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その「ら」は何ゆえに ― 常用漢字改定と送り仮名5

比留間 直和

 新しい常用漢字表と「送り仮名の付け方」(1973年内閣告示)との整合性の話を続けます。

 昨年11月の「送り仮名の付け方」一部改正を受けて、筆者は「新たに常用漢字表に入った訓読みの語の送り仮名が、『送り仮名の付け方』のどのルールにあてはまるか」を一通り点検しました。その際に解釈に迷うなどしたのが前回までに取り上げた「類い」や「籠もる」なのですが、「一部改正の内容に不足があるのではないか?」と疑問符が付いたのが今回取り上げる語――「淫(みだ)ら」です。

 新しい常用漢字の一つである「淫」の音訓として採用されたのは、「イン」「みだら」の二つ。朝日新聞ではこのうち「イン」という音読みはそのまま読み仮名なしで使うことにしましたが、「みだら」という訓読みは読みやすさを考慮して引き続き「表外」扱いし、紙面では基本的に仮名書きにしています。

 常用漢字表でこの「みだら」という読みの右側の語例欄を見ると、「淫らだ」という表記が掲げられています。この語は「ら」から送るのだ、ということがここで示されているわけです。

 

 語例欄に「淫らだ」が掲げられたことに対して疑問があるわけではありません。これと異なる送り方、例えば「淫」だけで「みだら」と読ませるような例は、現代の文章ではほとんど目にしませんし、逆に余計に送った「淫だら」も見かけません。「淫ら」という送り方の定着度は非常に高く、常用漢字表に「淫」の字や「みだら」という訓を追加したことへの批判はあっても、「淫ら」という送り仮名がおかしい、と反対する人はまずいないでしょう。一般の国語辞典も軒並み「ら」を送る表記を掲げています。

 手元の「Microsoft Office IME 2010」でも、漢字表記で出てくるのは「淫ら」と「猥ら」(後者は「わいせつ」のワイで、常用漢字表には無い字です)。送り仮名についてはいずれも「ら」を送った形で、これより短いものや長いものは出てきません。
 

   

 
 つまり現代日本語ではこの送り方にはほとんど揺れがなく、迷うケースは無いといえます。

 とはいえ、国語施策の根幹である常用漢字表に記載された送り方である以上、これまた現役の国語施策である「送り仮名の付け方」で定められたルールできちんと説明がつかなくてはなりません。
 
 
 
■「淫ら」が他の語を含んでいる?
 
 
 まず、常用漢字表の語例欄にも示されたように、「みだら」は「みだらだ」という形容動詞の語幹です。形容動詞を含む「活用のある語」の送り仮名ルールは、「送り仮名の付け方」の通則1と通則2に定められています。

 これまで何度も引用しているので、一部省略して掲げます。(赤い字は今回の一部改正で挿入された字句)

 通則1
  本則 活用のある語(通則2を適用する語を除く。)は,活用語尾を送る。
 〔例〕憤 承 書 実 催
    生きる 陥れる 考える 助ける
    荒 潔 賢 濃
    主
  例外 (1) 語幹が「し」で終わる形容詞は,「し」から送る。
 〔例〕 【略】
  (2) 活用語尾の前に「か」,「やか」,「らか」を含む形容動詞は,その音節から送る。
 〔例〕 【略】
  (3) 次の語は,次に示すように送る。
 明む 味う 哀む 慈む 教る 脅す(おどかす) 脅す(おびやかす)  食う 異る 逆う 捕る 群る 和ぐ 揺
 明い 危い 危い 大い 少い 小い 冷い 平い 新だ 同だ 盛だ 平だ 懇だ 惨
 哀だ 幸だ 幸だ 巧
  許容   【略】
 (注意)   【略】
 通則2
  本則 活用語尾以外の部分に他の語を含むものは,含まれている語の送り仮名の付け方によって送る。(含まれている語を〔  〕の中に示す。)
〔例〕
(1)動詞の活用形又はそれに準ずるものを含むもの。
 動かす〔動く〕 照らす〔照る〕
 語らう〔語る〕 計らう〔計る〕 向かう〔向く〕
 浮かぶ〔浮く〕
 生まれる〔生む〕 押さえる〔押す〕 捕らえる〔捕る〕
 勇ましい〔勇む〕 輝かしい〔輝く〕 喜ばしい〔喜ぶ〕
 晴れやかだ〔晴れる〕
 及ぼす〔及ぶ〕 積もる〔積む〕 聞こえる〔聞く〕
 頼もしい〔頼む〕
 起こる〔起きる〕 落とす〔落ちる〕
 暮らす〔暮れる〕 冷やす〔冷える〕
 当たる〔当てる〕 終わる〔終える〕 変わる〔変える〕  集まる〔集める〕 定まる〔定める〕 連なる〔連ねる〕 交わる〔交える〕
 混ざる・混じる〔混ぜる〕
 恐ろしい〔恐れる〕
(2)形容詞・形容動詞の語幹を含むもの。
 んずる〔重い〕 やぐ〔若い〕
 怪しむ〔怪しい〕 悲しむ〔悲しい〕 苦しがる〔苦しい〕
 確かめる〔確かだ〕
 たい〔重い〕 らしい〔憎い〕 めかしい〔古い〕
 細かい〔細かだ〕 柔らかい〔柔らかだ〕
 らかだ〔清い〕 らかだ〔高い〕 寂しげだ〔寂しい〕
 許容   【略】
(注意)   【略】

