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原発事故で生まれた外字

比留間 直和

 前回までの2回、新聞で年齢表記に使ってきたいわゆる「年齢数字」を紹介しました。

 新聞ではほかにも、紙面の体裁にあわせたさまざまな記号類を使っています。国際文字コードの「Unicode」に定義されていないために、私用領域に「外字」として用意してあるものも数多くあります。

 昨年3月の東京電力福島第一原発事故による放射能汚染の問題が連日伝えられていますが、この事故は新聞の「外字」にも影響を及ぼしました。それまで朝日新聞の新聞製作システムに搭載されていなかったカタカナ合成字が新たに追加されたのです。

 下の画像は、今年5月23日の夕刊(東京本社発行)1面トップの記事です。原発事故による外部・内部被曝線量の推計値を世界保健機関(WHO)がまとめたというもので、「全身被曝10~50ミリシーベルト/福島原発周辺 WHOが集計」という見出しがついています。

 

 

 この見出しの「ミリシーベルト」をご覧下さい。

 主見出し(大きいゴシック体の部分)は全体に扁平がかかっているのでちょっとわかりにくいかもしれませんが、全角2文字分の大きさに、2行で「ミリ/シーベルト」というカタカナが入っています。

 実はこれ、朝日新聞で昨年12月から使うようになった、見出し専用のカタカナ合成字です。「ミリシーベルト」のほか、「マイクロシーベルト」も同様に追加しました。

 

    

 

 これらのカタカナ合成字は、かつて使っていた「年齢数字」と同様、前半と後半の二つに分かれます。上の例はいずれも縦組みですが、横組みだと自動的にカタカナが横並びになるようにしてあります。

 

      

 

 文字コードは縦組みと横組みの区別が無いので、コード割り当てで見ると「ミリシーベルト」と「マイクロシーベルト」のそれぞれ前半と後半、計4字分ということになりますが、実際の文字イメージは縦横の両方必要なので、1フォントあたり8種類のイメージをこしらえたわけです。さらに、こうした文字イメージは書体(明朝、ゴシックなど)やウエート(細いものから太いものまで)ごとに別々に作るため、この見出し専用合成字のために用意した文字イメージは、延べ百数十個にのぼりました。

 「わざわざ合成字を用意しなくても、そのたびに小さな字を2行分並べれば済むのでは?」と思う人もいるかもしれません。たしかにそれでもできないわけではありませんが、毎日ドタバタを繰り返している新聞づくりでは、少しでも手間を省きたいのが実情です。また、あらかじめ用意した合成字は、カナの微妙な配置や組み合わせ方が最適なものになっています。

 では、この「ミリシーベルト」と「マイクロシーベルト」の合成字を使い始めるまで、見出しではどう表記していたのでしょうか。

 

■「接頭語だけ合成字」の朝日方式

 

 その前に、「ミリシーベルト」のような「接頭語+単位」というケースでの表記法について説明しておきます。

 もともと朝日新聞では、計量単位に「キロ」「ミリ」「マイクロ」などの接頭語がつく場合、接頭語と単位の両方を合成字にするのでなく、接頭語だけを合成字にしています。「1㌔リットル」「2㍃メートル」といった具合です。接頭語がつかない場合は「1㍑」「2㍍」のように合成字を使います(合成字を用意していない単位は別)。

 放射線の場合も、本文で「1ミリシーベルト」や「2マイクロシーベルト」を書く場合は、接頭語の「ミリ」「マイクロ」だけを合成字にして「1㍉シーベルト」「2㍃シーベルト」と表記しています。

 見出しについても基本的に本文と同じルールが適用されるので、やはり「㍉シーベルト」「㍃シーベルト」と接頭語だけを合成字にしていました。

 しかしこれだとどちらも6字分必要となり、少ない字数でニュースの中身を端的に伝えなければならない見出しにとって、たいへん窮屈な状態でした。

 

 ちなみに(ご存じの方も多いと思いますが)他紙の多くは、接頭語とそれに続く単位の両方を合成字にしています。字数の節約やルールの単純さという点では魅力的です。

 ただ、例えば「マイクロ」と「シーベルト」の両方をそれぞれ合成字にして並べると、「マイシー・クロベルト」のように読めなくもありません=下の画像。このほか、合成字と合成字の間に中黒を挟む表記を使う新聞社もありますが、どれがベストか難しいところです。

 

     

 

 昨年暮れには、現場の判断で「ミリシーベルト」を見出しで「㍉Sv」(原文は縦組み。Svは縦中横)と表記したこともありましたが、さすがに「Sv=シーベルト」という英字略号は、知識のある人には当たり前でも、多くの読者にとってはなじみが薄く、新聞の見出しとしては分かりにくかったと思います。

 これをきっかけとして、紙面レイアウトを担当する編集センターと、文字を担当する校閲センターとの間で協議をしてひねり出されたのが、冒頭に示した「2字分を組み合わせる見出し専用の合成字」です。これならば比較的スムーズに読みとれるうえ、これまで6字だったものが2字で済み、記事内容にあわせた見出しをつけやすくなりました。

 なお、見出しでも字数に余裕があるときは、従来どおりの「㍉シーベルト」「㍃シーベルト」を使うこともあります。また、本文については他の単位の表記とばらけないよう、「接頭語だけ合成字」という原則を変えず、「㍉シーベルト」のように書いています。

 

■そもそも「シーベルト」自体も…

 

 上に述べた見出し専用の合成字を作る前にも、原発事故の影響で増やした合成字がありました。

 実をいうと、「シーベルト」という単位そのものも、朝日新聞では震災前には合成字を用意していなかったのです(「ベクレル」もかつては合成字を持っていませんでしたが、出稿部門の要望で2006年に新設していました)。

 「シーベルト」はもともと専門的な言葉で、紙面に出るときもたいてい接頭語の「ミリ」や「マイクロ」付きでしたから、仮に「シーベルト」の合成字を用意しても、「接頭語付きなら接頭語だけ合成字」という朝日新聞の表記ルールのもとでは、実際に「シーベルト」の合成字を使う機会はめったに無いだろう……と考えるのが自然でした。

 ところが福島原発事故の後、「ミリ」も「マイクロ」もつかない、はだかの「シーベルト」が何度も登場する事態になってしまいました。昨年8月2日の朝刊1面に「10シーベルト超」という見出しが出たのを見て、「ついにここまで来たか」と思ったのを覚えています。

 

    

 

 この記事の直後、編集センター側からも要望があったことから、フォント担当者と急いで調整し「シーベルト」の合成字を新設したのでした。それ以後、接頭語の付かない場合は、本文・見出しとも合成字の「シーベルト」を使っています。

 

    

         ◇

 カタカナ合成字は、新聞を作る側から見れば字数が節約できるありがたい存在ですが、一つ一つのカナは小さくなるので、見分けやすさという点では全角文字を並べた表記よりも劣ります。合成字を使うのは、紙面にしばしば登場し、読者にとってなじみがあるものに限るべきでしょう。

 その意味では、本来「シーベルト」や「ベクレル」は合成字にはなじまない言葉かもしれません。しかし原発事故は、これらの単位をいやおうなしに“身近な言葉”にしてしまいました。

 

 原発事故、そして放射能汚染というあまりに重たい現実の前では、ここで紹介する文字の話など、取るに足らぬ小さな事柄です。

 ただ、原発事故で揺れているこの時にたまたま新聞の文字に関わっている者としては、そうした事情で外字を増やしたというちっぽけなエピソードも、忘れずに書き残しておきたい。そんなふうに思うのです。

(比留間直和)