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文字@デジタル

「改定常用漢字表」解剖 7

比留間 直和

 しばらく「現行常用漢字と字体が異なる追加漢字」の話を続けてきました。ここらでちょっと一休みして、別のことをとりあげてみたいと思います。

 常用漢字表の「並び順」です。

 現行常用漢字表も今回の改定常用漢字表も、漢字の並び順については、

  字種は字音によって五十音順に並べた。同音の場合はおおむね字画の少ないものを先にした。字音を取り上げていないものは字訓によった。

 としています。

 複数の音訓が掲げられている字は、先頭の音訓によって並べ、字訓(訓読み)だけのものは同じ読みの字音(音読み)よりもあとに掲げています。同じ字音どうし、または同じ字訓どうしの場合は、「おおむね」画数順に並べているわけです。

 「おおむね」というのがひっかかりますね。そう思ってよく見ると、「同じ読みどうしのなかで画数順になっていない」ものがありました。しかも今回追加された文字です。

 
■挿入位置がちがった?
 

 今回の改定常用漢字表に追加された196字のひとつに、「怨」という字があります。掲げられている音訓は「エン、オン」で、並び順の決定には先頭の読みである「エン」が使われます。

 本表を見ると「怨」は、下のように「宴 エン」と「媛 エン」の間に挟まれています。画数をご覧ください。

 画数を数えると「宴」は10画であるのに対し、その後ろに並んでいる「怨」は、どう数えてみても9画です。その後ろの「媛」は12画ですから、素直に並べれば「宴 怨 媛」ではなく「怨 宴 媛」になるはずなのですが、どうやら「宴」と「怨」が逆になってしまったようです。

 しかし先に述べたように、この表では、同じ読みどうしのときの画数順は「おおむね」という位置づけであり、必ずそうだと保証しているわけではありません。それに「宴」も「怨」も、それぞれが何画なのか迷う余地はまずないので、改定常用漢字表にどのように並んでいても、辞書編集者や教育関係者が混乱する心配はないと思われます。
 
        ◇
 
 一方で、ややこしい問題につながるかもしれないものもあります。下は「コ」と読む字が並んだところの一部分です。

 「固 孤 弧 股 虎 故」という並び順になっていますが、ポイントは《「孤」と「弧」が何画なのか》です。

 周りを先に数えましょう。「固」は8画。新規追加の「股」「虎」も明らかに8画ですから、間に挟まれた「孤」と「弧」も8画だと思うのが自然です。
 では、「孤」と「弧」の画数を数えてみてください。

 あれ? 9画?

 そう思った人が多いのではないでしょうか。へんの「子」と「弓」は、いずれも3画です。
 事情を複雑にしているのが、つくりの「瓜」(うり)です。

 
■辞書によって画数が異なる
 

 「瓜」という字の画数を聞くと、多くの人は「6画」と答えますが、康熙字典や多くの漢和辞典では伝統的に「5画」と扱われてきました。「瓜」は康熙字典で214ある部首のひとつですが、5画のところに並んでいます。内側の部分をカタカナの「ム」のように2画で書くことで、全体が5画になるのです。日本の漢和辞典類も多くは康熙字典の部首をおおむね踏襲しており、ふつう5画の部首と扱っています。

 しかし実際に使われてきた活字は、戦前から、6画に見える「」が主流でした。明朝体活字では、「比」の左下の部分のように折れ曲がる場合、あたかも別画のように、横画の始点をより左側に置くことがあります(比という字は4画です。念のため)。活字独特のデザインであり、「瓜」の内側下の「」の部分もその一種であると解釈することも可能です。

 ただし漢和辞典には、「瓜」が5画に見えるようにわざわざ内側を「ム」にした「」(または左側のでっぱりがほとんどない「」のような形)を掲げるものが少なくありません。
 
 
 その後、2000年に国語審議会(当時)が答申した「表外漢字字体表」では、6画に見える「」が印刷標準字体として示されました。実際に使われている印刷文字と同じ形にしたわけです。ほかに「狐」と「瓢」も、つくりが同様の形になったものが印刷標準字体として掲げられました。

