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文字@デジタル

JIS外漢字のメダリストたち

比留間 直和

 世界のアスリートたちが集い、技を競ったロンドン五輪が終わりました。五輪、とりわけ夏季五輪は、新聞社にとっても最も力を入れるスポーツイベントです。閉幕直後には入賞者一覧も4ページにわたって掲載しました。

 近年の五輪では毎回、中国や韓国の選手の活躍も目立ちます。新聞では中国、台湾、香港、韓国の選手名は原則として漢字で書くため、ふだんあまり目にしない難しい字、珍しい字が五輪期間中にはいくつも紙面に登場することになります。

 今回の文字@デジタルはロンドン五輪関連企画として、メダリストで名前にいわゆるJIS外字=JIS第1・第2水準(JIS X0208)以外の字=を含む選手がどれくらいいたのかを振り返ってみたいと思います。

 なお、ここでの選手名の漢字表記は、朝日新聞の紙面に掲載したもの(中国簡体字や旧字体は日本の標準的な字体に直しています)をベースにしています。

 

■“JIS外メダリスト”の面々

 

 まずは陸上から。女子砲丸投げで銅メダルを獲得した鞏立姣(中国)の(こう)がJIS外字で、「うつくしい」「なよなよとなまめかしい」といった意味です。「なよなよと…」は砲丸投げのたくましいイメージとはちょっと違いますね。字の形だけ見るとよりも(きょう)のほうが難しげですが、こちらは第2水準です。
 大会当日の記録は4位だったのですが、1位だったベラルーシの選手がドーピング検査で陽性となり金メダルを取り消されたため、4位から3位に繰り上がりました。

 

 次に競泳。男子800メートルリレーで銅メダルを獲得した中国チームの4人のうちの3人が該当します。
 まず郝運(かく)。中国人の姓で時々見かける字です。新聞に出てくる人名では、台湾の元行政院長「郝柏村」、その息子で現・台北市長の「郝竜斌」などで見覚えのある方も多いでしょう。
 李昀琦は、名の2字がともにJIS外字。(いん)は「日の光」、(き)は「美しい玉」を表します。
 蔣海琦李昀琦と同じのほか、姓の(しょう)も印刷標準字体はJIS第1・第2水準外(X0208では特別に「包摂」していますが、そのへんの事情は割愛します)。最も広く使われている第1・第2水準にあるのは略字の「蒋」だけなので、ネット上のニュースではこの略字で代用するのが一般的ですが、新聞紙面では印刷標準字体の「」が原則です。
 女子では、100メートルバタフライ銀の陸瀅(中国)の(えい)。水が澄んでいるさまを表します。たまたまでしょうが、水泳選手にぴったりの名前ですね。 

 

 シンクロのデュエット銅メダルの中国・劉鷗(おう)も、上述のと同様、印刷標準字体はいわゆるJIS外字です。かつての「JIS漢字批判」では、ふつうのパソコンでは略字の「鴎」しか出ない、というのが決まり文句でした。今ではこのようにほとんどのパソコンでも出せますが、どの情報機器でも、というところまではいかないため、ネット上のニュースではたいてい略字の「鴎」。紙面では原則として印刷標準字体の「」を使います。
 劉鷗はチームでも銀メダルを獲得。その中国チームのひとり蔣婷婷(てい)もJIS外字で、女性の美しいさまを表します。チームメートで双子の姉の蔣文文とあわせ、姓の「」の印刷標準字体がJIS外字です。

 

 日本選手の演技をハラハラしながら見守った、体操の男子。団体と種目別平行棒で金メダルを獲得したのが、中国の馮喆でした。JIS外字の(てつ)は哲の異体字で、韓国人名でもしばしば見かける字です。
 女子では、種目別平均台で金メダルの鄧琳琳と銀メダルの眭禄(ともに中国)。(とう)は「鄧小平」でおなじみですが、はあまり見かけない字ですね。漢和辞典で「」を引くと、意味によって「き」「すい」「けい」と複数の読みが載っていますが、姓の場合はふつう「すい」と読み、この選手の場合も「すい・ろく」(中国語では Sui Lu =スイ・ルー)です。

 

 柔道で記憶に残ったのが、男子66キロ級の「判定やり直し」。日本の海老沼匡が韓国の曺準好(チョ・ジュンホ)を破った一戦でしたが、最終的に両者とも銅メダルとなりました。曺準好もJIS外字です。もともと「曹=そう」の異体字ですが、朝鮮半島の姓では縦棒が1本少ない「」が使われます。
 女子78キロ超級で大会前から最も注目を集めていたのが、中国の佟文でした。2008年北京五輪で金メダルに輝くも、翌09年の世界選手権のドーピング検査で2年間の出場停止処分に。しかしスポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定で処分が取り消され、曲折を経て臨んだロンドン五輪での活躍が注目されていました。大方の予想に反して準決勝で敗れましたが、3位決定戦に勝って銅メダルを獲得しました。姓の(とう)がJIS外字。中国の姓としても比較的少ないようで、ここ5年ほどの間にこの字が紙面に登場したのは、そのほとんどがこの「佟文」か、フィギュアスケートの男子選手「佟健」のどちらかでした。
 日本向けのフォントの多くは(おそらくはお手元の画面でも)つくりの「冬」の点々がカタカナの「ン」の形ですが、これが康熙字典に載っている伝統的な字体。「冬」の下の点々はもともと氷を表す「にすい(冫)」だからです。ただ、「冬」を構成要素とする字の活字字体は昔から点の向きに揺れがあり、デザイン的な差と考えられるので、朝日新聞の紙面では「」の形を使っています。

