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文字

観字紀行

これを持ってりゃウマくいく?~左馬を訪ねて(1)

森本 類

 その不思議な字と出あったのは、競馬グッズ売り場でした。

 「馬」を左右反転させた字の名前は、「左馬」。字が刻印された根付けを手に取ってみると、どうやら馬券がよく当たるお守りなのだとか。小学生のときから競馬を観戦する筆者ですが、字の存在は知っていたものの、不覚にも競馬のお守りとは知りませんでした。

拡大左馬が立つベンチ

 少し調べてみると、左馬の発祥はどうやら、将棋の街として知られる山形県天童市らしいことがわかりました。確かに将棋の駒には、「桂馬」や角行が成った「竜馬」(略して「馬」とも)があります。しかし、反転した字が使われているのは見たことがありません。

 左馬のルーツは何なのか。ほかにもいろいろありそうな将棋と漢字の関わりを探ろうと冬の天童市を訪れることにしました。

 東京駅から新幹線「つばさ」で3時間。徐々に白く染まる車窓を眺め、初めて訪れる地への期待を胸にJR天童駅に降り立ちました。駅の改札を出ると、さっそく左馬が出迎えてくれます。裏面をあわせて全部で14種ある将棋駒の字(王将・玉将は1種と数えました)を差し置いて玄関口にたたずんでいるところを見ると、やはりただ者ではないのだろう……と思わずにはいられません。

拡大軽食店の名前に「駒」
拡大天童駒ガイドの案内

 駅構内には「駒」というレストランも。「天童(わらべ)駒ガイド」なる観光案内も見つけました。天童がいかに将棋を愛しているかが、駅を歩くだけで伝わってきます。

拡大天童市将棋資料館
拡大資料館は駅と同じ建物に入っている

 東口を出るとすぐ、天童市将棋資料館の入り口を見つけました。よく見ると、駅と同じ建物にあります。隣の将棋交流室は、朝日アマチュア将棋名人戦山形県大会の会場になるようです。資料館は翌日(水曜日)が定休ということもあり、街歩きの予習にさっそく入ってみることにしました。

 資料館では、将棋がいかにして生まれたか、どのように駒が作られるかを学ぶことができます。駒の木材や製作工程などの展示が充実しているのは、日本一の将棋駒生産量を誇る天童市ならでは。名工の作品がずらりと並ぶさまは圧巻です。駒の書体や製法については後ほど触れるとして、今回はゲームとしての将棋の成り立ちを見ていきます。

 将棋の起源は紀元前300年ごろ、古代インドで行われていたチャトランガといわれています。初期は4人制でサイコロを使っていましたが、偶然性が強くゲームとしては欠点が多かったため、徐々にサイコロを使わない2人制のゲームに変わっていきました。

 チャトランガはヨーロッパに伝わりチェスに、アジアでは中国象棋(シャンチー)や日本将棋になりました。資料館に実物があり、それらの共通点や違いを知ることができます。まず駒の形。日本、中国、朝鮮の将棋は平らで文字が書いてあるのに対し、チェスやタイのマークルックは立体的な形をしています。駒を置く位置にも違いが見られます。日本将棋やチェスがマスの中を移動する一方、中国や朝鮮の将棋は線が交差する点の上を動きます。そしてよく知られた日本将棋の特徴といえば、相手から取った駒を自分の駒として使える点です。これは世界の将棋には見られない独特のルールなのだそうです。

 日本に伝わった時期については6~10世紀と諸説があります。出土している日本最古の駒は天喜6(1058)年のもの。平安時代から江戸時代には、現在とルールの違う「古将棋」が指されていました。現在の将棋は9×9=81マスの上で40枚の駒を使いますが、古将棋の一種の「中将棋」では144マスで92枚が使われていたといいます。130枚の「大将棋」などもあり、一部は資料館に展示されています。

拡大あんかけラーメン
拡大軽トラより高く積まれた雪

 駒の種類も豊富で、中将棋には「獅子」「鳳凰(ほうおう)」「酔象(すいぞう)」「猛豹(もうひょう)」など、現在は見られない駒があったようです。想像上のものも含め、動物が多く見られます。展示されていた中将棋を見ると、現代では飛車、角行の成り駒である竜王、竜馬は独立した駒として存在していたようです。現代の将棋に近づいて駒数が減るにつれ、一つの駒にまとめられていったのかもしれません。

 さて、勉強したらおなかがすいてきたので、駅のレストランで腹ごしらえをすることに。当日は天気に恵まれましたが、それでも最高気温は東京より8度以上低い3.8度。街歩きに備えて体の内側から温まるメニューを選ぶことにしました。目にとまったのが、野菜がたっぷり入ったあんかけラーメン。あわてて口に入れるとやけど必至ですので、時間をかけてゆっくりといただきました。

 しっかりカロリーをとって、いよいよ天童の街なかへ。天童は山形県の中では降雪量が比較的少ない方とはいえ、よけられた雪が軽トラックより高く積み上がった光景も見られました。写真を撮りながらだと足元がおろそかになりがちですので、転ばぬよう一歩一歩踏みしめながら歩いていきます。