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ルイかタグイか ― 常用漢字改定と送り仮名3

比留間 直和

 新しく常用漢字表に入った音訓で、送り仮名に迷いそうなもののひとつに、「類」に追加された訓「たぐい」があります。「たぐいまれな」とか「トラやライオンのたぐい」というときの「たぐい」です。

 手元のパソコンの Microsoft Office IME 2010 で変換してみたのがこちらです。漢字は「類」と「比」、それぞれ送り仮名付きと送り仮名無しの表記が候補に出てきます。

     

 これまでの常用漢字表では、「類」「比」いずれにも「たぐい」という訓は掲げられておらず、「類」は音読みの「ルイ」だけ、「比」は音読み「ヒ」と訓読み「くらべる」だけでした。そのため新聞などでは、原則として「たぐい」は仮名で書くようにしてきました。

 しかし昨年の改定で「類」に「たぐい」が追加されたため、新聞各社とも漢字表記を導入しています。

 では「たぐい」の表記は、「類」と「類い」のどちらになったのでしょうか。
 
 
 
■たぐいまれ?なる曲折
 
 
 下の画像は、文化審議会国語分科会が常用漢字表の改定作業を進めるなかで、2009年1月16日の漢字小委員会でとりまとめ、3~4月の最初のパブリックコメント向けに公表した「『新常用漢字表(仮称)』に関する試案」、いわゆる1次試案です。(画像の赤い矢印は筆者が付けたものです)

     

 ご覧のように「類」の読みは「ルイ」だけ。この時点では「たぐい」という読みを追加することになっていませんでした。

 続いて2009年11~12月に行われた2回目のパブリックコメント用に出された「『改定常用漢字表』に関する試案」、いわゆる2次試案です。

     

 この2次試案では、1次試案から字種・音訓にいくつかの出し入れが行われ、その一つとして「類」に「たぐい」が追加されることになったのですが、上の画像の通り、送り仮名無しの「類」で「たぐい」と読ませることになっていました。

 第2回パブリックコメントのあと、寄せられた意見の内容一覧が2010年1月29日の漢字小委員会に提出されました。その中には「たぐい」追加への反対意見が2件あり、「児童生徒への学習負担に配慮。仮名書きでいい」とするもの、「『類』の読み方が『ルイ』か『たぐい』か判別できない」とするものでしたが、漢字小委の場ではこれについて特段の議論はありませんでした。

 「たぐい」の表記にその後変更があるとは、少なくとも筆者はこのとき予想していませんでした。
 
         ◇

拡大昨年4月13日の会議に提出された資料
 その2回あとの漢字小委(4月13日)で、「たぐい」の表記を「類」から「類い」に変更することが提案されました。漢字小委メンバーのうちの少数の専門家が参加するワーキンググループでまとめられた修正点のひとつでした。

 事務局からの説明によれば、送り仮名が無いと「ルイ」か「たぐい」か区別が難しいこと、「たぐい」は「たぐう」という動詞に由来すること――がその理由でした。パブリックコメント以外でも、そうした指摘が外部から寄せられたのだそうです。

 この修正提案はそのまま了承され、昨年6月の文化審答申でも、同11月の内閣告示でも、「たぐい」の語例の欄には「類い」と送り仮名つきの表記が示されることになったのでした。

 

     

     

  
 
 上述のように、「たぐい」はもともと「たぐう(類ふ、比ふ)」という四段(五段)活用の動詞に由来します。「たぐう」とは「並ぶ、匹敵する」といった意味で、そのため、並ぶもの、匹敵するものを「たぐい」と呼ぶわけです。

 しかし「たぐう」という動詞は現代語ではめったに使われません。「比較する」という意味の「たぐえる(類える、比える)」=下一段活用=もありますが、やはり日常的な言葉とは言えないでしょう。

 動詞由来であっても、その意識があまり残っていない名詞の場合、送り仮名は付けないのがふつうです(下に示す「送り仮名の付け方」通則4の例外)。「ルイと区別しづらい」という事情が無かったら、おそらく2次試案の「送り仮名無し」のまま、答申、そして内閣告示に至ったのではないかと思われます。
 
 
 
■辞書の表記もさまざま
 
 
 これまで辞書ではどうだったのでしょうか。手元にある、常用漢字表改定よりも前に出された国語辞典のうち比較的新しいものを選んで引いて見ると、「たぐい」の表記はこんな具合でした。

  広辞苑 第6版 =【類・比】
  大辞林 第3版 =【類い・比い】
  明鏡国語辞典 初版 =【類い・比い】
  新明解国語辞典 第6版 =【類(い)】
  岩波国語辞典 第7版 =【類(い)】
  三省堂国語辞典 第6版 =【類い】
  現代国語例解辞典 第4版 =【類い・比い】
  学研現代新国語辞典 改訂第4版 =【類・比】
  旺文社国語辞典 第10版 =【類・比】

 広辞苑のようにもともと「送り仮名はなるべく省く」という方針で知られている辞書もありますが、それにしても送り仮名の示し方はこのようにさまざまでした。

 なお、昨年の内閣告示後に出た新しい国語辞典は、国が示すとおり「類い」と送り仮名付きで載せているはず……と思ったのですが、小学館「新選国語辞典 第9版」は、「常用漢字表(2011年11月告示)完全準拠」をうたっているにもかかわらず、送り仮名無しの【類・比】のままになっています。(ポリシーがあるのか、それとも修正が間に合わなかったのでしょうか?)
  
