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「改定常用漢字表」解剖 9

比留間 直和

 前回まで、改定常用漢字表の「並び順」の話題を2回続けましたが、再び「現行常用漢字と字体方針が異なる追加漢字」に戻ります。

 「進捗」のチョクです。

 現行常用漢字の「歩、渉、頻」に含まれる「歩」は「止+少」ですが、今回追加される「捗」のつくりは右下の点がありません。この1画少ない「」が「歩」の旧字体(康熙字典体)。「渉」や「頻」の旧字体も同様です。「旧字体より新字体のほうが画数が多い」という、ふつうとは逆のパターンです。「止まるのが少ないから歩くという字」なのではなく、「」の上半分と下半分は左右の足あとの象形に由来します。

 このうち「頻」は、当用漢字には無く1981年の常用漢字表で加わったもので、この時は先輩格の「歩、渉」に合わせて「1画多い」新字体で入りました。しかし今回の「捗」は、表外漢字字体表と同じ康熙字典体で常用漢字入りします。

 JIS漢字の「捗」は、以前はつくりが1画多い字体でしたが、2004年改正後は1画少ない康熙体。Windows だと Vista 以降で、康熙体つまり今回追加される字体になっています。この「歩」の新旧字体差は、改定常用漢字表では「明朝体のデザイン差」と認められていません。
 
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 JIS改正前の「1画多い」字体は、戦後新たに作り出されたものかと思いきや、そうではありませんでした。下の画像をご覧下さい。

         

 左は 1886(明治19)年1月16日の朝日新聞(大阪)、右は1897(明治31)年1月28日の東京朝日新聞ですが、「捗」はいずれも1画多い字体になっています。明治期の朝日新聞を見たところ、この字体の方が多く使われていました。一方「歩」「渉」などは、目に付いた限りではちゃんと?旧字体です。

 「歩」は、手書きでは古くからこの1画多い形で書かれてきました。近代の活字は基本的に康熙字典を参照して作られたため、康熙字典が掲げる「1画少ない」形で設計されたのですが、「捗」はやや例外的に、手書き字形の影響を受けた「1画多い」活字もある程度使われていたようです。

 明治から終戦直後までの活字字体を集めた資料「明朝体活字字形一覧」(文化庁、1999年)には23種の活字見本帳が収録されていますが、「捗」の字を備えた19種の見本帳のうち4種が「1画多い」字体でした。「歩」「渉」「頻」の場合、1画多い字体は見本帳23種のうち0~1種。なぜ「捗」に限って割合が高くなるのかはよくわかりませんが、ともかく朝日新聞に限った話でないことは確かです。
 
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 ところで上の画像を見て、字体よりもむしろ「進捗」の振り仮名が気になったのではないでしょうか。「しんちょく」でなく「しんせふ(しんしょう)」となっています。

 実は明治の終わりごろまで、紙面に出てくる「進捗」の振り仮名はほとんどすべて「しんせふ」でした。形の似た「渉」(旧仮名遣いでは「せふ」)と読みを混同したものと思われます。

 中には、見出しが「しんちょく」なのに本文が「しんせふ」となっている記事もありました(1910〈明治43〉年4月8日東京朝日新聞)。漢字と振り仮名(ルビ)が一体化した「ルビ付き活字」と思われますが、見出し用の活字と本文用の活字とで異なる振り仮名がくっついていたようです。気にせず使うおおらかさにちょっと驚きます。なお、この記事の「捗」は1画少ない康熙体になっています。

  

 
 
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 「デキ、おぼれる」です。現行常用漢字の「弱」は手書きの形に合わせた新字体なのに対し、追加される「溺」は、表外漢字字体表と同じ康熙字典体です。

 「溺」は、JIS2004で新字体から康熙字典体に変更されています。この字体差は、改定常用漢字表の「デザイン差」には入っていません。

 現行常用漢字では「弱」のほか、「羽、扇、翻」も「羽/羽」という新旧字体差がありますが、「羽/羽」を含むものは今回の追加196字にはありません。
 
 
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 「補塡」「充塡」のテンです。現行常用漢字に入っている「真、慎、鎮」はいずれも「眞→真」と新字体になっていますが、今回追加される「塡」は表外漢字字体表で示されたのと同じ、康熙字典体です。

 この「塡」はJIS漢字では第3水準に属する文字です。近頃のパソコンではさほど問題なく打ち出せますが、携帯電話など第1・第2水準のみ搭載した機器では入力・表示ができません。パソコンでも、第1・第2水準以外の字を電子メールで使うとまだ問題が起こりうる、と専門家は指摘しています。そのため、情報機器ではまだしばらくは第1水準にある略字体の「填」が多用されそうです(シリーズ第2回参照)。

 このような字の場合、外部から提供されたデータのなかで第1水準の「填」(略字体)が使われていても、そのデータを作成した人が略字体を積極的に選択したとは限りません。第3水準の「塡」が使えない環境だった可能性や、互換性への配慮という消極的理由で第3水準を避けた可能性があるためです。
 
 
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 現行常用漢字の「者、煮、暑、署、緒、諸、著、都」はいずれも点のない新字体。古くから手書きでは点を付けずに書かれてきたのを反映したものですが、今回追加される「賭、箸」は表外漢字字体表どおり、点付きの康熙字典体です。

