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観字紀行

全国各地で銀ブラしてみた~京都・伏見編

永川 佳幸

拡大「銀座発祥の地」碑

 日本随一の繁華街・銀座にあやかり、商売繁盛の願いとともに全国各地に広まった「銀座」。その中心地、東京都中央区銀座のメーンストリートである中央通り沿いには「銀座発祥の地」と刻まれた碑があります。

 1600(慶長5)年、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は自身の覇権を決定づけるため、銀貨の鋳造所をつくらせます。ばらつきがちだった貨幣の品質を一定にし、取引を円滑にして物流を盛んにする狙いがありました。

 この鋳造所は「銀座」と呼ばれ、現在の東京都中央区に設置されたのが1612(慶長17)年。いつからか地元では周辺の土地を指して「銀座町」と呼ぶようになり、明治に入って正式に「銀座」が地名に採用されました。

 今回の観字紀行はこの銀貨鋳造所がテーマ。日本で初めて「銀座」が置かれ、今もその名が残る京都・伏見を歩きます。

 筆者は大阪出身でありながら、京都に足を踏み入れるのはこれが初めて。一人でウロウロするのは、いささか不安。というわけで、「歩く」と言っておきながら、京都駅からいきなりタクシーに乗り込み、車での旅です。

 京都の銀座も、東京に負けず劣らず栄えているのだろうか。そんな話を運転手の石原吉隆さんにすると、驚くことに「銀座なんて名前の町あったかな」と予想もしていなかった答えが返ってきました。目的地周辺の地図を見て「その辺は伏見の中でも一番にぎやかなところですわ」とは言ってくれたものの、出端をくじかれた思いです。

 移動中の車内では、石原さんによる周辺の名所解説を聞くことができました。京都初心者の筆者にとっては、ありがたい情報ばかりです。

拡大キザクラカッパカントリー

 伏見はかつて「伏水」と言われたほど豊かな地下水に恵まれた土地です。うまい水は、うまい酒をつくる。京都の盆地特有の寒暖差も手伝って、古くから酒づくりの町として栄えました。月桂冠や黄桜など約30の酒蔵が立ち並びます。

拡大1764年創業の「魚三楼」に残る弾痕

 1868(慶応4)年の鳥羽伏見の戦い。伏見では倒幕派の薩摩軍と、新選組や会津藩をふくむ幕府軍が対峙(たいじ)。大砲を撃ち込むなど激しい戦闘が繰り広げられました。当時から残る料亭の格子には、その時の弾痕が今も生々しく残っています。

 坂本竜馬が幕府の役人に襲撃されたことで有名な船宿「寺田屋」。銃で応戦しながら追っ手をかわした竜馬は、手指に傷を負ったものの難を逃れました。宿は鳥羽伏見の戦いの兵火で焼失したとされ、現在の建物は跡地の隣に再建されたものと言われています。

拡大寺田屋。今も宿泊が可能
拡大竜馬通り