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観字紀行

全国各地で銀ブラしてみた~東京・銀座編

永川 佳幸

拡大ぜいたくなひととき

 心地よいリズムを刻むボサノバを聞きながら、明るさを抑えた照明の下、文庫本を読み進める。テーブルの上には、入れたてのコーヒーとモンブラン――。

 週末の昼下がり、東京都中央区銀座8丁目にある喫茶店は、買い物帰りの女性や外回りのサラリーマンらでにぎわいを見せていました。

 1910(明治43)年、当時のブラジル移民団結成に尽力した人物が始めた「カフェーパウリスタ」。ブラジルの州政府から東洋でのコーヒー豆独占販売権を与えられ、ブラジルコーヒー普及の願いを、ポルトガル語で「サンパウロっ子のコーヒー」という意味の店名に込めました。

拡大カフェーパウリスタ。現在の店舗は1970年に建てられた

 開業当時のコーヒーは1杯5銭で、他店の6分の1程度と破格の値段。1日4千杯も売れたと言います。誰もが気軽に入れる店として親しまれ、後の喫茶店の原型をかたちづくりました。

 前後して、銀座にはカフェと銘打つ飲食店が次々と誕生。多くの文人らが集い、大正にかけてカフェは文芸・芸術運動の中心となりました。パウリスタも、菊池寛や佐藤春夫ら多くの文豪が常連として名を連ね、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻も来日時にここのコーヒーの味を楽しんだと言います。

 今回の観字紀行のタイトルにもなっている「銀ブラ」は、この店から生まれたとされています。今でこそ「銀座でブラブラ散歩する」という意味で使われますが、もともとは“銀”座のカフェーパウリスタで“ブラ”ジルコーヒーを飲むことを指していたとか。大正の初めに慶応大の学生らが作った言葉だそうです。

拡大銀ブラ証明書(左)

 店でコーヒーを飲むと、銀ブラを楽しんだことを証明するカードがもらえます。