 2字とも、JIS2004で「点無し」から「点付き」に字体変更されました。この字体差は、改定常用漢字表のデザイン差に入っていません。

 当用漢字字体表のとき、国語審議会の安藤正次主査委員長は総会における報告で、

 こういう同類の他字との識別の要素でもない微細な部分のことは、みすごされがちです。したがって、この点の有無は、型式のなりたちの上に重きをなさなくなっております。これを見分け、書きわけさせる要はありますまい。

 と、「者」の点を外した理由を述べています(1948年6月1日第14回国語審総会)。しかし今回は、「他字との識別」のためではありませんが、追加漢字には点が付きました。
  
 
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 「ほお」です。現行常用漢字の「峡、狭、挟」は、旧字体ではつくりが「夾」ですが、手書き字形を取り入れた新字体になっています。このうち「挟」は、当用漢字には無く1981年の常用漢字表で新たに加わった字ですが、「峡、狭」に合わせて新字体が採用されました。これに対し、今回追加される「頰」は表外漢字字体表に示された康熙字典体で、左半分が「夾」のままです。

 先ほどの「塡」と同じくJIS第3水準に属するので、携帯電話などでは入力・表示ができないといった問題があります。しばらくは第1水準にある略字体の「頬」が多用されると思われます。(シリーズ第2回参照)


 
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 「かご」です。「ロウ」「こもる」とも読みます。

 現行常用漢字では「竜」と「滝」がそれぞれ旧字体の「龍」「瀧」から簡略化されている一方、「襲」はもとの形のままなので、追加漢字の「籠」が「現行常用漢字と字体方針が違う」とは言い切れません。ただ、略字体の「篭」もJIS第1水準にあり、世の中で実際に使われているので、こちらを採ることも選択肢として全く無いわけではなかったと思います。しかし改定常用漢字表はやはり表外漢字字体表を踏襲して康熙字典体の「籠」を採用しました。略字体の「篭」は、デザイン差にも入っていません。

 ちなみに表外漢字に略字を使っていた時代の朝日新聞は、この字については略字を採らず、原則として康熙体の「籠」を使っていました。
 
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 「籠」の略字体「篭」は、当用漢字以前の国語施策に登場していました。シリーズ第6回で紹介した1942年の国語審議会答申「標準漢字表」で、準常用漢字の「籠」の後ろに括弧付きで「篭」が添えられています。本則ではなく許容の簡易字体という位置づけです。

 

 これより前、1923(大正12)年と1931(昭和6)年の2回にわたり臨時国語調査会が発表した「常用漢字表」には、「籠/篭」はどちらの字体も入りませんでしたが、「竜」と「滝」は簡易字体を本則とする形で掲げられました。

 「篭」が許容として入った「標準漢字表」では、「竜、滝」も許容の簡易字体としてそれぞれ「龍、瀧」の後ろに括弧つきで示されました。一方、「襲、聾、朧」は康熙体だけが掲げられ、簡易字体は示されませんでした。この時期の漢字表も、「龍」を一部分に含んでいても漢字によって「略したり略さなかったり」だったわけです。
 
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 「籠/篭」でもう一つ触れておきたいのが、JIS漢字で過去に「第1水準と第2水準の入れ替え」が行われたということです。

 1978年に制定されたJIS漢字は、5年後の1983年に最初の改正が行われました。この改正では、多くの表外漢字が略字体に変えられたほか、それまで第1水準に康熙体、第2水準に略字体があった漢字22組について、第1水準と第2水準の字体の入れ替えが行われました。「籠/篭」も78年の規格では「第1水準=籠、第2水準=篭」だったのが、83年改正で「第1水準=篭、第2水準=籠」というふうに入れ替えられました。
 

  

 
 この入れ替えのせいで、78JIS準拠の機器で入力したデータを83JIS準拠の機器で開くと、例えば「籠」と「篭」の見え方がちょうど逆になる、という現象が起きました。78JISのマシンで「篭は籠の略字だ」という文を入力しても、そのデータは83JIS以降のマシンでは「籠は篭の略字だ」と見えてしまうのです。入れ替えが行われた字体ペアには「籠/篭」のほか、「鰺/鯵」「鶯/鴬」「諫/諌」「壺/壷」「濤/涛」「檜/桧」「藪/薮」「頸/頚」などがあります。

 83年改正から20年近くたつ今では、個人のパソコンでこの問題に直面することはめったにありません。

 しかし、企業や役所で使われる専用システムなどでは78JISの存在は大きく、いまだにその影をひきずっていることがあります。そのようなシステムやデータを取り扱う際は、「22組の入れ替え」を含む83年改正がそこでどう扱われているか確認しないと、データの解釈や処理で失敗する恐れがあります。

 「22組の入れ替え」が行われたとき、その対象となったのは表外漢字ばかりでしたが、今回この「籠」が22組44字の中で初めて常用漢字入りします。「JIS第1・第2水準以外の字」とか「2004年改正で字体が変わったもの」などとは別の意味で、ちょっとばかり要注意の追加漢字です。

(つづく)

(比留間直和)