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文字

観字紀行

南紀、熊野、ときどき漢字(2)

石橋 昌也

 珍しい字を求めて紀州・熊野への旅を続けます。

 前回最後に訪れた龍神(旧・龍神村、現・田辺市龍神村)から、田辺市街地に向かって車を走らせます。この辺りは、海岸線をぐるっと回って熊野三山に向かう「大辺路」(おおへち)と、山中を通る「中辺路」の分岐点にあたり、熊野地方の入り口である「口熊野」と呼ばれました。

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 JR紀伊田辺駅近くにある闘雞神社です。『平家物語』『源平盛衰記』に、源平合戦時、紀伊国の住人、熊野別当湛増(たんぞう)が源平いずれに付くかで迷った際に、赤(平氏)と白(源氏)の鶏を戦わせたところ、白鶏が勝ったので源氏方についたとあります。これが神社名の由来とされています。この湛増は、源義経の家来の武蔵坊弁慶の父ともいわれ、田辺は弁慶の出生地をうたっています。

 「雞」は「鶏」の異体字です。旁が「鳥」ではなく「隹」(ふるとり)になっています。後漢時代の漢字の解説書『説文解字』によると、「隹」は尾の短い鳥のことを指すそうです。

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拡大弁慶と湛増

 「雞」の字は、情報機器で広く使われているJIS漢字の第1・第2水準には入っていません。その影響もあってか、「鶏」で代用しているものもありました。

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 田辺市の南隣に「上富田(かみとんだ)町」があります。縦貫する国道42号を進むと・・・。「朝来」と書かれています。難読地名のひとつです。さて、なんと読むでしょうか。

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 兵庫県の「朝来市」は「あさご」ですが、和歌山県上富田町の「朝来」は「あっそ」と読みます。19世紀前半に紀州藩の儒者らが編んだ地誌『紀伊続風土記』に、「旧はアサコと正しく唱へしなるへし」「今アッソといふは音便に訛れるなり」とあります。

 調べてみると、「朝来」と書いて、京都府舞鶴市では「あせく」、大分県国東市安岐町で「あさく」と読むところがあります。さらに和歌山県すさみ町には「あさら」という地名もあります。

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 もうひとつ、読み方の問題です。白浜町「十九渕」。なんと読むでしょうか。

拡大電柱

 正解は「つづらぶち」です。「十九」で「つづら」と読ませています。

拡大交差点

 カーブが続くことを「九十九折(つづらお)り」といいますが、「九十九」ではなく「十九」で「つづら」と読ませています。「つづら」は「葛」で、「つづらおり」は「ツヅラフジの蔓(つる)のように折れ曲っている意」(『広辞苑』)です。『紀伊続風土記』の「十九淵村」の項では、「川屈曲して羊腸の如し因りて十九淵の名起る」とありました。やはり道が曲がりくねっているのが由来のようですが、「九十九」ではなく「十九」である理由はわかりません。