 しかし表外漢字字体表は個々の字の画数は示していません。そのため、同字体表以降に出版された、比較的新しい漢和辞典類を見ても、

 (1)印刷標準字体の「」だけを掲げ、これを「5画」とするもの

    ……… 例:「新漢語林」

 (2)印刷標準字体の「」を主としつつ、別字体として「」も併記し、前者を6画、後者を5画とするもの

    ……… 例:「全訳漢辞海 第2版」「学研新漢和大字典」「新潮日本語漢字辞典」など

 ―― のように、対応が分かれています。
 
 
 では常用漢字の「孤」「弧」は何画でしょうか。

 多くの辞書は、「孤」「弧」のつくりを6画としています。内側の部分はカタカナの「ム」ではなく「タテ、ヨコ、チョン」と3画に書くのだ、という解釈です。そのうえで、つくりが「」になった字体も「旧字体」と称して掲げていることが多く、その場合つくりは5画とされます。「旧字体はつくりが5画だったが、新字体で6画になった」ということにしているわけです。

 一方、例えば上に挙げた「新漢語林」は、表外漢字の「」だけでなく、常用漢字の「孤」や「弧」のつくりも5画で数えています。戦前から戦後にかけて実際の活字の形が変わったわけではないことから、無理やり新字体と旧字体を分けることをせず、かつ伝統的な画数を掲げたものと思われます。

 このように、常用漢字であっても、辞書によって画数が異なっているわけです。
 
 
 こうした揺れが起こる理由のひとつとして、国が画数を明確に示してこなかったということがあります。

 義務教育で教わる「学年別漢字配当表」に掲げられた字(いわゆる学習漢字=現在は1006字)は、手書きに準拠した「教科書体」と呼ばれる書体で示されています。また、最初の配当表に入っていた881字は、文部省編「筆順指導の手びき」(1958年)で筆順が掲げられました。こうしたことから、学習漢字については画数の解釈で悩むことはふつうありません。

 しかし「孤」や「弧」は学習漢字に入っておらず、常用漢字でありながら画数の解釈に揺れがあります。画数がひとつに定まらない常用漢字はほかにもあり、こうした字の存在が、以前から常用漢字表に「おおむね」画数順と書かれていたことの背景にあると思われます。

 
■「こっそり修正」のすすめ
 

 これを踏まえて新旧の常用漢字表を見てみるとどうでしょう。

 現行の常用漢字表では、下のように、「孤」「弧」の直前は8画の「固」、直後は9画の「故」です。これだと「孤」「弧」の画数が8画であっても9画であっても、並び順としては問題ありません。

 しかし今回の改定常用漢字表では、「孤」「弧」のあとに8画の「股」「虎」が追加されました。こうなると、文化審議会や文化庁の意図にかかわらず、《常用漢字表は「孤」と「弧」を8画と決めたのか?》と読まれる可能性が出てきます。どちらかといえば9画(つくりの瓜は6画)という解釈が多数派になっているなかで、新たな波紋が広がるかもしれません。

 「おおむね」とちゃんと断っているのだから、深読みするほうが悪いのだ、と開き直ることもできるでしょう。しかしもともと画数の解釈に揺れがあることが分かっている字であり、しかも従来の並び順が「絶妙」だったことを考えると、その「絶妙」の配置を壊さないほうがよいのではないか?と筆者個人は思います。画数をごまかすのはよくない、という考え方もあるでしょうが、国が主体的に画数を決めるなら、並び順などではなく一つ一つ数字ではっきり示すべきです。

 画数の問題に深入りしない、という従来の常用漢字表のスタンスを踏襲するならば、「股」「虎」の挿入位置を「孤」「弧」のまえに移して「固     故」とすれば、「孤」「弧」が「8画と9画の境目」にある状態が維持されます(「読みも画数も同じときに並び順をどう決めるか」は、現行常用漢字表にも今回の答申にも明記されていません)。

 今後、改定常用漢字表が正式に内閣告示される際に、最初に紹介した「怨」の位置とともに、こっそり修正する、というのはいかがでしょうか。

 

 ※この並び順の修正「提案」の結末は、文字@デジタル「新常用漢字表『前書き』を読む」(2010年12月13日付)の末尾に。

 

(つづく)

(比留間直和)