文字
文字@デジタル
(2012/06/18)
新聞ではよく使うけれど、一般の情報機器にはふつう無い文字。そんな文字は、いわゆる「外字」として新聞製作システムに搭載されています。その多くは、記者が原稿を書くパソコンにも載せ、よく使うものは仮名漢字変換で簡単に打ち出せるようにしてあります。
しかし新聞の表記スタイルは昔からずっと同じではなく、時代とともに少しずつ変わっています。そのため、「外字」として搭載しているものの中には、朝日新聞ではもう使わなくなった文字も含まれています。
そのひとつが、いわゆる「年齢数字」です。
「年齢数字って、何ですか?」
「ああ、あなたが入社したころはもう数字の表記が洋数字中心になっていたから、年齢数字になじみが無いんだね」
社内で「年齢数字」と通称されている(されてきた)のは、人の年齢を表すために新聞で広く使われてきた、このような文字です。
朝日新聞では2001年4月、本文文字を拡大(今の文字と比べればまだ小さかったのですが)するのにあわせ、数字の表記を漢数字中心から洋数字(アラビア数字)中心に切り替えました。そのほうがデータとしての数字を読みとりやすい、との判断です。ほかの新聞社の多くも、1990年代後半から2000年代にかけて、洋数字中心に変わりました。
この洋数字化の一環で、年齢の表記も、縦書き・横書きを問わず「朝日太郎さん(42)」のように洋数字になりました。
今も一部の新聞社は漢数字による表記を原則としており、年齢についても従来型の年齢数字を使っています。ですが、そうした新聞を購読している人以外にとっては、この表記へのなじみもだんだん薄くなってきているのではないでしょうか。
■20文字で99歳まで
「ところで、これってどういうふうに文字が組み合わさっているんですか?」
「年齢数字は全体で全角2字分で、前半と後半に分かれているんだ。例えば42歳の人だったら、『開きカッコと漢数字の四』つまり『(四』で1字、『漢数字の二と閉じカッコ』つまり『二)』で1字。組み合わせれば99歳まで表せる」
「そうすると、えーと、前半が『(一』から『(九』の9種類で、後半は『〇)』もあるから10種類?」
「9歳以下の子は『一つ、二つ……九つ』だったから、後半は『つ)』も含めて11種類だね。合計で20文字だよ」
「ゼロ歳の赤ちゃんは?」
「1歳未満はふつう『●カ月』って書くでしょ。だから年齢数字ではなく単に丸ガッコでそう書いていた。あと、100歳以上もふつうの字で(一〇〇)だったね」
「この字を記者が入力して送稿していたんですか?」
「そうだよ。ノートパソコンになる前、ワープロ専用機の時代から、記者用の機種にはこうした外字が積まれていて、例えば“4”“2”と打って変換すれば、年齢数字の『(四』と『二)』の組み合わせが出てくるように仕込んであったんだ」
「へーっ」
「へーって言われるとこっちが戸惑っちゃうな。あまりにも当たり前だったから。でも10年以上前のことだから、若い記者は知らなくて当然なんだね」
「でもこの年齢数字って、縦書き用ですよね。横書きのときはどうしていたんですか?」
「横書きでは洋数字の『(42)』にしていた。洋数字の『42』を普通の丸ガッコで囲んだもので、今では縦書きもこの形になったわけだね。他社の事情は分からないけど、うちの当時のシステムでは、レイアウト段階で記事の組み方向を縦から横に変えるときは、組み版端末で年齢数字を洋数字にいちいち差し替えていたんだ。そのとき間違えていないか確認するのも校閲の仕事だった」
「けっこう面倒だったんですね」
「記事を横に組むことはたぶん今よりも少なかったし、別にしんどいとは思わなかったけど、洋数字を原則にしたおかげで手間が減ったのは間違いないね」
■「割り注」がご先祖
こうした年齢数字はいつごろから使っていたのだろう――と思って、朝日新聞の過去の紙面を見たところ、丸ガッコの中に小さな漢数字を入れて年齢を表すやり方は、明治時代から既にありました。下は、1900(明治33)年1月1日付の東京朝日新聞です。
ただしご覧の通り、「十」を使った(三十二)(九十三)(八十五)……という形でした。近年の年齢数字のような「前半+後半」という組み合わせではなかったわけです。さらに、上の文中で平兵衛さんの年齢の(九十三)が行末から行頭にわたっているところを見ると、行末に「九十」、次の行頭に「三」という配置になっています。これは、本文途中に小さな字で2行で注を挿入する「割り注」と同じスタイルです。近年の年齢数字のカッコの中が「上がやや右寄り、下がやや左寄り」なのは、ここに原型があったわけです。
その後、大正時代には真ん中の「十」を省いた(二一)(二二)……のスタイルが登場しました。下は、1917(大正6)年5月28日付の記事です。当時の表記は、40歳ちょうどは(四〇)でなく(四十)、3歳の子は(三つ)でなく(三才)となっていたりしますが、その後の年齢数字のスタイルがほぼできあがっています。
このほか、職場にたまたま残っていた1940(昭和15)年時点の小社の字母帳を見ると、「年齢数字」として「(一」~「(九」の前半9種、「〇)」~「九)」そして「才)」の後半11種の計20文字が掲げられていました。間違いなく「前半+後半」を組み合わせる形式だったことが分かります。
◇
この年齢数字は新聞だけの専売特許というわけではありませんが、こうした年齢表記のスタイルが、長きにわたって日本の新聞とともに歴史を刻んできたことは確かです。
今となっては、新聞製作システムの外字領域に残る“化石”とも言うべき年齢数字ですが、でも“化石”のように大切にとっておきたい。仕事上の立場とは別に、ちょっとそんな気もしています。
(比留間直和)