 
 
■「類い」はどの通則?
 
 
 前回紹介したように、常用漢字表の改定にあわせて「送り仮名の付け方」(1973年内閣告示)の一部改正が行われましたが、「類い」という語に直接関係する改正(削除や挿入)はありませんでした。

 ではこの「類い」は「送り仮名の付け方」のどの通則があてはまるのでしょうか。

 動詞由来とはいっても「類い」そのものは名詞です。「送り仮名の付け方」では、名詞については「通則3」と「通則4」で次のように規定されています。(今回の一部改正で挿入された字句は赤く示してあります)

 通則3
  本則 名詞(通則4を適用する語を除く。)は,送り仮名を付けない。
〔例〕 月 鳥 花 山
 男 女
 彼 何
  例外 (1) 次の語は,最後の音節を送る。
 辺 哀 勢 幾 後 傍 幸 幸  互 便 半 情 斜 独 誉 自 災
 (2) 数をかぞえる「つ」を含む名詞は,その「つ」を送る。
 〔例〕 一 二 三 幾
 通則4
  本則 活用のある語から転じた名詞及び活用のある語に「さ」,「み」,「げ」などの接尾語が付いて名詞になったものは,もとの後の送り仮名の付け方によって送る。
〔例〕
(1)活用のある語から転じたもの。
 仰 恐 薫 曇 調 届 願 晴
たり 代わり 向かい
 答 問 祭 群
 愁 憂 香 極 初
 遠
(2)「さ」,「み」,「げ」などの接尾語が付いたもの。
暑さ 大さ 正さ 確
み 重み 憎
  例外 次の語は,送り仮名を付けない。
  謡 虞 趣 氷 印  頂 帯 畳
  卸 煙 恋 志 次 隣 富 恥 話 光 舞
  折 係 掛(かかり) 組 肥 並(なみ) 巻 割
(注意) ここに掲げた「組」は,「花の組」,「赤の組」などのように使った場合の「くみ」であり,例えば,「活字の組みがゆるむ。」などとして使う場合の「くみ」を意味するものではない。「光」,「折」,「係」なども,同様に動詞の意識が残っているような使い方の場合は,この例外に該当しない。したがって,本則を適用して送り仮名を付ける。
 許容 読み間違えるおそれのない場合は,次の( )の中に示すように,送り仮名を省くことができる。
〔例〕 曇(曇) 届(届) 願(願) 晴(晴)
 当り(当り) 代り(代り) 向い(向い)
 狩(狩) 答(答) 問(問) 祭(祭) 群(群)
 憩(憩)

 「送り仮名の付け方」では「本則」と「例外」が“標準の表記”にあたります。「許容」は文字通り“標準ではないが許容される表記”なので、常用漢字表の規定との整合性を考えるうえでは考慮する必要はありません。

 上の二つの通則を要約すると、

  通則3=ふつうの名詞 → 送り仮名無しが本則(送り仮名を送るものを例外として列挙)
  通則4=活用語由来の名詞 → 送り仮名ありが本則(送り仮名を省くものを例外として列挙)

 ということになります。すなわち、名詞で送り仮名付きということは「通則3の例外」か「通則4の本則」のどちらかがその根拠になるはずです。

 活用語(動詞や形容詞など)に由来するものは通則4なのですが、よく見ると通則3の「例外」にある「勢い」や「便り」も、現代語ではふつう目にしないものの、「勢ふ」「便る」という動詞があります。つまり、活用語と関連があっても「通則3の例外」になっているものが現にあるわけです。

 では、この「類い」は通則4の本則の対象なのか、それとも通則3の例外なのか。通則4の本則ならば、「類い」をわざわざ通則4の中に例示する必要はありません。しかし通則3の例外であるならば、個別に掲げられたものだけが例外と扱われるので、一部改正によってそこに「類い」が挿入されなければなりません。一部改正の内閣告示(昨年11月30日)まで、筆者は「どっちになるのだろう?」とひそかに首をひねっていたのでした。(別にどちらでもよいのですが、社内のハンドブックの改訂作業をしていたからです)

 結局、通則3の例外に追加されたのは「全て」だけで、「類い」はどこにも入りませんでした。だとすると「類い」の送り仮名は、通則4の本則がその根拠である、と解釈するほかありません。後日、文化庁国語課にも尋ねてみましたが、同様の見解でした。

 逆に、常用漢字表の記載が2次試案のまま送り仮名無しの「類」だったら、「送り仮名の付け方」における扱いはどうなっていたでしょうか。通則4の例外(活用語由来の名詞だが送り仮名を省くもの)として、「謡(うたい)」や「趣(おもむき)」の仲間に「類」が加えられていたのか。いや、もしかしたら動詞「たぐう」のことなど誰も思い出さず、「ふつうの名詞」として通則3の本則の対象とみなされ、やはりどこにも挿入されなかったかも……
 
         ◇
 
 日常生活でこの内閣告示「送り仮名の付け方」を気にする人などいませんし、ほとんどはその存在すら知らないと思いますが、辞書づくりや新聞表記に携わる者は、こんなふうに送り仮名についてもひとつひとつ理屈を確認しています。常用漢字表に示された表記が、「送り仮名の付け方」ではどのルールにあてはまるのか。主要な国語施策どうしが整合していないと、辞書やハンドブックをつくるときに困るのです。

 新しく常用漢字表に加わった音訓には、ほかにも「送り仮名の付け方」との関係がややこしい例がありました。その話はまた次回に。

(つづく)

(比留間直和)