており、JIS2004で「詮」の例示字体が人屋根から入屋根に変更されました。改定常用漢字表は「詮」の人屋根の字体を「デザイン差」には掲げておらず、この字の印刷文字は入屋根で設計しなくてはなりません。

 「人屋根←→入屋根」の揺れは、「詮」以外でも日常生活のなかで時々見かけているはずです。さすがに「全」は当用漢字以来の表内字なので新字体(人屋根)が広く定着していますが、「栓」は1981年に常用漢字入りした95字のひとつで歴史が浅い?ため、今でも駅などの「消火栓」の表示で旧字体(入屋根)が使われていることがあります。


 もちろん、どちらの「栓」が使われていても普通は気にも留めませんし、実用上の問題も全くありません。
 
 
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 前2項の「ふなづき」と「入屋根」を含んでいますが、右下の部分も字体差があるので、「兪」というかたまりで見ることにします。

 現行常用漢字でつくりが共通するのは「愉・諭・輸・癒」の4字。うち「癒」は1981年に常用漢字に入った95字のひとつで、当用漢字に入っていた「愉・諭・輸」にそろえるかたちで新字体が採用されました。

 これに対し、今回追加が決まった「喩」は、表外漢字字体表と同じく康熙字典体。現行常用型と比べると、「人屋根でなく入屋根」「月がふなづき」「りっとうでなく『くく』の形」と、三つのポイントが異なります。「兪」の新旧字体を切り替える場合、ふつう三つのポイントが連動しますが、中には「上部だけが入屋根でなく人屋根になっている」形の「喩」もあります(XPまでのMSフォントなど)。

  

 1990年までのJIS漢字の例示字体がこの形だったためですが、三つのポイントはいずれも「デザイン差」とはされておらず、この「人屋根の喩」も改定常用漢字表の規定では「NG」ということになります。

 
 
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 どこに字体の揺れが?と思うかもしれませんが、下半分の(セン=よだれをたらす意)は、「盗」の旧字体「盜」の上半分と同じです。つまり、従来の当用漢字・常用漢字の略し方を当てはめようとした場合、「羨」も「盜→盗」に倣って「にすい」になる余地があるわけです。

 ただし、戦後、略字主義を採っていた朝日新聞も、「羨」をにすいにすることはありませんでした。漢和辞典を見ると、下半分が「次」の形で「イ」と読む別の字があります(それが「朝日新聞が『羨』をにすいにしなかった理由」かどうかは分かりません)。

 

 
 一方、現在の中国では「セン、うらやむ」という字を本当に「にすい」にしています(「盗」も同様)。

 

 
 実際には混同されてきたこと、「イ」という字は今ではまず使わないことを考えると、それはそれで合理的な判断なのでしょう。


(つづく)

(比留間直和)