メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文字

文字@デジタル

むかしの名前で出ています

比留間 直和

 10月26日、マイクロソフトの最新OS「Windows8」が発売されました。タッチパネルを使った新しいユーザーインターフェースが話題の中心となっていますが、このコーナーではそんなことには目もくれず(?)、あくまで文字の話題をとりあげたいと思います。

 Windowsに標準で搭載される仮名漢字変換ソフト「Microsoft IME」のバージョンも「2012」となりました。

 思えば、2000年の国語審議会答申「表外漢字字体表」、2004年のJIS漢字改正と人名用漢字大量追加、2010年の常用漢字表改定……と、この12年のうちに日本の漢字をめぐる状況は大きく動きました。新しい常用漢字表が内閣告示・訓令となってからもうじき2年。今回のIMEは、これらをすべて踏まえたものになっている、とてっきり思っていたのですが、ちょっと違っていました。

 

■まだ「印刷標準字体」?

 

 さっそく小遣いをはたいて購入したWindows8マシンのMS-IME2012で「みぞう」と打って変換すると、こんな表示が出ました。

 変換候補の「未曾有」に「印刷標準字体」、「未曽有」に「簡易慣用字体」という説明がついています。これを見ると、「曾」と「曽」の2種類の字体のうち、「曾」のほうが標準なのね……と思ってしまいそうですが、実はそうではありません。

 「曾/曽」は、戦後国語改革の大黒柱だった当用漢字表(1946年)にも、それを引き継いだ“先代”常用漢字表(1981年)にも入っていませんでした。表外漢字のうち、法務省の定める「人名用漢字」に入ったものは、そこに掲げられた字体が新聞や出版界では「事実上の標準」と見なされていましたが、それにも「曾/曽」はありませんでした。

 どちらの字体が標準なのかはっきりしない状況が続いていましたが、2000年の「表外漢字字体表」によって、伝統的な「曾」が印刷標準字体、略字体の「曽」を簡易慣用字体とされました。簡易慣用字体とは、必要に応じて印刷標準字体に代えて用いてもよいとされた字体です。

 

 

 その後、2004年に相前後して二つの字体がともに人名用漢字に入りましたが、印刷標準字体が「曾」であることは変わりませんでした。

 しかし2010年の常用漢字表改定で、「曾-曽」の関係は大きく変わります。この字が新しく常用漢字入りし、簡易慣用字体の「曽」が採用されたのです。

 

 

 

 ご覧のとおり、常用漢字表の「通用字体」として「曽」が掲げられ、「曾」はその右側に「いわゆる康煕字典体」(旧字体)として添えられています。これが内閣告示・訓令となった2010年11月30日以降は、「曽」が常用漢字の字体、「曾」はその旧字体という位置づけになり、立場が「逆転」したわけです。

 常用漢字になった以上、日本における標準字体は文句なしに「曽」なのですが、MS-IMEではあいかわらず「曾」に印刷標準字体、「曽」に簡易慣用字体という説明をつけています。「未曾有・未曽有」のほか「木曾・木曽」「曾祖母・曽祖母」といったよく使われる言葉でも同様です。

 

 「曽」と同じように、簡易慣用字体が新しい常用漢字に採用されたものがほかに2字あります。「痩」と「麺」です。表外漢字字体表では伝統的な「瘦」「麵」が印刷標準字体とされましたが、新常用漢字には簡易慣用字体の「痩」「麺」が入り、「瘦」「麵」はそれぞれ旧字体となりました。

 しかしMS-IME2012は、これらについても表外漢字字体表のまま「印刷標準字体」「簡易慣用字体」と表示しています。

 「じゃあこの三つの字について印刷標準字体とか簡易慣用字体とかっていうのは、間違いなの?」
 「あくまで『表外漢字字体表では』ということなら、間違いとは言えないでしょうね。表外漢字字体表はそのまま放っておかれていますから」
 「だったらさほど害は無いんじゃない?」
 「多くのユーザーには、この表示はあまり意味をもたないかもしれません。でも、設定によってはこれが直接影響してしまうんです」
 「どういうこと?」

 

■常用漢字が出なくなる!

 

 MS-IME2012では、辞書から出力される変換候補を一定の条件で絞り込むことができます。プロパティで「詳細設定」を選び、「変換」タブでさらに「詳細設定」を選ぶと、下の設定画面が現れます。

 

 

 この設定画面のうち「変換文字制限」で、いちばん下の「印刷標準字体で構成された単語のみ変換候補に表示する」を選ぶと、標準でない字体を含んだ「鴎外」「唖然」などが候補に出なくなります。出版物などでうっかり使うのを防ぎたいケースを想定したものでしょう。

 ところがこの設定にしておくと、簡易慣用字体から新常用漢字になった「曽」「痩」「麺」を含む変換候補まで現れなくなり、今や旧字体となった「曾」「瘦」「麵」を含む候補だけが出てくるようになってしまいます。下は、この設定で「みぞう」の変換をしたときの画面です。

 

 

 「やせる」や「めん」でも、新常用漢字の「痩せる」「麺」が出ずに、旧字体の「瘦せる」「麵」だけが出てくるようになります。

 前の版である「Microsoft Office IME 2010」や、同「2007」でも同じ動きをするのですが、それらは常用漢字表改定よりも前に作られたものですので、同列には論じられません。

 表外漢字字体表が改められていないといっても、内閣告示・訓令になっている常用漢字表のほうが、国語審答申にすぎない表外漢字字体表より上位であることは明白です。つまり現在の国語施策では新常用漢字の「曽」「痩」「麺」を使うべきなのに、「印刷標準字体だけ出す」という設定をしたときにこれらの字体が出てこなくなるというのは、常用漢字表改定から2年も経ってから世に出る製品としてはどう見てもまずいでしょう。

 OS標準搭載の変換ソフトにあまり手間やコストをかけられない、といった事情ももしかするとあるのかもしれませんが、国語施策にのっとった表記をするための設定のはずなのに新常用漢字を反映しないままでは、ユーザーをミスリードしてしまいます。この状態では、「印刷標準字体だけ出す」という設定を知り合いに勧めるわけにはいきません。

 Windowsユーザーの多くが、購入したマシンについてくるMS-IMEを使って日本語を入力していることでしょう。その意味で、現代の日本語を支える重要なインフラのひとつといっても過言ではありません。

 早めの改善を期待したいと思います。

(つづく)

(比留間直和)