 

 バドミントンでは、女子ダブルスで藤井瑞希、垣岩令佳組が銀メダルに輝きましたが、決勝で「フジカキ」を破って金メダルを獲得した中国組のひとりが趙蕓蕾。混合ダブルスでも金メダルでした。(うん)は、アブラナの意味です。
 女子シングルス金の中国・李雪芮(ぜい)も。「草の芽生えたばかりのようす」を表し、また古代の国名でもあります。
 男子では、シングルスで銅の中国・諶竜(しん)。「信ずる」とか「真実」とかいった意味の字ですが、姓としても使われます。

 

 卓球では、男子団体銀メダルの韓国チームの一員、朱世爀(チュ・セヒョク)の。「かく」と読み、火の赤いさま。見たままですね。漢和辞典によっては独立字ではなく「赫」の同字として記載されています。

 

 アーチェリー男子個人で日本の古川高晴が銀メダルを獲得しましたが、古川に勝って金メダルに輝いたのが韓国の呉真爀(オ・ジンヒョク)。卓球の朱世爀と同じ字です。
 呉真爀は団体でも銅メダルを獲得しており、そのチームメート金法旼(キム・ボンミン)のもJIS外字。「びん」と読み、「やわらぐさま」、また「秋の空」という意味もあります。
 女子団体で銀メダルの中国チームには方玉婷。シンクロ蔣婷婷と同じ字です。

 

 試合終了後の行為が問題になったサッカー。日本を破って銅メダルをとった韓国チームには、池東沅(チ・ドンウォン)のと、金甫炅(キム・ボギョン)のの二つのJIS外字がありました。(げん)はもともと中国・貴州省から湖南省に至る川の名、(けい)はあかあかと光るさまを表す字です。

 

 女性の名前に使われる字には、やはり「美しい○○」という意味のものが多いようです。
 重量挙げでは、女子で最も軽い48キロ級で三宅宏実が今大会最初のメダル(銀)を日本にもたらしましたが、逆に最も重い75キロ超級で金メダルに輝いたのが中国の周璐璐。トータル333キロの世界新をマークして、ロシア選手との接戦をものにしました。王へん(玉へん)がつく(ろ)は、「美しい玉」の意です。
 トランポリンで女子の銅メダルに輝いたのは、中国の何雯娜(ぶん)は「雲のうつくしい模様」といった意味。
 フェンシング女子エペ団体で金メダルを獲得した中国チームの一員、許安琪(き)。王へんとあって、意味はやはり「美しい玉」です。
 射撃では、女子エアピストルの金メダリスト、郭文珺(中国)の(くん)。これも「美しい玉」です。

 

 柔道以外の格闘技では、レスリング・グレコローマンスタイル66キロ級で金メダルの韓国・金炫雨(キム・ヒョンウ)。は「げん」と読み、まぶしく輝くといった意味です。
 ボクシング男子ライト級の銀メダリスト、韓国の韓淳喆(ハン・スンチョル)のは、体操の馮喆のくだりで述べたとおりです。
 テコンドーでは、女子49キロ級金メダルの中国・呉静鈺(ぎょく)。「たから」とか「硬い金属」を表します。

 

■第3・第4水準や補助漢字なら…?

 

 以上、筆者が調べた限りでは、ロンドン五輪メダリストのうち中国選手21人、韓国選手8人の計29人(団体種目のメンバーを含む)の名前にいわゆるJIS外字が含まれていました。漢字の異なり数でいうと、26字です。ただしこの中には「印刷標準字体を使うならば」という条件つきのを含んでいますので、もしこれを対象外とすると、中国の蔣文文劉鷗が抜けて「中国19、韓国8の計27人で、漢字の異なり数は24字」となります。

 今回出てきた26字(蔣と鷗を含む)のいわゆるJIS外字が、JIS補助漢字(X0212)や第3・第4水準(X0213)に含まれているか調べてみたところ、第3・第4水準には26字すべて、補助漢字にも「」を除く25字が含まれていました。かなり高い割合といえるでしょう。Windows Vista以降のMSフォントには第3・第4水準と補助漢字に入っている漢字がみな搭載されていますから、それを使えば今回のメダリストの名前は(日本の新聞の表記に基づく限り)すべて書けるわけです。

 「なるほど。JISの第1・第2水準だけでは足りなくても、第3・第4とか補助漢字とかを使えば五輪報道には間に合うわけか」
 「いやいや、必ずしもそうはいかないんです……」

 次回は、メダルに届かなかったJIS外字も集めてみます。

(比留間直和)