 通則1の本則では、「活用のある語は、活用語尾を送る」と定められ、例のなかに形容動詞「主だ」が挙げられています。このルールをそのまま「みだらだ」に適用すれば、「淫らだ」ではなく「淫だ」と書くことになるはずですが、実際にはそれよりも前から送っています。

 前回の「籠もる」のときにも述べましたが、活用語尾よりも前から送る事例の根拠になりうるのは、「通則1の例外」か、「通則2の本則」です。もし前者ならば、通則1の例外(1)と(2)には「淫らだ」は当てはまらないので、例外(3)に個別に掲げられるはずですが、昨年11月の「送り仮名の付け方」一部改正で「淫らだ」はどこにも挿入されていません。つまり「淫らだ」が「通則1の例外」にあてはまると見なすことはできず、そうすると「籠もる」と同様、「通則2の本則」つまり「他の語を含むもの」にあてはまると考えるほかないのですが、「淫ら」が「他の語を含む」と言えるのでしょうか。

 主要な国語辞典を見てみると、

《広辞苑 第6版》
 みだら【淫ら・猥ら】男女間の不品行なさま。だらしがないさま。礼儀の正しくないさま。みだり。淫猥。猥褻。「―な話」

《大辞林 第3版》
 みだら【淫ら・猥ら】(名・形動)[文]ナリ〔「乱れる」「乱り」と同源〕(男女の関係が)性的に乱れていること。ふしだらである・こと(さま)。「―な行為」「―な関係」

 とあり、大辞林の“「乱れる」「乱り」と同源”という記述が目を引きます。

 では、「みだり」を引くとどうでしょうか。(いずれも用例は略します)

《広辞苑》
 みだり【乱り・妄り・濫り・猥り】(ミダル(四段)の連用形から)①筋道の立たないこと。②勝手気ままなさま。ほしいまま。

《大辞林》
 みだり【乱り・妄り・濫り・猥り】(形動)[文]ナリ〔動詞「乱る」の連用形から〕①(規制などを受けずに)勝手気ままなさま。ほしいまま。多く「みだりに」の形で用いられる。②考えの浅いさま。思慮のないさま。無分別。多く「みだりに」の形で用いられる。③「みだら」に同じ。③秩序のないさま。筋道の立たないさま。

 語源や語義から、「みだら」「みだり」「みだる(みだれる)」の間の関連性がうかがえますが、上記のように、「みだり」の漢字表記欄には「淫」は示されていません。「みだる」「みだれる」の項目を見ても、広辞苑・大辞林とも漢字表記は「乱」と「紊」だけで、「淫」はありません。

 もし「みだる(みだれる)」や「みだり」が「淫る(淫れる)」「淫り」と書かれるならば、「淫ら」が通則2の「他の語を含むもの」にあたる、と見なす余地もありそうだが……と思って、最大の国語辞典である「日本国語大辞典」第2版を見たところ、「みだる」と「みだり」のいずれも、冒頭の漢字表記欄には「淫」は掲げられていないものの、「みだる」の項目末尾の「表記」欄(古い辞書が掲げた漢字表記を列挙したもの)には「淫」の異体字が、「みだり」の末尾の「同訓異字」欄には「淫」が、それぞれ含まれていました。「みだる」や「みだり」に「淫」の字を当てる例があったのは確かなようです。

 しかし、そのレベルまでいかないと出てこないということは、現代日本語で「淫」の字が「みだる(みだれる)」や「みだり」に使われているとは言えないことを意味するものです。上に引用した通則2の書き方をみると、同じ漢字が共通して使われているということが「他の語を含むもの」の基本条件と考えられ、そうすると「淫ら」のケースがこれに当たると考えるのはどうにも無理があります。

 ここはやはり、「他の語を含むもの」とは考えずに、通則1の例外(3)に「淫らだ」を――ちょうど「平らだ」が例外(3)に入っているのと同じように――入れておくのが適切だった、と思われます。
 
 
 
■「再改正」の日は来るか
 
 
 実は、文化庁国語課も筆者の問い合わせに対し、「通則1の例外(3)に加えておくほうが、確かに分かりやすかった」と答えています。しかし、昨年11月の一部改正ではそのようにしなかったため、現状の「送り仮名の付け方」の記述に基づけば、公式には「通則2の本則」つまり「他の語を含むもの」にあてはまる、と苦しい説明をするほかないのが実情です。その際は、上述したような「みだる(みだれる)」「みだり」との関連や、日本国語大辞典の記載が「理由」とされるのでしょう。

 実際の文章を書くときに「淫ら」の送り仮名のリクツを考えたり悩んだりする人はまずいません。その意味では、国語施策のなかでどう書かれていても(書かれていなくても)国民生活に害は無いのですが、寅さん流に言えば「それをいっちゃあおしまいよ」です。

 筆者としては、次に改正する機会にぜひ……と願っていますが、常用漢字表改定のような大きな節目は当面なさそうです。果たして「次の機会」はやってくるのでしょうか。

(つづく)

(比留間直和)