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文字

観字紀行

あなたのそばに変体がな(1)

桑田 真

拡大何と読むでしょう?=東京都大田区

 早速ですが問題です。この看板は何と読むでしょうか。ヒントは、そば屋の店先でよく見かけます。

拡大木の看板に=東京都大田区
拡大のれんに左から=東京都目黒区
拡大のれんに右から=東京都目黒区

 正解は「きそば」です。1文字目は「人工物を加えていない、新鮮な」という意味の「き」ですが、漢字のような、崩し字のような2文字は何でしょう。これは漢字ではなく、ひらがなです。私たちが普段使っている文字とは異なり、変体がなと呼ばれるものです。今回から3回にわたりこの「かな」を探して歩きます。

 目にすることは多いものの、読み方に自信はなく、深く考えたこともなかった「生(き) 」。「 」は四面楚歌の「楚」をくずし、かなにした字です。「む」のようにも見える「 」は、漢文で主語を表す助詞「は」と読む「者」をくずし、濁点をつけたものです。ちなみに普段使っている「そ」は「曽」から、「は」は「波」からできました。

 東京都内の繁華街や商店街でそば屋を探して歩いてみると、そこかしこに変体がなの「そば」がありました。年季が入った木製の看板を掲げている店があれば、のれんに染め抜いている店もあります。また、横書きで左から右に書いてあるもの、逆のもの、縦書きとバリエーションがあります。

拡大のれんと看板では表記が異なる=東京都目黒区

 こちらのお店はのれんに「や ば」と、「婦」をくずした変体仮名を使っていました。縦書きの看板は「ぶ」のみ変体がなです。数十軒のそば屋をみたところ、「そば」と普通のかなで書かれている店もありますが、チェーン店でない店の5~6割で変体がなが使われている印象でした。

 早稲田大学の笹原宏之教授(日本語学)によれば、そば屋ののれんなどに「 」が多いのは、「楚」の字の複雑さが好まれたものと考えられるそうです。歴史を感じさせますが、使われるようになったのは江戸時代後期から。西日本ではあまり見られないそうです。

 趣を感じさせる変体がなの看板ですが、外から眺めるだけではそばの味はわかりません。名店を訪ねてみました。

拡大本門寺そば 千歳屋=東京都大田区

 東京・池上の本門寺の参道にある「本門寺そば 千歳屋」。青地に「本門寺そば」と書かれたのれんが目を引きますが、その隣の看板に「 処」とあります。本門寺は、日蓮宗の開祖・日蓮が1282(弘安5)年に亡くなったところに建てられました。お店の方に聞くと、本門寺とほぼ同じ、700年以上の歴史があるそうです。店内には江戸時代の本門寺参道を描いた絵が飾られ、その中に「千歳屋」の名前が読み取れました。

拡大冷やしとりおろしそば

 強い日差しの中を歩いたので、冷たいそばが食べたくなりました。この日いただいたのは「冷やしとりおろしそば」(800円)。白だしの中のそばの上に、濃いめの味に煮付けた鶏肉が添えられています。大根おろしが絶妙なバランスで載っていて、一気に平らげてしまいました。

拡大入り口が二つある=東京都千代田区
拡大のれんの変体がな
拡大木の看板には漢字で「生蕎麦」

 次に評判を聞いて向かったのは、千代田区にある「神田 まつや」。地下鉄の淡路町駅で降り、靖国通りを両国方面に歩いてすぐのところにあります。店に入ろうとしてまず驚いたのは、入り口が二つあることです。どちらの入り口にも「生 」ののれんがかかっています。直前に入った人のまねをして、向かって右側の入り口から入りました。