メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

文字

観字紀行

島?嶋?どっちがカシマシカ?(2)

青山 絵美

拡大いざ、「鹿島」神宮へ

 カシマの表記の謎を探る旅。今回は鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)に向かいたいと思います。

 

 JR鹿島神宮駅から歩いて15分ほど。近道をすれば10分かかりませんが、せっかくなので参道を行きましょう。

拡大

 参道を進むうちにも、右に左に「鹿嶋」と「鹿島」が現れます。

 参道入り口にある「まるさんカフェ」には「鹿嶋ソース牛丼」が。

拡大「鹿嶋」ソース牛丼
拡大おいしく頂きました
拡大併設の和菓子屋「鹿嶋 丸三老舗」。でも商品は「鹿島」名物

拡大鹿嶋市鹿島商工会が鹿島学園高校をお祝い

 地元「鹿島学園高校」の全国高校サッカー選手権出場を祝う垂れ幕には、「鹿嶋市鹿島商工会」とありました。鹿島学園は茨城県代表として12月末からの選手権に臨みます。

拡大

拡大鹿島神宮の参道が「鹿嶋」神宮線

 そしてなんと、鹿島神宮の参道なのに、この道の正式名称は県道「鹿嶋神宮線」でした。

拡大

拡大いよいよ鹿島神宮に到着

 困惑しつつも鹿島神宮に到着。

 鹿島神宮は常陸国の一の宮で、日本書紀にも登場する武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)がまつられています。鹿島神宮によると神武天皇元年創建。2600年ほど前ということになります。

拡大

 境内を進むと楼門があり、「鹿島神宮」の額が飾られています。

拡大立派な楼門。額が木に隠れて見えませんが……
拡大額には「鹿島神宮」

拡大拝殿。奥にある本殿は改修中

 鹿島神宮の本殿は徳川秀忠の奉納、奥参道の先にある奥宮は家康の奉納です。家康は関ケ原の勝利の返礼として社殿を寄進したそうです。

拡大奥参道。厳粛な空気が辺りを包みます
拡大家康が奉納した奥宮

拡大万葉歌碑が立っています

 「万葉集」に「霰(あられ)降り鹿島の神を祈りつつ 皇御軍(すめらみくさ)にわれは来にしを」(大舎人部千文、巻20、4370、防人歌)と詠まれているように、鹿島神宮は武の神様として信仰を集めています。戦にかかわる人々の奉納が多いのもこのためでしょう。

 楼門にかかっている「鹿島神宮」の額も、日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた東郷平八郎元帥の手によるものだそうです。

拡大

拡大鹿園

 奥参道の途中には、鹿園があります。

 武甕槌大神のところに、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の使いとしてやってきたのが、鹿の神様、天迦久神(あめのかくのかみ)だったことから、神宮の鹿は神の使いとされています。

 

 鹿といえば奈良が有名ですが、実は、その奈良の鹿も鹿島神宮と深い関係があることをご存知でしょうか。

 奈良公園にある春日大社も、武甕槌大神が御祭神です。大社創建の際、武甕槌大神は白鹿に乗って鹿島神宮から大社にうつったと伝えられています。このことから、奈良では鹿が神聖なものとして大切にされているのです。

 もともと鹿島神宮にいた鹿は絶えてしまい、現在の神宮の鹿は、春日大社の鹿の系統を継ぐものだと言われています。

 今回とりあげているカシマですが、「鹿島」「鹿嶋」のほかに、さらに古くは「香島(嶋)」の表記もありました。「常陸国風土記」には「香島天之大神(かしまのあめのおおかみ)」にちなんで「香島」とされた、と地名の由来について説明されています。

 カシマに「鹿」をあてる表記は「続日本紀」の養老7(723)年が初出ですが、この「鹿」の表記に神宮の鹿が影響をあたえているという説もあります。