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「改定常用漢字表」解剖 10

比留間 直和

 改定常用漢字表のうち「現行常用漢字と字体方針の異なる追加漢字」を都合5回にわたって紹介してきましたが、いよいよ残るは「しんにょう」と「しょくへん」です。

 ※答申では「しんにゅう」と表記していますが、ここでは現在一般的な「しんにょう」を使います。
 

 
 196の追加漢字のうち、しんにょうを含むのは3字、しょくへんは2字ありますが、いずれも従来の常用漢字とは異なる「2点しんにょう」や「康熙字典体のしょくへん」が通用字体(標準の字体)として掲げられています。2000年の国語審議会答申「表外漢字字体表」に示された印刷標準字体と同じ形です。

 一方で、しんにょうとしょくへんは従来の常用漢字型の字体も「許容字体」と位置づけられました。

 答申の「表の見方」には、次のような説明があります。
 

 
 そして漢字表の本体ではそれぞれ、

     

   

 

 という具合に、通用字体の後ろに角括弧つきで許容字体が添えられました。

 JIS漢字の例示字体は、5字とも、2004年の改正で角括弧内の許容字体から括弧の外の字体に変更されました。つまり、改正前のJIS漢字に準拠した機器(Windows XP や携帯電話など)だと許容字体が表示され、改正後のJISに対応した機器(Windows Vista以降など)だと今回追加される標準の字体が出てくるわけです。

 5字のうち最後の「餅」についていうと、康熙字典が正字体として示すのは右半分も旧字体の「餠」なのですが、明治以来実際に使われてきた活字はつくりが「并」の字体であることから、表外漢字字体表ではその形を印刷標準字体と定め、今回もそれが踏襲されました。
 
 
         ◇
 
 
 「許容字体」という枠組みも、「表外漢字字体表」を受け継いだものです。

 表外漢字字体表は、「しんにょう/しめすへん/しょくへん」のいわゆる「3部首」について、康熙字典体の「」を印刷標準字体としたうえで、

 現に印刷文字として「」の字形を用いている場合においては、これを印刷標準字体の字形に変更することを求めるものではない。これを「3部首許容」と呼ぶ。

 としています。(改定常用漢字表が「2部首」なのは、たまたま追加漢字に「しめすへん」が無かったためです)
 
 
 表外漢字字体表の「3部首許容」は、新聞業界の申し入れが受け入れられたものでした。

 表外漢字字体表の前段、1998年6月に第21期国語審が発表した「表外漢字字体表試案」には「3部首許容」の規定はなく、一部の特定の字に限って1点しんにょう、ネへんの字体が「簡易慣用字体」として認められていました。具体的には、しんにょうは「遡」「辻」の2字、しめすへんは「祇」「祀」の2字(つくりも略体の「祷」「祢」を加えると4字)でした。

 この試案を受け、日本新聞協会は国語審議会に対し、「しんにょう」「しめすへん」「しょくへん」の3部首について常用漢字型の字体を一括で許容するよう求めました。当時、大手新聞社の表外漢字字体は「朝日・日経・産経=略字中心」「読売・毎日=康熙体中心」と分かれていましたが、読売・毎日も3部首は基本的に常用漢字型であり、3部首については大手各社の足並みがそろっていたという事情がありました。

 22期国語審はこの申し入れを受け入れ、2000年の最終答申には3部首許容が盛り込まれたのでした。

 なお、朝日新聞は2007年1月に表外漢字字体表の趣旨に沿って大幅な字体変更を行い、3部首についても「辻」を除いて印刷標準字体に変えています。略字主義だった他の社もそれぞれ字体を変え、現在、大手各社で方針が違うのは3部首くらい。「朝日・産経=3部首も原則康熙体」「読売・毎日・日経=3部首は原則新字体」となっています。

 
        ◇
 
 
 今日、ふだん見かける活字の字体が1点しんにょう(1点で揺すらない形)になっているのは、1949年の当用漢字字体表にその形が示されたためです。それ以前の活字では、康熙字典にならった2点しんにょう(2点で揺すらない形)が広く使われていました。

