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文字@デジタル

「改定常用漢字表」解剖 11

比留間 直和

 前回まで、現行常用漢字と字体方針が異なる追加漢字について述べてきましたが、逆に「康熙字典体ではなく、現行常用漢字と同様の新字体になっている追加漢字」を挙げてみたいと思います。

 シリーズ第3回で「媛、采、拳、藤」が「爪・ハ」型でなく新字体の「ノツ・ソ」型であること、シリーズ第5回で「藤」が「ふなづき」でなくふつうの「月」であることに触れましたが、これ以外にも新字体で入るものがあります。
 
 
 
 
 「エン、つや」です。

 この通用字体に対して「いわゆる康熙字典体」とされるのは、左半分が「豐」(豊の旧字体)になっている「艷」。1951(昭和26)年に人名用漢字92字が制定されたときに、新字体の「艶」が採用されました。もともと人名用漢字は「常用漢字(以前は当用漢字)のほかに子どもの名付けに使える漢字」として定められており、本来は一般的な字体基準ではなかったのですが、次第に一般的な用途においても字体の基準と扱われるようになり、2000年の「表外漢字字体表」でそのことが国語審議会によって“認知”されました。今回、新字体の「艶」で常用漢字入りが決まったのも、その流れを受けたものです。

 新字体の「艶」は、人名用漢字に入るときに作り出されたのではなく、活字字体としてもかなり前から使われていました。明治から終戦直後までの主な活字字体を集めた「明朝体活字字形一覧」(1999年、文化庁)に掲載されている23種の活字見本帳のうち、16種で新字体の「艶」になっています。

 康熙字典を見ると「艶」も「艷」も載っていますが、規範的な字体とされているのは。ほかにも“に同じ”として掲げられています(諸橋大漢和はを主としています)。しかし「色が豊か」の「艶/艷」のほうが、ずっと「つや」っぽい字です。
 
 
 明治・大正期の朝日新聞でも新字体の「艶」が目につきます。

  

 左から1909(明治42)年12月5日、1911(明治44)年3月16日、1912(大正元)年10月25日の紙面の見出しです。
 左端の見出しは、これだけではまるで意味不明ですが、《ある男が「芸者や遊女から恋文をもらってその紙を張り合わせて食卓を作り、朝晩その上で飯を食ってみたい」との望みを抱いて遊郭へせっせと通ったが金がなくなり、ついに窃盗に及んだ》という、トホホな事件記事です。(いずれの記事も個人名が出てくるので、ここでは本文の引用は控えました)
 
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 「艶」の旧字が「艷」であるのに対し、「禮」(礼の旧字)や「體」(体の旧字)はつくりが「豐」でなく「豊」です。これは、「禮」や「體」のつくりが「艶」の左側と違い、「豐=ホウ」ではないためです。

 もともと「豊」と「豐」は別字で、「豊」はレイと読み「たかつき」(儀式に用いる器)を表します。しかし「豐」の省略形として古くから使われてきたことから、1923年と1931年に臨時国語調査会が発表した「常用漢字表」や、1942年の国語審答申「標準漢字表」でも「豐」の簡易字体として「豊」が採用されました。現在、単独の文字として「豊=レイ」が使われることはまずありませんが、「禮」、「體」、「醴」(レイ)などの音符として目にします。
 
 
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 「鎌倉時代」や「鎌倉幕府」で小学校のうちからなじんでいる字なので、これが今まで常用漢字でなかったと聞いて驚く人も多いことでしょう。(そういえば奈良時代の「奈」も今回の追加漢字です)

 康熙字典体は「」ですが、1951年に新字体の「鎌」で人名用漢字入りし、それ以来この字体が広く使われてきました。「兼」を一部分に含む現行常用漢字には「嫌、謙、廉」があり、新旧のパターンが共通しています。ただし単独字の「兼」は、康熙字典に載っているのは上が「八」の形の字体です。

    

 「鎌」も、明治期から新字体の活字が使われていました。康熙字典体の「」のほか、つくりの上部が「八」になっている字体、さらに新字体の「鎌」と、3種類の字体が存在していました。戦前の朝日新聞でも、康熙字典体と新字体が混在しています。左は1913(大正2)年1月3日、右は同年7月29日の紙面に出た見出しです。

     

 
 
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 シリーズ第1回でも触れましたが、この3字は表外漢字字体表の「簡易慣用字体」が採用されました。印刷標準字体はそれぞれ「曾」「瘦」「麵」。この3字と構成要素が共通する常用漢字には、以下のようなものがあります。

 
 
 今回、追加漢字のなかで表外漢字字体表に簡易慣用字体が示されたのはこの3字だけで、

  簡易慣用字体があるもの→簡易慣用字体で追加
  簡易慣用字体が無いもの→印刷標準字体で追加

 という具合になっています。

 簡易慣用字体を採用した理由について答申は、

 「表外漢字字体表」の「簡易慣用字体」を採用するものは、頻度数に優先して、生活漢字としての側面を重視したことによる。

 としています。「生活漢字」というのはやや唐突な説明ですが、この3字についていえば、書籍ではなく日常生活での接触・使用が多い字体を選んだものと理解できます。実際、店頭や雑誌、ポスターなどでは「痩」「麺」のほうを多く目にしているのではないでしょうか。

 「痩、麺」には、文字コード上の特徴もあります。もし印刷標準字体の「瘦、麵」が今回採用されていたら、これはJIS第1・第2水準でなく第3水準に属するため、「塡」などのように《そのままメールで送るのは危険》というケースになるところでした。10年前に簡易慣用字体とされたことが、今回、文字コード上の面倒を少なくすることにつながったわけです。(JIS第3水準に属する追加漢字については、シリーズ第2回をご覧下さい)
 
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 朝日新聞は2007年1月、それまでの略字主義をやめ表外漢字字体表に準拠した字体に変更しましたが、「曾/曽」については一般の使用実態を勘案し、それまで通り「曽」を基本とすることとしました。そのため、今回常用漢字が改定されても「曽」の字体はそのままです。

 これに対し「瘦/痩」「麵/麺」は、かつては略字の「痩、麺」を使っていましたが、07年以降、原則として印刷標準字体の「瘦、麵」を使うことにしました(とはいえ、特に「麺」は固有名詞的な使われ方も多く、両方の字体が同じくらい紙面に登場しています)。改定常用漢字表が正式に内閣告示された段階で、以前の「痩、麺」に戻すことになりそうです。

  
(つづく)

(比留間直和)