 しかし、手書きではだいぶ昔から「1点で揺する形」が主流でした。しんにょうはもともと「」(チャク)という字で、古代の篆書ではまさにのような形でしたが、隷書で「2点で揺すらない」または「3点+最後の右払い」のような形となり、楷書では唐代以来ほぼ一貫して「1点で揺する形」で書かれてきました。康熙字典の掲げる「」は、楷書の伝統とは異なる形なのです。

 しんにょうの形について、戦後の国語政策に深くかかわったことで知られる故・林大(はやし・おおき)氏=元国立国語研究所長=は、「当用漢字字体表の問題点」(文部省 国語シリーズ53/1963年)のなかで、

 旧活字体の「」は、康熙字典などで4画に数えている。それに合わせてみると、楷書の第2筆のゆすった部分は、旧活字の第2、3画にあたり、その結合した形と考えられる。

 と述べています。つまり、私たちが学校で習い、ふだん書いている「1点で揺するしんにょう」は、もともとは活字の「2点しんにょう」と同じものを表しており、二つ目の点と直後の画をつなげて書いた形なのだ、ということです。これを図に示すと下のような具合です。
 

 
 ぐにゃぐにゃっと書くことにはちゃんと意味があったわけです。

 しかし戦後、明朝体などの活字は「1点で揺すらない形」になりました。一方、小学校の教科書に使われる「教科書体」は1958年の文部省局長通達で統一が指示されましたが、しんにょうは伝統的な楷書体である「1点で揺すった形」のままとなり、この形で筆写の指導が行われました。その結果、活字と手書きの関係は一般に下の図のように理解されるようになりました。
 
 

 
 
 しかしこれは当用漢字字体表の策定意図とズレがあったのかもしれません。

 林氏は前出の文章のなかで、

 かように、従来の形(手書きの1点で揺するしんにょうのこと=引用者注)が、見た目には相当に活字の形と異なりながら、対応づけられるとするならば、むしろ活字体のほうを旧のまま2点にしておいてもよかったかも知れない。

 と記しています。 

 結局、「印刷字体と筆写字体をできるだけ一致させる」(当用漢字字体表まえがき)という理念とは異なる結果になっており、それだったら以前のまま「活字は2点で揺すらない形、手書きは1点で揺する形」にしておいたほうがよかった――そんな林氏の心情の吐露?は、さらに複雑化した現在の状況を考えると「まったくその通りだった」と思わずにはいられません。活字字体をいじったせいで「しんにょうの点の数」に目がいき、文字の運用上はもともと区別など無かった「1点しんにょう」「2点しんにょう」の違いに振り回されるケースが増えてきました。(「誰々の名前の字は2点(1点)しんにょうだ」などというのもその一例です。この場合原因は主に戸籍行政にあると思いますが)
 
 
         ◇
 
 
 表外漢字字体表は、明朝体活字で伝統的に用いられてきた「2点で揺すらない形」を印刷標準字体としましたが、「印刷文字字形(明朝体字形)と筆写の楷書字形との関係」のくだりでは、楷書字形に「1点で揺する形」だけを掲げました。

 今回の改定常用漢字表でもこれと同様、「明朝体と筆写の楷書との関係について」の中で、明朝体が1点でも2点でも筆写の楷書では「1点で揺する形」であることが示されました。

 
 さらに今回の答申には、
 

 
 という、かなり踏み込んだ記述まであります。

 「じゃあ当用漢字や常用漢字で活字を1点にしたのは何だったのか」と戸惑い、あるいは腹を立てる人もいるでしょう。まことにもっともですが、それはともかく「活字設計と手書きは別次元であり、連動しないこともある」という認識が広く共有されれば、しんにょうに限らず、微細な字体差にこだわる傾向に少しでも歯止めがかかるのではないか、とも思います。

 しかし、この答申の文言が学校教育の現場で果たしてどのように受け止められるでしょうか。

(つづく)

(比留間直和)